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30 ワイバーン戦の終結


「ジュリア・クルス、戻りました!」

 フィンたちが待機しているストンの結界の中に戻る。

「リアちゃん! 大丈夫? ケガはない?」

「はい。無傷です」

 フィンがオロオロと聞いてくるのはちょっとかわいい。やはりウサギに似ていると思う。


「ここに戻ったのは、ワイバーンの卵を探すためです」

「ワイバーンの卵?」

「このエリアだけにワイバーンが集中しているのは、まだ卵が近くに残っているからかと。心当たりはありますか?」

 フィンのおじたちを見回して尋ねた。


 おじといとこ、その妻が顔を見合わせる。迷うようにしながらも答えたのはいとこだ。

「母上が、そこの部屋には大事なものを入れているから絶対に開けるなと」

 瓦礫がれきで埋もれたのとは反対側、上からの入り口に近い位置の扉を示される。そのあたりは天井も無事だ。

 走っていって扉を開ける。


「……正解です」

 ギリギリ扉を通るかというくらいの、大きな卵がいくつも転がっている。よくここまでこんなに運んできたと思う。

(空間転移を使ったのかしら)

 家族に知られずにこれだけの卵を運びこむのは不可能でも、魔法使い一人をここに入れるのは難しくないだろう。トールが一度ここに来て、次にまとめて触れて転移してくれば、この状況を作るのは簡単だ。

(同じ方法は、使えるけれど使えないわね……)

 自分も空間転移を使えるのは隠している。


 運びだすのは先輩たちに頼るしかない。そのための話はしてきた。地下への入り口から様子を見ていたヘイグに声をかける。

「ヘイグさん、正解です! みなさんでここの卵を外に運んで、残っているワイバーンに返してください!」

「了解だ。フローティン・エア」

 ヘイグと共に来ている魔法使いたちも次々に呪文を唱える。

 卵が魔法で浮きあがり、外に残っているワイバーンたちの元へと運ばれていく。それに気づいた個体から、足で卵をつかんで飛び去っていく。

(あの形状で卵を割らないで運べるの、器用よね……)


 地下室の卵を全部出し終えると、卵を運んでいないワイバーンたちも飛び去っていった。

「……終わった?」

「終わったみたいですが」

「終わったな」

 つぶやきにストンとヘイグが同意する。

 ハァ……。息をついたら気が抜けて、地面にへたりこんだ。


「リアちゃん!」

 フィンが心配そうに駆けよってくる。

「気が抜けたのと疲れただけだと思います」

 差しだされた手を借りるかを一瞬迷ったら、

「ジュリア!」

「クルス嬢!」

 心配そうな顔で父とオスカーが飛びこんできた。

(みんなちょっと過保護じゃない?)


「大丈夫です。ちょっと気が抜けただけです」

 苦笑して、自力で立ちあがる。それが一番カドが立たない。

「お父様とウォード先輩も、おケガはありませんか?」

「大したことはない」

「問題ない」

「なるほど……。問題なくなさそうですね」

 オスカーが無意識に腹部をかばっている。

 するっと彼の服をめくりあげると、強い打撃を受けた跡が残っている。


「ワイバーンですか?」

「……いや、鎧の敵に蹴りとばされた」

 ぐっと何かを堪えているように見えるのは、ケガが痛むのだろうか。

「蹴り……?」

「魔法を吸う剣を持っていたため、物理で剣を交えていたんだが。脚が飛んでくると思っていなかったから、一度反応が遅れたんだ。防御魔法が切れたのをかけ直す余裕もなかった」


「ラヴァ、赤いドレスの魔法使いが、衛兵か冒険者に強い人でもいたのかと言っていたのは、ウォード先輩だったんですね」

「問題ない。ヒールで簡単に治せる程度だ」

「そうですね。……ヒール」

 オスカーは自分のことを後回しにするところがある。このまま後処理に行かれたらたまったものじゃない。今、治してしまうに限る。


 父が驚きの声をあげる。

「ジュリア、ちょっと待て。お前、いつヒールを覚えた?」

「今回の戦闘中に、ウォード先輩に教えてもらいました。私も役に立ちたかったので」

「教えてもらったって、そんな簡単に……」

 ちょっと一般的なペースを外れた自覚はあるけれど、不可能ではない範囲にしているはずだ。


「クルス氏。クルス嬢は飲みこみが早いと思う」

「……そのあたりの報告は後日まとめて聞こう」

 父がチラッ、チラッと、服が破けた片腕の切り傷を見せてくる。まったく大したことがないケガだ。

「お父様はご自身で治されるか、お母様に見てもらったらいいと思います」

 きっと母は父の手当てをしたいだろう。そう思ってそう言ったのだけど、あからさまにがっかりされた。



 ワイバーンたちが飛び去ったのとほぼ同時に、ウッズハイムをはじめとした近隣の魔法協会の増援が到着し始めた。

 間に合わなくて申し訳ないと言われていたが、そもそも今日は休日だ。連絡を受けてから招集、準備をして移動を考えると、最速で駆けつけてくれたのだろう。ありがたさしかない。


