28 戦局をふかんする
地下から出て、一気に上空に抜けた。その方が安全な上、戦局を把握しやすいからだ。
「残ってるワイバーンが、全部屋敷のあたりに集まってる、の……?」
街の他の場所が引き続き襲われている様子はない。
魔法使いたちも集まってきていてもおかしくないのに、近くには屋敷に入る前に会ったビリー・ファーマーたちとオスカーしかいない。
飛びだしてきたあたりでは、オスカーが一人でワイバーンを屠っている。ワイバーンたちが警戒して遠巻きにし始めているから、手を貸す必要はないだろう。
(魔力、回復しておいてよかった)
一瞬思いだして顔から火が出そうになるけれど、首を横に振って現実に戻る。
ファーマーたちは建物の入り口あたりで引き続き交戦中だ。
ワイバーンの集団の街側に面したあたりには、武器で戦っている人たちの姿が見える。チームを組んで複数人でワイバーン一体を囲っているようだ。冒険者や衛兵たちだろう。
「……で、あっちが多分お父様」
街からいくらか離れた上空に、父が好んで使う紫電が走っている。一対二、ハッキリは見えないけれど、シルエットからすると最初に追ってきていたトールとタグだろう。
「魔力は回復しているみたいだけど、押しきれないのは……、防御と空間転移でかわされているから、かしら。空間転移がやっかいね……」
追尾型の魔法であっても、追跡対象がその場から姿を消すと見失うのだ。最も相性が悪いと言えるかもしれない。空間転移の難点は詠唱の長さと集中力だけれど、もう一人がその隙を作れば使えるだろう。短距離であれば魔力消費も少ない。
「負けることはないと思うし、行っても邪魔にしかならないだろうから、お父様のところは任せるしかないわね……」
街の周りでは、数名の魔法使いと衛兵たちで、ワイバーンの捕獲し直しがされている。時間経過と共に消える魔法で捕らえていた個体も多いからだろう。
一方で、ワイバーンたちが街から離れていく姿も見える。目的を達した一群だろうか。父に依頼していた卵が見つかって、無事に返却されたのかもしれない。
「だとすると、あの辺りにだけワイバーンが多いのは、まだ見つかってない卵があるから、かしら」
卵が無事なのかどうかは、なぜかワイバーンたちにはわかるらしい。撤収していないということは、まだ無事なものが残っているということだろう。
「あれだけ屋敷が壊れているのに……?」
そう考えたところで、地下室の様子が思いだされた。いくつか扉があった。
(その奥の部屋は崩れていないとしたら……?)
「探してみる価値はある、かしら」
優先順位を高くして、残りの裏魔法協会の姿を探す。
領主の館とフィンのおじの館の間で、なぜか魔法使いたちがほとんど魔法を使わずに逃げまどっている。それを追うのは鎧姿だ。裏魔法協会のジャアだろう。
魔法使いたちがホウキで飛んだり防御をしたりするのは問題なさそうだが、旗色は悪い。
「あれは、剣……? 見たことがない武器ね……」
ジャアも魔法は使っていないようだ。異形の剣を片手に、剣士顔負けの動きで数名の魔法使いを翻弄している。徐々におじの家の方へと向かっているようだ。
更に領主邸に近い辺りで、竜巻や炎が上がっている。
「だとすると、あそこがラヴァ……」
使われている魔法にも見覚えがある。
「……よし」
対処する順番は決まった。違和感を持たれない程度を意識しながら、なるべく速くホウキを飛ばす。
▼ [オスカー] ▼
集まっているワイバーンを炎の剣で斬り、燃やし、火力強化で沈めていく。
(多くないか?!)
これまでみんなで大分対処してきたはずなのに、そこそこの数が残っている。今まで戦ってきた他の場所よりも個体数が多い気がする。
(魔力を回復してもらえて助かったな……)
そうでなかったらもう厳しかっただろう。
頭ではそう認識しているのに、柔らかな唇の感触が思いだされてしまい、必死に戦闘に意識を向けて振りきろうとする。
「バースト!」
ワイバーンを一体処理して、次の個体の攻撃を躱わす。
が、頭の中からは余計なことが消えてくれない。
(あんなの……、割りきれるわけがないだろう……)
わかっている。彼女にとってはただの緊急措置だと。そこに思いはないのだと。わかっていても、薄れさせることも忘れることもできない。
どうしようもなく好きでしかたない、初恋の女の子とのファーストキス。
彼女がどうかはわからないけれど、自分にとっては、彼女以外を含めても初めてなのだ。
意識がショートするかと思った。どうかと聞かれた時に、気持ちよかったと答えていいのかと迷ったくらいにはショートしていた。間違って口走らなくて本当によかった。
(一体、どこまで試されればいいんだ?)
いつも、いつも。自分がどれだけガマンしているのか、彼女はわかっているのだろうか。いや、絶対にわかっていない。だからあんなことができるのだと思う。もっとかわいさに自覚を持ってほしい。
「……まったく。同じ魔法を覚えて仕返しをしたいくらいだ。……バースト!」
(いや、逆をやったらセクハラになるのか……?)
わからない。わからないけれど、クルス氏に消されるのは間違いない気がした。今回のことも、彼女は二人の秘密にするつもりだろう。そうでなかったら危ない気がする。
その辺りまで考えて、やっとふわふわした感じが落ちついた。
ワイバーンに斬りこんでいく先で、魔法使いの先輩たちが逃げ惑っているのが目に入る。追ってきているのは裏魔法協会の鎧姿だ。
「どうした?」
ワイバーンをいなしながら距離をつめて尋ねる。
「ウォードか。気をつけろ! あの剣は魔法を吸う」
(なんだそれは)
聞いたことがない武器だ。魔道具だろうか。驚きつつ、先輩たちを守るかのように間に入って斬りこんだ。
「?!」
炎の剣がぶわっと吸われて消える。
慌てて下がって距離をとる。
「アイアン・ソード・ハーデスト」
使える中で最も頑丈な、物理的な両手剣を生成する。一度固定された物質は物質として存在するから、魔法として吸われることはないはずだ。
生成したのと同時に再び斬りこむ。
ガキンッ……。
二本の剣が噛みあった。
力の勝負にはならず、互いに相手の力を流して、その反動で改めて攻撃を繰りだそうとし、再び剣がかちあって金属音が響く。
鎧の奥で相手の口角が上がった気がする。
カンッ、カキンッ、カンカンッ、ガキンッ!
途端に速くなった剣さばきに、必死に対処していく。
(っ……、強い!!)
防戦一方だ。
そこに割りこんできたワイバーンを避けて、一旦距離をとる。
切れている身体強化の魔法をかけようとしたが、切り込まれてしまい、唱える余裕がない。
カキンッ、カンッ、カキンッ……。
全力を出しているのに、難なく受けとめられている気がする。
このままどこまで戦えるのかは未知数だ。けれど、魔法戦ができないなら、この場で相手ができるのは自分しかいない。
カンッ! ガキンッ!
魔法使いの戦いとは思えない音が辺りに響いていく。




