35 [デレク・ストン] 異常な見習い
ジュリア・クルスは異常だ。
戦いの後、個別の聞き取りの時に、支部長エリック・クルスにそう報告した。
目の前に敵の魔法の壁が迫った時、彼女はファイアを撃った。おおよそファイアとは思えない、上級魔法に近い火力で。
(ファイアの呪文であそこまでの火力を出すには、支部長すら凌ぐ魔力がないとムリなはずですが)
そう思って、管理部門所属の権限で彼女の資料を確認した。異常値は記録されていない。将来有望な新人、というくらいの値だ。
おかしいのはそれだけではない。
そもそもなぜ、あの場で自信を持ってファイアを撃ったのか。
敵が使ったのは通常習う魔法ではなかった。
(あのような魔法は見たことも聞いたこともありませんが)
それを彼女は瞬時に毒の禁呪だと判断した上、火炎魔法が有効だと知っているかのように対処していた。
自分も知らない魔法とその対処法を、まだ見習いになって数週間のジュリア・クルスが知るはずがない。
百歩譲って何らかの文献で読んでいたとしても判断が早すぎる。当てずっぽうにしてはうまくいきすぎている。
(そもそもホウキの動きも見習いのものではないと思いますが)
領主邸から逃げる時、先導する彼女の後を追った。敵から見つかりにくくするためか高くは上がらず、建物の二階の高さを縫うようにすいすいと飛んでいた。フィンを乗せていたとはいえ、技術的にもスピード的にもついていくのがやっとだった。
地下室の天井が崩れた後には、結界を張ったまま、そこから飛びだしたジュリア・クルスを見ていた。
ワイバーンが荒れて飛び回る中を、苦もなさそうにすり抜けて、高速で上空へと抜けていった。同じ動きをしろと言われても、自分にはできない。
どう考えても、空を飛ぶのを習ったばかりの見習いの動きではない。
戦闘中にファイアとヒールを習得したというのも異常だ。普通は教えられたところで、そんなにすぐに自分のものとして使えるはずがない。初級魔法であっても、才能がある人でひとつの魔法に一週間以上はかかるのだ。
その辺りの異常性を、全て支部長兼彼女の父親には報告した。
なのに。
「火力は何かの見間違いだろう。他の者からもジュリアが強めのファイアを撃っていたと聞いているが、ファイアの域は出なかったんじゃないか?」
「相手の魔法を知っていたのではなく、ファイアしか使えないから試して、たまたまうまくいったと考える方が自然だろう」
「ホウキは、子どもの頃から私のに乗せていたからな。乗っているうちに体が覚えていたんだろう。親も魔法使いだと珍しいことではない」
「覚えがいいとは聞いている。そこに、火事場のバカ力が働いたんじゃないか? 切羽詰まった状況だと、上位魔法が急に使えたという話も聞いたことがある。それと同じようなものだろう」
本題に入る余地なく論破された。
そう言われてそれらを全て否定できるほどの論拠はない。
しかも、一緒にいたオスカー・ウォードにも目撃したことを確認したのに、オスカー・ウォードまで見間違いだと、ファイアはファイアだと言っていた。今まではできる方だと思っていたが、あの男の目は実は節穴なのだろうか。
こうなったら、自分で動くしかない。
「ジュリアさん、一緒に食事に行きたいのですが」
後処理がひととおり落ちついて、全体が日常業務に戻ったころに声をかけた。
ジュリア・クルスは不思議そうにして、いつも一緒にいる教育係のオスカー・ウォードが眉をしかめる。
二人は付きあってはいなかったはずだ。夏合宿の時に支部長が付きあいを認めると言っていたが、その後そうなったとは聞かない。なら、そんな顔をする必要がどこにあるのかがわからない。
「えっと……、二人で、ですか?」
ちょこんと首をかしげられる。一緒に戦っていた時より小さく見える。つくづく、支部長とは似ていない。
「できればその方がいいと思いますが。他の者がいても構いません」
「では……、ウォード先輩とルーカスさんも一緒でもいいですか?」
「オスカー・ウォードとルーカス・ブレアですか?」
オスカー・ウォードは彼女の教育係だからまだわかる。だがなぜそこにルーカス・ブレアの名が上がるのか。
(ジュリアさんの本命はルーカス・ブレア……?)
わからない。
が、どうでもいい。
問題があるとすれば、自分がルーカス・ブレアは苦手だということくらいだ。
とはいえ、ここでルーカス・ブレアはダメだと言うのも角が立つだろう。
「まあ、構いませんが」
「ウォード先輩はそれでいいですか?」
「ああ。構わない」
「ルーカスさーん! お昼、一緒に行きませんか?」
「ジュリアちゃんとオスカーと? あ、あと、ストンさん? 珍しい組みあわせだね」
ルーカス・ブレアが寄ってくる。なんともうさんくさい笑顔だ。
「ストン先輩、お店はどこがいいですか?」
「できるなら静かな方が」
「静かな店……、近くにあったか?」
「予算にもよりますよね。この時間帯に静かなのは、少しお値段がするお店という印象があります」
「なら、私が出しますが」
「え、いいの? やった! ストンさん、ありがとね」
誘ったジュリア・クルスの分は、というつもりだったのに、ルーカス・ブレアにそう言われると引っこみがつかなくなる。
(ルーカス・ブレアめ……!)
給与は余っているくらいだけれど、男二人には奢る理由がない。
「そういうことなら行ってみたいとこあるんだよね。ちょっと歩くけどいいかな?」
「どんなお店ですか?」
「ランチでコースを出してくれるお店。ディナーの三分の一くらいの値段なんだけど、それでも日常使いにするにはちょっとね」
「それは……、ストン先輩に出してもらうのは悪い気が」
「そう? 甘えちゃえばいいと思うけど」
「元々誘われていたクルス嬢だけならまだしも、お前と自分は出すべきだろう」
(オスカー・ウォード、なんていいことを)
ルーカス・ブレアに比べて、オスカー・ウォードはまだかわいげがある。まじめそうなのも好印象だ。
「でも、先輩が出すって言ってくれてるのに、断るのも面子潰しちゃうじゃん? ここは顔を立てて甘えた方がいいって」
「そういうものなのか?」
(なんで説得されているんですか)
やはり、ルーカス・ブレアは苦手だ。
目が合うとニィッと笑われる。小馬鹿にされている気がする。
ため息をつきたいのは飲みこんだ。
「構いませんが。行きましょう」




