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34 投影の魔道具の使い道


 オスカーが帰ってこない。

 一人で部屋に残されてどれだけ経っただろうか。

 とりあえず体力作りの基礎訓練をすることにした。


(雑念、どっかいって。雑念、どっかいって……)

 なかなか戻ってこないことは、むしろ助かっている。彼が戻る前に熱を冷ましておかないと、自分の方が何かしでかしてしまいそうな気がする。

 今と昔の愛しさが入り混ざって、ふわふわしてしまって、まともに頭が働かない。思いださないようにとどんなに思っても、そんなことばかり浮かんでしまう。

(仕事中。今は仕事中。見習いでも、仕事中)

 頭では必死に言い聞かせるのに、なかなか消えてくれない。

(もう、ムリ。ほんとムリ。どんな顔して会えばいいの……?)

 今まではなんとかなっていた、密室に二人きりという状況が、今はものすごく大きなハードルな気がする。

 もうどうあっても、どうしようもなく、オスカーが好きすぎる。


 わかっていた。最初から。だからずっとフタをし続けてきたのだ。必死に距離を保ってきたのだ。

 それなのに。

(あんなこと言われたらむしろ手を出されたいとか思っちゃってもうほんとムリ……)

 悪いのは自分だとわかっている。自分から手を出したのだから。あの時はそれが最善に思えたけれど、早まったかもしれない。

(早く落ちつかないと。何か、何か落ちつく方法……)

 時間に猶予はないと思った方がいい。いつ戻ってくるかわからないのだから。

(何か……。……ぁ)

 いいことを思いついた、と思う。


「お父様、貸してくれるかしら……?」

 オスカーが戻った時に部屋にいないと困るかもしれないけれど、ちょっと借りて帰ってくるだけなら大丈夫だろう。

 父の顔を思い浮かべただけで効果は絶大だから、間違いなく役に立つはずだ。


 部屋を出て父のデスクに行ってみる。その姿はない。

「あの、おと……、支部長は?」

 近くにいるストンに聞いてみる。

「支部長室かと思いますが。少し前にウォードが来て連れて行かれていました」

「ウォード先輩が?」

 戻ってこないと思っていたら、父と何か話しているらしい。


 部屋の扉を叩いていいかわからなくて、中から扉が開くのを待つ。

 そう経たずに、中からオスカーが出てきた。

「クルス嬢?」

「ちょっとお父様に用事があって」

「そうか」

 父の姿があるから、気を張ってがんばった。今はいつも通りに見えているはずだ。


「ジュリア? どうした?」

「あ、お父様。あの、お父様がお持ちの記憶投影の魔道具をお借りしたいのですが」

 父の顔が歪んだ。

(あれ? 変なこと言ったかしら?)


「……ちょっと待て、ジュリア。私がそれを持っていると、なぜ知っている?」

「ルー……、ブレア先輩から聞きました」

「なんと聞いた?」

「私の投影をデスクに置いていたと。今はもう置かれていませんが、魔法協会の中にありますか?」

 父の顔に、あいつ後でしめると書かれている気がする。

(ごめんなさい、ルーカスさん……)


「……借りてどうする気だ?」

「あの、研修のお部屋からはお父様のお顔が見えないので。……寂しくならないように、お父様を映そうかと」

 父を映す本当の目的は全く違うけれど、そう言えば貸してくれると思う。

 父が固まった。

(あれは多分、感激してる顔……)

 最近の父は表情がわかりやすくなった気がする。あるいは、自分が以前は知らなかったことを知って、見え方が変わったからそう感じるのかもしれない。


「クルス嬢」

 その場で話を聞いていたオスカーが声をかけてくる。

「はい、なんでしょう?」

「それなら、借りる必要はないかもしれない」

「?」

 なぜだろう。首を傾げると、オスカーが手にしていた箱を開けて、魔道具を起動した。


「これ……」

 まさに自分がほしいと思っていたものだ。親切に、父の姿まで投影されている。

「……どうしたんですか?」

「ルーカスから貰った」

「ルーカスさんから?」

 なぜオスカーがルーカスから、父の投影が入った記憶投影の魔道具を貰うのか。そこそこ高級品なのに。しかもなぜ父なのか。経緯が全く想像できない。


「クルス嬢の用途にも、これで足りるだろうか」

「はい、それはもちろん」

 ひとつあれば十分だ。さすがに二人の父に見張られたくはない。

「お父様、すみません。大丈夫そうなので、ここで失礼します」

「なんだ、本物をもう少し見ていかないのか?」

「あまりお父様のお仕事の邪魔をしてはいけないと思うので」

 ソワソワしている父が可愛い。こんなところがあるなんて、前の時には全く気づかなかった。


 ふと、ちゃんと気持ちを伝えようと思って、方向を変えかけた足を止める。

「……愛しています」

 家族として大切だという気持ちをこめて、父に笑顔を向ける。この時間に戻ってから、時々するようにしていることだ。


 隣にいたオスカーがよろける。

「ウォード先輩? 大丈夫ですか?」

 心配して覗きこもうとすると、全力で避けられた。

「……先に戻っている」

「一緒に行きますよ? 私の用事も済みましたし。それではお父様、また帰りに」

「ああ」

「……?」

 父に愛していると言った後はいつも機嫌がいいのに、今はなぜかオスカーをにらんでいる気がする。

 とりあえず父の部屋の扉を閉めて、オスカーと並んで廊下を歩く。

(職場だと控えた方がいいのかしら?)

 父心がわからない。


「クルス嬢」

 研修室に戻って扉を閉めるのと同時に声を掛けられた。

「はい、なんでしょう」

「先ほどの話なのだが」

「さっきの……?」

(待って。どの話?)

 父の顔を見てやっと平静を取り戻したのに、思いださせないでほしい。まだ父の投影は置かれていない。早く出してもらった方がいいだろうか。


「クルス氏の許可がとれた。自分の時と同程度の進度は許可する、その代わり絶対にそこからは外れるな、とのことだ」

「あ……」

(そっち……! そっちね……)

 確かにそんな話もしていた。色々衝撃が強すぎて忘れていたが。彼は早速、話してみるという約束を守ってくれたのだ。


(どうしよう……、もうほんと、どうしようもなく好きすぎる……)


「……ありがとうございます」

「ああ」

 ひとつ頷いて、部屋の中の見えやすい場所にオスカーが魔道具を置いた。魔力を流して起動する。父の姿が映しだされる。


 ホッとした。これでもう、この部屋であんな雰囲気にはならないはずだ。

 隣でオスカーも安心したような顔をしている。

(オスカーってお父様に懐いていたかしら……?)

 今回は敵視されている感じもあって、その印象がない。不思議だ。


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