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31 父に怒られる


 翌日、魔法協会に行ったのと同時に、父に報告が入った。

「ワイバーンが消えた……?」

 ギクリ。

 早速きたと思ったけれど、気づかれないように平静を装う。


「そんなはずがないだろう。死んだものの素材は残っているのなら、尚更意味がわからない。回収して売るとしたら逆だろうからな」

「拘束具を外した形跡もないので、空間転移魔法で移動させた以外には考えにくいかと」

「だとすると裏魔法協会か? また何をたくらんでいるんだ?」

(何もたくらんでいないと思います、ごめんなさい)


「んー、案外、かわいそうに思った誰かが逃したとか?」

 ギクリ。

(ルーカス! 余計なこと言わないで!!)

 そう思う自分の顔を見られないように、そっとその場を離れる。


「ルーカス・ブレア。お前は時々、突拍子もないことを言いだすよな」

「まあ、重症の個体も多かったから、あれだけの数を回復して、拘束を解いて逃すなんて普通はできないだろうけどね」

(普通じゃなくてごめんなさい……)

 後ろからルーカスの視線が刺さっている気がする。

(そんなはずないわよね……? 知られるはずがないもの)


「できるはずがない話はいい。裏魔法協会が連れて行った可能性があるなら、警戒は続けた方がいいだろうな」

 父の頭が硬くて助かった。


「おはようございます、ウォード先輩」

「ああ。……おはよう」

 なんだか少しオスカーの顔が赤い気がするのは、今日が暑いからだろうか。

「今日から研修に戻れるのでしょうか」

「どうだろうな。一旦はクルス氏の指示待ちだろう」

 そう話す間に、父から全体に指示が飛ぶ。


「今日の通常業務は臨時休業だ。まず昨日の状況把握のために一人ずつ話を聞く。それが終わった者から街に出てもらう。

 主な業務は街の復旧と、冒険者協会と強力してのワイバーンの素材解体だ。修復魔法が使える者は重要施設の修復を優先。それぞれ部長の指示に従うように」

「了解 (だ・です・した・しました・しましたが)」

 まったく揃わないのが魔法使いらしい。


「ああ、ウォードとジュリアは午前は外で、素材や人の運搬を手伝ってもらいたい。昼食後に戻って、一緒に私の部屋に来なさい」

「了解した」

「わかりました」



 午前中はつつがなく終わった。

 ホウキで物を運んでいると、色々な人から、街を守ったことへのお礼を言われる。

 裏魔法協会を早いうちに止められなかったことで今回のことが起きていると思うと素直には受け取れないけれど、笑顔で応えた。


 魔法使いたちが奮闘したおかげで、ケガ人はいても、亡くなったのはフィンのおばさんだけだと聞いている。今回の件は、そもそも自分がフィンを助けようとしたことが発端だ。関係のない一般人に犠牲が出ていたら、もっといたたまれなかっただろう。

(同じにならないって、こんなに怖いのね……)

 時間を戻す前の記憶がなかったら、もう少し素直に奮闘を認められたかもしれない。


 オスカーと二人の昼食はいつもより静かな気がした。

(気のせいかしら?)

 元々、彼はそこまで口数が多い方ではない。一緒に生活するようになってからも、そんな日は普通にあった。

 それでも今日なんとなく気になったのは、何かを言うか言わないかを考えているような気がしたからかもしれない。言われるまでは、そうなのかどうかもわからないけれど。


「あ、きすうですね。どうやって分けましょう」

 いつもとは違う種類の揚げ物を頼んだら、二人で分けにくい数だった。

「ウォード先輩が一個多くていいですか?」

 そう言って取りわけようとして見ると、オスカーの顔が赤い。

(やっぱり暑いのかしら。もっとサッパリしたものがよかった?)


「ウォード先輩?」

「あ、ああ。奇数、だな。クルス嬢がよければ、それで構わない」

「はい。ウォード先輩は大きいですし。いっぱい、もしよかったら私のも食べてください」


「……。……少し風に当たってくる」

「あ、やっぱり暑かったんですね。大丈夫ですか?」

 温度を確かめようとして手を伸ばすと、彼のひたいに届く前に手首を掴まれた。

 視線が重なった直後、盛大にため息をつかれる。

(え? なに? 私、何かした??)

「……問題ない。すぐに戻る」

 めちゃくちゃ問題がありそうな顔で言われた。彼の体調も心配だし、何をやらかしたかわからないのも心配だ。



 昼食後、オスカーと二人で父の部屋の扉を開けた瞬間、逃げだしたくなった。


 明らかに怒っている。


(なんで?!)

