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23 なぜ時期と数が変わったのか


「取り逃した個体による街の被害が大きい! こっちはマシになってきたから、行ける者は街の救援へ!」

 上から見ていると、明らかに崩れている場所や、人々が逃げ惑っている場所がわかる。

 繁華街の中心地に近い一角、冒険者協会からそう遠くない宿屋が多い一角、自分の家からそう遠くない、領主邸にも近い高級街の一角。大体この三カ所に集中して、数体から十数体が辺り一体を壊している。


「火炎魔法を使う場合は上空に誘導を。できない時は近接戦闘ができる者の補助と、ワイバーンの足止め、ケガ人の救助に回れ」

「了解!」

 魔法使いたちが数人ずつ散っていく。

 オスカーがそばに飛んできた。

「クルス嬢。ヒールを教える。ケガ人の対応を頼む」

「はいっ!」

 街中で特大ファイアを打つわけにはいかない。瞬時に方向性を切りかえてくれたのは、さすがオスカーだと思う。


「自分と相手の感覚を重ねて、相手の治癒力にエネルギーを送るイメージだ。『ヒール』」

 オスカーのかすり傷を一緒に治す。

「……もしよければ、自分の近くへ」

「わかりました」

 戦闘中の一角、一番近い繁華街の方へと向かうオスカーの後を追う。

 街中では強力な火炎魔法が使えないため、先輩たちは苦戦しているようだ。


「エンハンスド・ホールボディ。フレイム・ソード」

 オスカーが身体強化をかけてから炎で大きな両手剣を作りだし、ワイバーンに切りこんでいく。

 相手の攻撃をかわしながらふところに入りこむ。

「バースト!」

 炎の剣を首筋近くに突きたて、火力を上げる魔法を重ねがけして、一気にワイバーンの意識を飛ばす。

 他の個体の攻撃を避け、次の一手へと動きを移す。

 市街地戦になったとたん、オスカーが主戦力になったように見える。ここの魔法協会きっての武闘派はダテじゃない。


 かたわらで、先輩が救助した人や逃げ遅れている人たちを次々にホウキに乗せ、怖くないように低く飛んで安全な場所に運んでいく。

 軽傷の場合はそのまま医療関係者に頼み、大きめのケガはある程度ヒールで治す。ファイアと違って、本来のヒール以上のヒールを使うわけにはいかない。目撃者や体験した人からそれをスタンダードだと思われると、今後他の魔法使いが困るからだ。だから完治はさせられない。後遺症が残ったり、すぐに命に関わったりしない程度まで回復させられたら良しとする。


 ケガや避難の対応をしながら考える。

(おかしいわ……。何かを見落としてる気がする……)

 この数年の間にワイバーンの襲撃があることは知っていた。確かに、事前に警戒しなかった自分にも落ち度はある。

 けれど、前の時は寒かったし、自分はもっと魔法を覚えていたはずなのだ。中級攻撃魔法はまだ使えなくても、弱った個体の捕獲で戦力になっていた記憶がある。オスカーが攻撃して自分が捕まえる。そんなコンビネーションをとっていた。今回は術式を受けるのが遅くなったけれど、その分を引いても、かなり早まっている。

 数も多い。二倍か三倍か、以前はこれほどではなかったのだ。

(私が言動を変えたことで、こんなに変わることってある……? 何が影響したの……?)

 自分の言動から波及した部分以外は、前の時とそう変わるはずがない。けれど、ワイバーンの襲撃を早めたり、数を増やしたりするほどの影響が、どうしたら出るのか。

 わからない。


「ジュリアちゃん?」

「ルーカスさん!」

 同じように回復して回っていたらしい、ルーカスから声をかけられた。

「考えごと?」

「ルーカスさん。今回のこの襲撃は異常だと思います。たまたま……誰かがワイバーンの群れから卵を盗んで適切な処理をしなかったとしても、ひとつの群れでここまでの規模にはならないはずです」

 話せる範囲で、なるべく疑問点をしぼって話してみる。どくしんのルーカスなら何かわかるかもしれない。


「うん。ぼくもそう思うよ。人為的なものを感じるよね」

「人為的なもの……」

「この街の魔法使いがワイバーンの対応に追われると得する人たちが仕組んだ。そう考えると答えは出るんじゃない?」

「……裏魔法協会」

「ここは落ちついて手が足りてきたから、ぼくらはクルス氏のところに行こう。どうするか話さないと」


 一度空に上がって父の姿を探す。父は宿屋の方で戦闘を続けているようだ。

 父のところに向かう途中で、繁華街のワイバーンの対応を終えたオスカーが合流した。

(裏魔法協会が仕組んだなら、目的は……)

「お父様! フィン様は?!」

「ジュリア?! 下がれ!!」

「クルス氏。ここは自分が。ルーカスたちと話を」

 オスカーが結界を張ってワイバーンを足止めし、その隙に父が戦線を離脱する。


「フィン様は領主邸にいる。護衛を一人残し、あとはワイバーンの討伐に向かわせている」

(やっぱり護衛が手薄になってる……!)

