24 黒幕の心あたり
開いた窓から領主邸に飛びこむ。そこにフィンの姿があった。
すぐにオスカーが続く。
「リアちゃん! もう会いにきてくれたの?」
フィンが嬉しそうに駆けよってくる。
オスカーが自分の前に出て、軽くフィンの進路を制した。
フィンが不服そうにオスカーを睨む。それ以上強く出られないのは、決闘で負けた負い目があるからだろう。
部屋の中には護衛の魔法使いが一人と、近衛兵が数人控えている。
(護衛に残っているのは……、ストン先輩)
デレク・ストン。管理部門の中堅の四角い先輩だ。
「ストン先輩、異変はありませんか?」
「今のところは何も起きていませんが」
「空間転移が使える敵に狙われている可能性があります。ここは危険です。すぐに移動しましょう」
フィンが首を傾げる。
「この部屋にも直接来れちゃうの?」
「いえ。一度行ったことがあり、明確にイメージできる場所にしか行けません」
「つまり、この屋敷の庭までは一息で入りこめるということか」
オスカーがそう言って素早く窓を閉めてカーテンを引く。
「噂をすれば影だ。今、庭に現れた背が見えた。敵は四人。前回のメンバーが揃っている」
「あ……」
うかつだった。フィンが狙われる可能性に気をとられて、先に仲間の救助に行ってから来るとは思わなかった。
戦力を整理する。
ルーカスの代わりにストンがいる。一人で護衛に残されたということは父や仲間の信頼があるのだろう。
自分も少しだけ魔法が使えるようになった。けれど、戦局をひっくり返せるほどの戦力増強ではないと思う。
今回はすぐには、父や他の魔法使いの助けを望めないだろう。その点では前回以上に不利だ。
(どうしよう……。どうすればいい……?)
「ストン先輩。すみません、私はまだホウキに乗れる以外だと、ファイアとヒールしか使えません。戦力には入らないと思います」
まずは情報共有から始めてみる。
デレク・ストンは表情を動かさずに答えた。
「戦力外なのは承知していますが」
「もしよければ、ストン先輩の得意分野を伺っても?」
「私は防御特化ですが。支部長ほどの広さで張ることはできませんが、強度のある結界は作れます」
なるほど、と思う。だからここに残されたのだろう。護衛にはうってつけだ。
「私は前回の戦闘には参加していませんでしたが。支部長も苦戦したと聞いています。私たちは逃げと防御に徹するべきかと思いますが」
「自分も賛成だ。クルス嬢が言ったようにまず移動して時間をかせぎ、見つかった場合には防御優先の戦闘が得策だと思う」
「そうですね。お父様には話しているし、ワイバーンの方がひと段落すれば救援も望めるかもしれません」
二人に全面的に賛成だ。賛成だけど、何かいまひとつ弱い気がする。
必死に頭を巡らせる。
「……屋敷を抜けだして、彼らの依頼主のところに行くのはどうでしょうか」
「依頼主?」
「はい。裏魔法協会には依頼主がいるんですよね? 仕事って言ってたし、私たちが臨時依頼を受けるみたいに受けているのだとすれば、依頼が取り消されたら戦う理由はなくなるはずです」
「確かに……、取り消せなくても、依頼主の近くなら無茶な魔法は使えないかもしれない。依頼主は魔法使いではないだろうから、脅威にもならない。目的地としては悪くないだろう」
「肝心の依頼主はまだ判明していませんが」
ストンの言うとおりだ。
珍しく静かにしていたフィンに向き直る。
「フィン様」
様づけで呼んでも神妙にしているのは、聞かれる内容がわかっているからなのだろうか。
「彼らの依頼主に心あたりがあるなら教えてください。
事件の後、魔法協会には知らないと言っていたようですが……、私が信頼する人が、知っているけれど言いたくないのだろうと言っていました。
街がワイバーンの襲撃を受け、負傷者も出ています。もうあなた一人の問題ではなくなっています」
フィンがどこかさみしそうな笑みを浮かべ、観念したように口を開いた。
「リアちゃんにだけは話したと思うよ。僕には優秀なおじと従兄がいて、従兄に子どもが生まれたって」
「けれど、フィン様はその家系に領主の地位を譲るつもりだと……」
「うん。でも向こうはそれを知らないからね。待てないんじゃないかな。多分、だけど。もし僕が結婚するなら、次の世代も継げない可能性が高くなるから、お見合いのタイミングでの襲撃になったんだと思う」
「現領主の弟とその身辺は、私がいる管理部門と衛兵で真っ先に洗いましたが。証拠が上がっていません」
「証拠をつかむって難しいよね。あんな魔法使いたちに依頼なんてしてたら特に」
「確かにそうですが。証拠のない一般人に自白の魔法薬は使えないので」
「僕も、僕がいなくなって一番得する人っていうくらいな感覚で、別に証拠があって言ってるわけじゃないから、違う可能性もある。
現領主で男爵である父上に何かあったら、国家レベルが動くような大事だ。でも、まだ何者でもない僕なら、話はもっと簡単に済む。
僕がいなくなれば、おじか従兄が男爵と領主の地位を継げる可能性が出る。逆に、僕に子どもができたら、全ての可能性が断たれる。そりゃ、やっきになる人もいるかもしれない。
そう考えてるだけ。
その辺りの誰なのか、あるいはみんなグルなのかはわからないけど」
少しフィンを見直した。全く何も考えていないわけではないようだ。その辺りの政治感覚も込みで、子どもは要らない、領主は譲ると言っていたのだろう。
確かに、前の時にフィンが暗殺された後、ひととおりの捜査はされたけれど、国が出てくるようなことはなかった。男爵の事件ならそうはならないだろうから、フィンが読んでいる通りだ。
おじや従兄の周りも調べられていたはずだが、動機はあれど証拠がなく、迷宮入りになったのだと思う。
その後、現男爵の引退時に男爵領を継いだのは誰だったのか。意識していなかったから記憶にない。
自分がフィンのお見合いに首を突っこんだことで、相手の目論見は大きく外れてきている。
「……そのおじさんか、従兄の家に行きましょう」
「けど、正解だとは限らないよ?」
「もし違っていたとしても、ここに残っているよりは生存率が上がるはずです。敵が探す手間が増えますから。本当に違うなら、かくまってもらうこともできるかもしれません」
「わかった。場所を教えるよ」
「それを聞きつつ、フィン様と衛兵の服を入れかえるのはどうだろうか」
オスカーからの提案に一同が頷いた。撹乱にはいい手だろう。
「俺が」
名乗りでてくれた一人と服を交換する間、ストンはドアの前、オスカーは窓のところで外を警戒する。自分は着替えを見ないように、オスカーと共に窓を向いた。
着替えながら、フィンがおじの屋敷の正確な位置を教えてくれた。自分の家からそう遠くない、高級街の一角だ。
(あれ、あのへん、ワイバーンに襲われてなかった……?)