 駆けつけてくれた魔法使いたちの協力も得て、最低限のケガ人の対応と安全確認、二次被害が出ないレベルへの建物の修復を優先する。

 それぞれの詳細報告などは明日以降という形で、よく休むように言われて解散した時にはもう日が落ちていた。


 長い一日だった。

 夕食を食べて部屋に戻ってから、一人でこっそりと空間転移の魔法を使う。

(もうひと仕事……、本当はいけないんだろうけど、このままにするのも後味が悪いもの)


 移動先は、街の外。負傷したワイバーンが大量に捕まっている場所だ。

 突然現れた人の姿に、ワイバーンたちが騒ぐ。

「オムニ・コムニカチオ」

 唱えて、自分に魔法をかける。魔物との会話を可能にする古代魔法だ。


「静まってください」

「ニンゲン!」

「ワルイ!!」

 ぎゃいのぎゃいのとヤジが飛ぶ。

「そうですね。私もそう思います」

 そう言ったら、ワイバーンたちが静まった。

 残っているのは、人には普段は聞こえない波長のうめき声などだ。ケガが痛むのだろう。


「今回は、あなたたちも被害者です。だから、生きている方のケガを治して解放します」

「ホント?」

「デキル?」

「本当です。できます。でも、死んだ仲間はあきらめてください。ごめんなさい」

 魔物に人のジェスチャーは通じない。だから実際に頭を下げることはしないけれど、気持ちの上では深く頭を下げる。


「シヌ、シカタナイ」

「シゼン」

「カクゴ、アッタ」

 思い思いの言葉が返ってくる。その部分を受け入れてもらえて安心した。

 死んだものは生き返らせられない。それだけでなく、街の被害を補填するためにも、ある程度の量のワイバーンの素材は必要なのだ。

「人の都合で、ごめんなさい」

 もう一度謝ってから意識を集中させる。


「ラーテ・エクスパンダレ。エンジェル・ケア」

 どんな魔法でも広範囲に適用させられる古代魔法を唱えてから、中級の回復魔法を唱える。

 暖かくやわらかな光がワイバーンたちを包み、戦いで負ったケガが治っていく。あまり深いものは全治とまではいかなくても、飛んで帰るのには問題ないはずだ。あとは自然に治癒するだろう。


「拘束も解きますね」

 拘束を解いたワイバーンが暴れる心配はしていない。彼らは卵を確保したら、まっすぐ帰っていっていたのだから。今はもう戦う理由はないはずだ。

 拘束を物理的に解除していくのは骨が折れるから、物質を溶かす魔法でサクサクと分解していく。

 ケガが治って拘束が解かれた個体から、それぞれの巣があるのだろう方向に飛びたっていく。夜の闇に紛れて、人に気づかれることはないはずだ。


 そうする中で、数体のワイバーンが声をかけてきた。

「ニンゲン、ワルイ。オマエ、ワルイナイ」

「コマル、タスケル」

「ソレイイ」

「コマル、タスケル」

「えっと、私が困ったら助けてくれる、ということですか?」

「ソウ」

「ソウダ」

「ナカマ、ヨブ」

「オマエノコエ、オボエル」


「ありがとうございます。じゃあ、困ったら呼びますね」

「スグイク」

「ナカマ、ダイジ」

(ワイバーンってコワモテなのに、話してみるとかわいいのね)

 そう思いながら笑顔で見送った。


「あとは……、何もしなくても、勝手に裏魔法協会のしわざって思ってもらえるかしら」

 一夜にして負傷していたワイバーンが消えた。拘束具もない。なら、空間転移が使える魔法使いが持ち去ったと考えるのが自然だろう。

(ぬれ衣を着せ続けていてごめんなさい)

 内心でちょっと謝っておく。


 いいことをしたとは思っていない。人の価値観からすると、むしろ悪いことだろう。ただ自分が正しいと思うことをしただけだ。

 魔物はただ魔物として生きているだけ。それは人となんら変わらない。前の時にそう思うことがあったし、人よりもよっぽど力になってくれた。だから、理不尽に巻きこまれた彼らをこのまま退治させたくなかったのだ。

 ワイバーンの力を借りるイメージは浮かばないけれど、彼らの言葉は嬉しかった。


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― 新着の感想 ―
ワイバーン達、可愛い……^^ 種族が違えども、敬意をもって接するジュリアちゃん。素敵ですね!
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