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25 生存率を上げるための措置


 ホウキで領主邸を出て、そうかからずに目的地が見えてくる。

「やっぱりワイバーンの襲撃を受けています!」

「自分が前へ」

 オスカーがホウキのスピードを上げ、ストンたちの横に並ぶ。同時に、元々オスカーがいた辺りを通過して、フィンに向かって雷の矢が飛んだ。


 バチッ、バリバリッ。

 球体の結界の外を電撃が走って消える。

「わああああっっ、死ぬっ、死ぬっ……!」

「私の結界を信用してほしいのですが。フェアリー・プロテクション・スフィア」

 ストンが攻撃を受けて薄くなった結界を張り直す。


 進行方向、目の前に明らかに触れてはいけなさそうな、禍々しい色の広い壁が出現した。迂回するのが厳しい大きさだ。

「毒の壁っ! 禁呪だと思います!」

 思わず叫んだ。全員が急停止する。

 後ろから巨大な雷の鳥が迫ってくる。

(最初から上級魔法……!)

「プロテクト・シールド」

 ストンとオスカーが雷の鳥を止めるように大きな盾を展開する。

 二つの盾に阻まれて雷が散っていくが、すぐに消えるほどではない。


「対雷魔法で空中戦は不利だな。地上の方が分散させやすい。降りるか?」

 雷の鳥が飛んできた方向に裏魔法協会のトールとタグ、その更に後ろにラヴァとジャアの姿が見えた。どんどん距離が縮まる。


「この壁を突破しましょう」

「毒は防御壁と相性が悪いのですが。突破しきる前に削られる可能性があり、危険かと」

「燃やします。通り抜けて離れるまでは息を止めてください」

(これが毒の禁呪なら炎で燃やせるはず。気化した毒は上に行くから街に被害は出ないはず。この辺りの上空や、すぐ近くで戦闘中の魔法使いもいない。きっと大丈夫!)

「……ファイアーっっっ!!!」

 対ワイバーンの時よりも更に多くの魔力を込める。上級魔法に近い特大火力だ。


 巨大な炎が毒の壁に瞬時に大穴をあける。ホウキに乗って通り抜けるには十分な大きさだ。

 全員が急発進して通り抜け、再びフィンの悲鳴を聞いた。ストンの声が続く。

「今のはファイア……? には見えないのですが……」

「ファイアです!」

 言い張って、急いで目的地へとホウキを飛ばす。


 ワイバーンと戦闘中の魔法使いたちと一瞬だけ合流した。このエリアの指揮兼主戦力は管理部門の部長、ビリー・ファーマーのようだ。

 オスカーがファーマーの代わりにワイバーンに斬りこんだタイミングで簡単に話を聞く。

 このエリアに集まってきている数が多く、戦況は拮抗していて、建物の中の救助には向かえていないそうだ。

 裏魔法協会に追われていることを伝え、すぐに目的の建物の壊れている部分から中に飛びこむ。

 ワイバーンの建物への被害はまだそれほど大きくない。魔法使いたちががんばっているからだろう。


「ストン先輩、ウォード先輩。お父様に場所を移動したことを伝えてもらえますか?」

「自分が。インフォーム・ウィスパー」

 オスカーが現状をかいつまんで伝言魔法を飛ばす。

「なんとかここまで来ましたが。当初の見つかりにくくするという目的は半分失敗したといったところでしょうか」

「そうですね」

「猶予は少ないだろう。すぐここからも移動した方がいい」

「フィン様、この家に地下室はありますか? うちにはあって、緊急時の避難場所だと言われています。この状況で外に逃げていないなら、地下室に隠れている可能性が高いと思います」

「あったと思う。多分、場所もわかる。案内するよ」


「フェアリー・プロテクション」

 ストンがフィン、オスカーがこちらに中級の防御魔法をかけ、それぞれ自身にもかける。ある程度の魔法なら数回くらい防げる、直接付与型だ。回数や防御率は相手の魔法の強さによるため、一概にどの程度もつとは言えないが。

 フィンを先頭に走っていく。

「魔力はまだ大丈夫ですか?」

「私はまだ余裕がありますが。ワイバーン戦には参加していませんから」

「自分はそろそろ厳しいと思う。中級魔法は数回使えるかどうかだ」

「……わかりました」


 自分が使える魔法に、魔力を相手にわけるものもある。前回襲撃された時のオスカーとの関係ではダメだったが、すべて話した今なら使ってもいいだろう。

 けれど、二人きりになれるタイミングがない。他の誰かに知られるわけにはいかないのがもどかしい。

(前提としては、隠れて防御に徹して救助を待つしかないかしら)

 できれば依頼を取り消してもらって、裏魔法協会に撤退してもらいたい。が、そこに期待しすぎるのも危険だ。


 フィンが足を止める。

「ここが入り口だよ」

 リビングのじゅうたんがはがされていて、持ち上げる形の鉄の扉が見えている。間違いなさそうだ。

 オスカーが扉を開けようとしたところで、ストンが難しい顔で言った。

「この家に私たちが来ていることが裏魔法協会に知られている今、もしフィン様の見当が違っていた場合には一般人を危険にさらすことになりますが。本当にこの中に入るという判断でいいのでしょうか」

「その場合は、彼らも含めて守りきりましょう。私たちがこの中に入らなくても、裏魔法協会が私たちを探しに来た時に彼らが見つかった場合、命が保証されるとは言いきれません。……ストン先輩の防御魔法、頼みにしています」

「……致し方ない、と判断しますが」


 話がまとまったところでオスカーが扉を引き上げる。

 ガコンッと音がした。

「ストン先輩とフィン様で先に中へ。中の方たちと状況を確認してください。私は少し、ウォード先輩と話があります。すぐに行きます」

 ストンとフィンを送りこんで、一度扉を閉めてもらう。


「クルス嬢、話とは?」

「えっと……、これは、万が一の保険のようなものだと思ってください。私の魔力を少し、あなたにわけておきます」

「人の間の魔力移動……? 聞いたことがないな。そんなことができるのか?」

「私も師匠との練習以外で使うのは初めてです」

 前の時。そうしたいと思う相手は、この魔法を知った時にはもう誰もいなかったのだ。

「時間がないので、一番伝導効率がいい方法をとらせてもらってもいいですか? こちらは知っているだけで完全に初めて使うのですが……、クレームはこの戦いが終わったらいくらでも聞きますので」

「……? わかった」


「メウス・トゥーム」

 古代魔法の呪文を唱えてから、オスカーの首に腕を回して距離をなくす。

 一度視線を重ねて。

 背伸びをするのと同時に彼を引きよせて、目を閉じて口づける。

 自分の中を巡る魔力を彼の中に移していくイメージだ。

 体も心も思考も状況にそぐわない反応をしそうになるけれど、理性で黙らせておく。

 これは人工呼吸と同じだ。全員の生存率を上げるための措置にすぎない。


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