チラリとそんなことがよぎる。
「あの、ウォード先輩。今聞いた辺り、三カ所あったワイバーンが集まっていたエリアのひとつな気が」
「ああ。自分もそう思う」
「そうなの? じゃあ、違う場所にする?」
驚いたフィンの言葉をストンが否定する。
「むしろ近くにワイバーンがいた方が好都合かと思いますが。他の魔法使いが対応している可能性が高く、その近くであれば連絡魔法を使っても目立ちません」
「リスクもあるがメリットも大きいだろう。ワイバーンが早く倒されれば加勢が望めるし、倒されなければワイバーンと裏魔法協会で潰しあってもらえる可能性もいくらかある」
「ワイバーンがいてもいなくても対応できるように心づもりをしておくのがいいと思いますが」
「わかりました」
着替え終わったのと同時に衛兵に声をかける。
「敵の中に人を操れる者がいます。そうでなくても魔法使い相手に剣で戦えるのは、世界でもごく少数の達人くらいです。
見つかった時には戦わずに、なるべく隠れながら逃げてください。あなたが命を失うことも、誰も望んでいませんから」
「わかった」
「衛兵たちはフィン様の服を着た者の護衛として同行を。自分たちはフィン様と行く」
「了解です」
「結界を張りながらの移動がいいと思いますが。突然の襲撃に対応できますし、わずかながら認識阻害の効果もある結界です」
オスカーと共にがうなずき、ストンが集中して呪文を唱える。
「フェアリー・プロテクション・ドーム」
近くに集まったフィン、オスカー、自分と、術者であるストンの四人を完全におおうドーム型の結界が張られた。
(中級の中でも難しい部類の、術者と一緒に移動する防御魔法。攻撃で削られなければ、効果時間も長かったはず。ストン先輩、さすが防御特化って言うだけあるわね)
「行こう」
先に衛兵たちが飛びだし、あえて足音を響かせながら屋敷の中を表玄関に向かって走っていく。
自分たちは庭から死角になる部屋の窓から外に出ることを目指して、静かに廊下を移動する。
移動距離はそう長くないから、無事に着けた。それぞれホウキを出す。
「僕はリアちゃんのに乗りたいな。今は緊急時だから、いいでしょ?」
フィンの世迷言にオスカーが眉をしかめる。
「……クルス嬢。これを敵に渡して終わりにするわけにはいかないだろうか」
「私も一瞬考えたけど、人道的にダメだと思います」
「リアちゃん?!」
「どんなに気に入らない相手でも、仕事として護衛を遂行するのが正しい魔法使いのあり方ですが」
「気に入らない……」
「ストン先輩、本音が出ています」
「安全面では、私のホウキ以外には考えられませんが」
「そうですね。私には結界は張れませんし」
本当はもっと上級の結界も張れるけれど、そういうことになっている。
「自分も、移動できる結界は直接本人にかけるものしか使えない。衝撃までは吸収できないから、ホウキに乗るには不適合だろう」
「オスカー・ウォードのホウキに乗るくらいなら、大人しくそっちの護衛のに乗るよ」
フィンがしぶしぶといった様子でストンの横に立つ。
ここまでは順調だ。
先見が自分、間にストンとフィンを挟んで、オスカーが一番危険なしんがりを務める形で、順に二階の窓から外に飛びだしていく。
「ひっ……」
フィンの声がした瞬間、嫌な予感がした。
「ぎゃああああっっ」
フィンの悲鳴があがり、驚いて振りむいた。
攻撃を受けたわけではないようだ。単純に泣き叫んでいる。ホウキに乗って二階から飛んだことが怖かったようだ。
(じゅうたんでも怖がっていたし、お父様のホウキで帰る時も蒼白だったものね……)
フィンがホウキで二階から飛びだすのは初めてだ。それを怖がって叫ぶというのを、予想できない方が悪かったのだろうか。
そう思うけれど、今更言っても仕方ない。現状に対処するのが優先だ。
「気づかれた可能性があります。スピードを上げます」
そう告げて、フィンを乗せたストンに無理がない最速を意識しながら、低い位置で建物の間を縫うように進む。フィンを乗せたストン、オスカーが後ろからついてくる。
「ぎゃああああああっっっ」
フィンの一層大きな悲鳴が、しばらく辺りに響き続けた。