 怒らせるようなことをした覚えはない。むしろ褒められてもいいんじゃないかというくらいにはがんばった。

(もしかしてワイバーンを逃したことがバレた? どうやって??)

 他に思いつかない。知られた方法はわからないけれど、もしそうだとしたらかなりまずいのではないか。

 冷や汗が流れる。


「ジュリア」

「はい、お父様」

 努めて平静を装って答えた。名を呼ぶ声が明らかにいつもより数段低い。怖い。

「お前がどう見てもファイアに見えない、巨大なファイアを撃っていたという報告を複数名から受けているのだが?」

「……え?」

(そっち?)

「どういうことかを説明するように」


「えっと、どういうこともなにも。ファイアを撃ちました」

 それ以外に答えようがない。あれはファイアなのだ。誰がなんと言おうと、ファイアの呪文しか唱えていない。

「そんなファイアがあるはずがないだろう」

「そう言われても。撃ててしまったので」

 父がため息をつく。

「見せてみろ」

「ここで、ですか?」

「研修室に移った方がいいだろうな」

 魔法耐性が付与されている、いつもの研修用の部屋に三人で移動する。


「そこにワイバーンがいるつもりでファイアを撃つんだ」

「わかりました」

 あの時と同じように魔力を巡らせる。けれど、父はあの大きさが気に入らないようだから、少し加減することにする。

「……ファイア!」

 ブワッと炎が飛びだして、壁に止められて消える。中級には少し届かないくらいにうまくセーブできたと思う。


 父が頭を抱えた。

「あの、お父様? 何かいけなかったでしょうか」

「ジュリア。それはもうファイアではない。ほとんどブレージング・ファイア、中級魔法クラスだ」

「そうなのですか?」

(まあ、そうよね)

 白々しく驚いてみせたけれど、わかっている。そのくらいの火力に調整して打ったし、中級魔法の火力で戦っていたのだから。


「初級の呪文で中級クラスの火力を出すには、ムリやり大量の魔力で押しだす必要がある。普通に中級魔法を使うよりもずっと難しい。……ということを知っているか?」

「知りませんでした」

(もちろん知ってるけど、あの時には他に方法がなかったから、仕方ないじゃない)


 父が大きなため息をつく。

「オスカー・ウォード。あの場でジュリアにファイアを教えたそうだな。なぜだ」

「戦いたいと言われ。まだ戦力になれないことがわかればあきらめるかと思ったので」

 ウソだろう。多分オスカーは、自分がファイアだけでもなんとかすると読んで加担してくれた気がする。

(またウソをつかせてごめんなさい)

「自分が教えたのは通常のファイアだが」

「それは、そうらしいな。聞いている」


 父のため息が深くなる。

「それで、ジュリアは、ファイアを覚えて撃ちまくったと?」

「はい。私にも何かできないかと、いてもたってもいられなくて。ファイアが効きそうだったので、調子に乗りました」


 再度ため息をつかれた。

「巨大ファイアを含めて、お前のおかげで戦局がよくなったとは色々なところから聞いている。が、それは、私が求めるお前の動きではない。巨大ファイアは今後一切使うな。禁止だ」

「お父様?!」

「当然だろう? あんな規格外な魔法をここの仲間以外に知られたら、どう思われると思うんだ? 私でもお前を守れない相手はいるんだ」


 少し過保護な気がするけれど、父の中には怒りよりも心配が強い気がした。だから素直に頷いておく。

「……わかりました」

「火力の調整はできるか?」

「はい。ファイア」

 通常サイズで、手の上に炎を出す。オスカーが教えてくれた時や、ヘイグが肉を焼いていた時と同じ、生活魔法レベルのファイアだ。


「もっと小さく」

「もっとですか?」

「お前は周りより小さいくらいでちょうどいいと思った方がいい」

「……わかりました。ファイア」

(やっぱり過保護よね……)

 そう思いつつも、父が満足するように、もう一回り小さくしておく。

「よろしい」

 許可が出てホッとする。


「オスカー・ウォード。しばらくジュリアには、攻撃に転じられる魔法は教えるな。生活魔法レベルであっても、だ。攻撃魔法の研修ももっと先でいい」

「お父様?!」

「……了解した」

(了解しちゃうの?!)

 オスカーにも突っこみたくなったけれど、彼の立場では仕方ないだろう。この支部のトップは父なのだから。


(お父様、さすがにちょっと過保護が過ぎるんじゃないかしら……?)

 前はそんなことはなかったはずだ。解せない。


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