36 [デレク・ストン] ジュリア・クルスという女の子
ルーカス・ブレアに案内されて連れて行かれたのは、メイン通りから少し外れた静かなエリアにある、二十席程度の店だ。
看板からしてオシャレで、中にいるのは女性客が中心だ。男だけでは入れない雰囲気がある。
金額だけではなく、女性も一緒だからという理由もあるのかもしれないが、男が三人もいると他のテーブルに比べてむさ苦しい。
いっそジュリア・クルスと二人なら溶けこめたのだろうが、二人ならこの店が選択肢には上がらなかっただろう。
値段は、ランチのコースで普段の昼食の三倍くらいか。四人分ともなると結構高い。提案してきたルーカス・ブレアがうらめしい。金の問題はないが、気持ちの問題だ。
「わあ、おいしいですね」
数種類が盛りあわせられた前菜を口に運んで、ジュリア・クルスが目を輝かせる。
それぞれの量が少ないからあまり食べた気がしないが、女性はこういうものが好きなのだろうか。確かに味はいいが、上品すぎるようにも感じる。
「うん、ここにして正解だね」
(ルーカス・ブレアには言われたくないのですが)
メインのパスタも、ジュリア・クルスはニコニコと食べる。
なぜだろうか。見ているだけで飽きない。こんなに喜んで食べてもらえるなら、奢るのもやぶさかではないと思ってしまう。ジュリア・クルスにだけなら、だが。
「で、ストンさんはジュリアちゃんに用があるんじゃないの?」
(ルーカス・ブレアには仕切られたくないのですが)
「確かに、話すべきことがあって誘いましたが」
「? なんでしょう?」
ジュリア・クルスがちょこんと首をかしげて尋ね返してくる。
「ジュリアさん、私とつきあってもらいたいのですが」
ピタリと、このテーブルの時間が止まった気がした。
(何か変なことを言いましたか?)
わからない。
ジュリア・クルスは困惑、オスカー・ウォードは不愉快そう、ルーカス・ブレアはじっと顔を見てくる。
それから、ルーカス・ブレアがニヤッと笑った。イヤな笑いだ。
「ストンさんは既婚だよね。ジュリアちゃんに、何につきあってもらいたいの?」
「魔法協会本部に知りあいがいるので、会ってもらいたいのですが」
「あ、そういう……。えっと、魔法協会本部、ですか? 確かメメント王国にありましたよね。なぜですか?」
「ジュリアさん、あなたはここにいる器ではないと思うのですが」
「器……?」
「支部長からは否定されましたが。先の戦いで、私はあなたを非凡だと思いました。一種、異常かと」
ジュリア・クルスから血の気が引いたように見える。オスカー・ウォードにはニラまれた。
(なぜでしょう?)
わからないが、話を続ける以外にない。支部長兼父親が理解しようとしないなら、本人が理解するべきだ。
「あなたはここにいていい才能ではないかもしれない。なので一度、その程度を、本部に見てもらえたらいいと思うのですが。
きちんとした場所でよりよい教育を受ければ、支部長より上の冠位も十分に目指せるかもしれない」
ジュリア・クルスがオロオロして、オスカー・ウォードとルーカス・ブレアを見る。彼女の将来に関わる話をしているのに、なぜそうなるのかがかわからない。
パスタをくるくる巻きながら、ルーカス・ブレアが声のトーンを落とした。
「んー、ストンさんは、ジュリアちゃんに、ここの支部から離れてほしいの?」
「そうは言っていませんが」
「才能があるから本部に連れていくっていうのは、そういうことだよ。もし本当に才能があったら、ジュリアちゃんは本部に取りあげられちゃうでしょ?
本部マターになったらもう、クルス氏にもどうしようもない。ぼくは、それがいいことだとは思わないんだけど?」
普段の軽薄さからは想像できないような、初めて見る顔でルーカス・ブレアが言った。
オスカー・ウォードがひとつ息をついて、言葉を受ける。
「そういうことは本人の意向が大事だろう。クルス嬢はどうしたい?」
「え、あ……。……えっと、ストン先輩」
「はい」
「私のためを思って、言ってくれたのだろうと思います。ありがとうございます」
「いえ」
「でも、私はここにいたいです。みんなと。ストン先輩とも。だから、行ったところで何もないかもしれないけれど、それでも、本部には行きたくありません」
(私とも……?)
添えられた言葉に困惑して、後半がうっすらとしか頭に入ってこない。が、なんとなくは理解した。
「……わかりましたが。気が変わったら言ってください。いつでも紹介しますので」
「はい、ありがとうございます」
安心も混ざったような、満面の笑みがまぶしい。
彼女が非凡な可能性について、伝えるだけは伝えられたからよしとする。進路を決める上で自覚は大事だ。
デザートが運ばれてくる。
ジュリア・クルスは先ほどまでより一層ニコニコして食べている。無限に何か与えたくなる笑顔だ。
(同じ笑顔なのに、ルーカス・ブレアとは大違いですね)
目が合うと、ルーカス・ブレアがニィッと笑う。もう見ないことにして、ジュリア・クルスをながめておく。その方が精神衛生によさそうだ。
(そういえば……)
食後の紅茶を楽しみながら、ふいに気づいたことを口にした。
「ルーカス・ブレアがルーカスさんなら、私のことももう少し気軽に、デレクさんと呼んでもらって構いませんが」
「え。……じゃあ、デレクさん……?」
どこか困惑気味に、上目遣いで名を呼ばれる。
とたんに、ぶわっと顔が熱くなった。
(なんですかこれは……)
生まれて初めての感覚だ。意味がわからない。イヤではないのに、困る感じがする。
「……すみませんが。やはりストンさんで」
「? はい、わかりました、ストンさん」
(素直ですか……!)
かわいい。そう思って、これがかわいいという感覚なのかと理解する。
妻はまじめでよく働いてくれる有能な女性だ。結婚したのは正解だと思っているが、共同経営者のような感覚に近い。
息子たちは小さいころからあまり自分には懐かなかったから、かわいいかどうかより義務的な距離だった。
(こんな娘がいたら違っていたのでしょうか)
支部長は娘を溺愛しすぎだと思ってきたが、その気持ちが少しわかった気がした。
支払いを済ませた帰り道で、オスカー・ウォードからものすごく警戒された気がするが、意味がわからない。