「狙いはフィン様かもしれません。私が行きます。

 あと、ワイバーンが多く集まった近くに卵があるはずです。衛兵や冒険者なども使って探させてください。全て街の外に出せば襲撃が終わるはずです」

 それだけ言って、ホウキを領主邸に向ける。





▼  [ルーカス] ▼



「待て、ジュリア。お前はまだ……」

 クルス氏が呼び止める声は、素早く飛びだした彼女には聞こえなかっただろう。

「自分が行く」

 オスカーがワイバーンを地に伏せさせ、再びホウキに飛び乗る。

「オスカー・ウォード。……任せる」

 聞き届けたオスカーが了承を示すように片手を挙げた。

 その背を見送りながら早口に報告を重ねる。


「クルス氏。ジュリアちゃんもぼくも、裏魔法協会が絡んでるって見てるんだよね」

「さすがに考えすぎじゃないか?」

「この規模の襲撃は偶然じゃ起こりえないよ。誰かが裏で糸を引いている方が自然じゃない? ぼくらがワイバーンと戦って得するのは、目下、裏魔法協会しかないと思う」

「……確かに、一理あるな」

「もしそうだとすると、狙いはフィン様と、もう一ヶ所ある可能性が」

「言ってみろ」


「逆の立場なら、ぼくは仲間の救出を優先するかな」

「……そちらは私が行く」

「うん。ぼくも一緒に」

 魔法協会へと走ろうとしたクルス氏をホウキに乗せる。

「一瞬の足止めならぼくにもできるだろうから、クルス氏は先に二階で魔力回復液を飲んできて。

 さすがにもう厳しいんでしょ? 普段のあなたならオスカーに行かせないで自分で行っただろうし、市街地戦とはいえワイバーン一体に苦戦しないだろうし。何より、近くとはいえ急ぐ今はホウキを使っただろうし」

「……そうだな。少しの間、頼む」

「うん」

「くれぐれも前のような無茶はしないように」

「あはは。もちろん」

 言ったのと同時にクルス氏がホウキを出して乗り換え、スピードを上げた。わずかでも魔力を温存しようとしていたのを、少しでも速く回復して戻る方向に切り替えたのだろう。


 魔法協会の上に着くと、予想通り破壊の跡がある。ワイバーンの影響とは明らかに違い、人為的に、建物の地下に向かってえぐるように穴があいている。

(中のロックを解除するより早いもんね)

 勾留場所の作りがわかっていてそうしたのだろう。どこの支部も大差ないはずだから、魔法協会から離反した裏魔法協会の魔法使いとしては当然の選択だ。


 敵があけた穴に飛びこんだ瞬間、警備の魔法使いの一人が勢いよく飛ばされてきた。壁に激突しそうになったところを慌てて受けとめる。

(……気を失ってるだけだね。外傷はそれほどひどくないかな)

 命の危険はないのを確認してから地面に横たえる。

 中で破壊音が二度響いて、白煙が上がった。

 建物が崩れた辺りから四つのシルエットが現れる。


「ウッディ・ケージ」

 檻系は下級魔法の木の檻しか使えない。上級魔法の魔法封じなんて望むべくもない。できるのはわずかな足止めだけだと知りつつ唱えた。

 四人がおとなしく檻に囲われる。

 赤いドレスの女、ラヴァが木の檻の中で妖艶ようえんに笑った。

「まだ用事があるから、今日は坊やと遊んでいる時間はないの。ごめんなさいねえ?」

「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

 空間転移を唱えるトールに全員が触れ、その場から姿を消す。


「うーん……、ちょっと遅かったね」

 捕まえた二人、タグとジャアが魔法封じの檻の中にいるうちに警備の二人と合流できていれば、まだなんとかなったかもしれない。

 解放されてしまっていて、相手が空間転移を使うなら、もうどうしようもない。魔力切れのクルス氏が一緒に来ていても結果は変わらなかったと思う。


 クルス氏が建物の階段を駆け下りてくる。

「クルス氏! ごめん、空間転移で逃げられた。四人一緒。すぐに領主邸に救援の魔法使いを送って。ぼくは負傷者を救助するから」

「すぐに私が行きたいところだが。救援の連絡と卵の捜索の手配をしてから急いで向かう」

 言葉が終わらないうちに足早に上へと戻っていく。


 警備についていた魔法使いは二人のはずだ。一人は確保しているけれど、もう一人の姿が見えない。瓦礫がれきの下にいたら大変だ。

「フローティン・エア」

 無事を祈りながら大きな瓦礫を浮かせて移動させ、捜索していく。


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