27 守られる女の子でいるより
優しい温かさに包まれた感じがした。安心する匂いがする。
「クルス嬢! クルス嬢!!」
オスカーの必死な声が、近いはずなのに遠く聞こえる。答えようとして口を動かしても、喉がひりついて声が出ない。
「……ジュリア」
耳元で呼ばれたその音は小さかったのに、意識を今に戻してくれた。同時に、つっかえていた愛しい音があふれ出る。
「オスカー……」
彼の顔が近い。まっすぐに向けられる海のような瞳が心配そうに揺れている。
(オスカーは生きてる……)
「落ちつくんだ。あなたのせいではない」
「……あ」
しっかりと言い切られたそれは、〝今も昔も〟と言われたように聞こえた。
「でも……、でも……っ!」
「あなたのせいではない。誰もあなたを責めたりしない。誰にも、あなたを責めさせはしない」
「ぁ……、ぅ……」
ぶわっと涙があふれる。
守ろうとしてくれているかのような彼に、すがるようにしがみつく。
あの時。
もしあの時、オスカーだけでもいてくれたら。こうして、そう言ってくれたら。一体どれだけ救われたのだろう。
そう思うと泣きやめそうにないけれど、今はそれどころではないのはわかっている。
(大丈夫。今は、大丈夫。独りじゃない)
心の中で繰り返して、過去に引きずられた気持ちを今に戻していく。
まだ戦闘の真っ只中だ。フィンを狙った犯人はわかったけれど、まだワイバーンも裏魔法協会も何も解決していない。
これからどうすべきかに意識が向くと、すっと涙が引いていく。
「……すみません、取り乱して。もう大丈夫です」
「ん」
オスカーが指先でそっと涙をぬぐってくれる。それから、包んでいた温もりが離れていった。名残惜しい気もするけれど、そうでなくてはならないのはわかっている。
天井が抜けて青い空が見えている。上の建物は半壊しているようだ。地下室が完全に埋まる形で瓦礫が落ちてこなかったことが幸いだ。
そう認識した直後に空が暗くなる。大きな影が落ちている。
「ワイバーン!」
「自分が行く」
「私は結界を維持しますが」
「ああ、任せた。フレイム・ソード」
短いやりとりで役割分担が完了して、オスカーが飛びだしていく。
ここには戦えない一般人が多く残っている。フィン、フィンのおじ、従兄、従兄の妻、子ども。今はへたに移動するより、ここでストンが結界を維持している方が安全だろう。
いつしかおじと従兄の拘束は解かれているが、もう抵抗の意思はなさそうだ。
(私も非戦闘員に入れられているかもしれないけど)
少なくともオスカーとストンはそのつもりな気がする。それならそのまま守られているのが一番だとは思う。
けれど。
(本当にそれでいいの……?)
自分が言動を変えた結果が今の状況なら、オスカーはああ言ってくれたけれど、やはり自分にも責任はあると思うのだ。
自分が言動を変えることで結果が変わるのなら、最善を選ばないといけない。
(それにしても、ここに集まってるワイバーンの数、多くない……? 魔法使いの姿が少ないし。裏魔法協会がどうなったのかもわからない)
下から見上げているだけだと、わかることが少なすぎる。
「……ストン先輩はこのまま、みなさんをお願いします。私は状況を確認してきます」
「ダメだよ、リアちゃん!」
止めたのはストンではなく、フィンだった。
「フィン様?」
「さっきのリアちゃんを見て、僕はすごく後悔してるんだ。僕のことにリアちゃんを巻きこんだこと」
「そういう話は後で聞きます」
「そうじゃないよ、そうじゃないんだ。僕が言いたいのは、君はここで守られているべきだってこと。本当は怖いんでしょ?」
「……戦うことは怖くありません。私が怖いのは、失うことです。ここで何もしないで大切な誰かを失ったら。そう思う方が怖いから、私は行きます」
「それなら、わかってよ! 僕だって怖いんだ。リアちゃんに何かあったらって思うと怖いし、リアちゃんが傷つくのは怖いんだ。
僕にはあいつみたいに君を守る力はない。あいつみたいに、君から思いを返してもらえるわけでもない。でも、それでも、君は僕の大事な女の子なんだ」
やっぱり身勝手だ。そう感じる部分もある。けれど、前のそれとは違って、切実に思いを向けてくれていることはわかる。
「君といられるなら解決しなくてもいいって言ったのは、そのくらい君といたいっていうことで。でも、それがどれだけ自分勝手だったかはよくわかった。お願いだよ、リアちゃん。僕はもう、君を危険にさらしたくない」
「……ありがとうございます。フィン様の気持ちはよくわかりましたし、ありがたいと思います」
「じゃあ……」
「でも、私は魔法使いです。一人の守られる女の子でいるより、仲間と共に戦える魔法使いでいることに誇りを持っています。だから、行きます」
「リアちゃん……」
「自分の身を危険にさらすつもりはありません。絶対に、無事に戻ると約束します。だから。行ってきますね」
「……わかったよ。……行ってらっしゃい」
しぶしぶ折れたようなフィンに笑顔を返してホウキを出す。
「ジュリアさん、お気をつけて」
「はい、ストン先輩。ありがとうございます」
▼ [フィン] ▼
ホウキで飛び立つジュリアの背を見送る。
見えなくなったのと同時に、腰を落としてため息をついた。
「わかってはいたけどね。君の、そういうところが僕は好きだから」
けれどあんな顔を見てしまったら、守りたくなって当然だ。たとえ自分にその力がないのだとしても。
「オスカー・ウォードがいなかったら、僕が怯えるリアちゃんをなぐさめたのに」
あの時、ジュリアのそばに行こうとしたのだ。それよりもずっと素早くオスカーが動いただけで。
「それには効果がなかったかと思いますが」
「うわー、辛辣……。魔法使いたちって、僕のこと嫌いでしょ」
「色々とやらかしているので、振られたのは自業自得かと思いますが」
「はいはい、わかってますよ。色々やらかした自覚はでてきてるから。
でも、焦って当たり前でしょ? 敵わない誰かがいるのは最初からわかってるんだから。わかってるのに、めちゃくちゃ好きになっちゃったんだから。
記憶の中のあの子だったらいいなとか、条件がちょうどいいとかっていう軽い気持ちで会ったのにさ……」
その背を探すかのように、上空に目を凝らす。
「あーあ……、人を好きになるって、しんどいなぁ……」




