22 魔法を教えてください!
「スピードを上げる。怖いやつは目を閉じていろ」
管理職三人が同時に魔力を流して、じゅうたんを高速で飛ばす。父のホウキにも負けない速さだ。もしまだフィンが一緒だったら気を失っていたかもしれない。
予定より倍以上早く、すぐにホワイトヒルが見えてくる。
「なんだ、あれは……」
誰かが声をあげた。
ワイバーンの群れ。その連絡で想像したよりも多くの個体が集まっている。空が黒く見えるほどだ。
「百匹はくだらないんじゃないか?!」
(前の時もあんなに多かった……? ううん、半分以下の規模だったはず……)
ワイバーンたちは街に降りようとして、何かにあたってUターンし、半球のドームのような形で上空をとりまいている。
「街全体を覆うサイズの防御魔法……」
「あの大きさで、ワイバーンの攻撃に耐えられる強度だろ……?」
「さすがクルスさんだな」
「いや、あれじゃあさすがのエリックも長くはもたないぞ」
何人かの魔法使いが結界の内側から魔法でワイバーンたちを狙う。フィンの護衛に戻ったメンバーの一部と、街に残っていた魔法使い、すぐ臨時依頼を受けられる戦闘系の魔法使いたちだろう。まだ距離があって個人まではわからないが、ダッジと他のお見合い候補も入っていそうだ。
結界のおかげもあって善戦しているが、ワイバーンは下級とはいえ竜種だ。素早い上に表皮が固く魔法耐性もあり、なかなか一撃とはいかない。協力して数体倒しても焼け石に水という状態だ。
「戦える者は全員戦闘準備。街に墜落するだけでも大事故だ。弱らせたワイバーンを街の外に出せる者は戦闘補佐を。それ以外の者でじゅうたんの運転を代わってくれ。
それと、街に着いたら冒険者協会と衛兵と医療機関と連携を。全ての個体を防ぎきるのは難しいだろうから、街に被害が出る前提で、市民の安全確保、負傷者の救助を頼みたい」
「わかりました」
「エリックのことだから近隣の魔法協会にも救難要請は出しただろうが。すぐに来るのは難しいだろう。俺たちで被害を最小限にするぞ」
「はい!」
「私がじゅうたんを飛ばします。すぐに着くと思うので、みなさんホウキを出しておいてください」
今の自分は戦闘班にも捕獲班にも入れない。なら、今できる最大限で協力するしかない。
(部長三人が、後の戦いに影響しない程度の魔力……、このくらいかしら?)
その範囲でもなるべく速くと思って魔力を流したら、じゅうたんのスピードが更にぐんっと上がった。
(え、もっと少なくてよかった……?)
空飛ぶじゅうたんの運転は初めてで、加減がわからない。
すぐに着くと言われたところで見習いの魔力ならまだ少しかかるだろう、なんていう様子でいた先輩たちが、慌ててホウキの呪文を唱える。
言われた通りに準備を整えていたオスカーとルーカスが先に飛びだした。
「行ってらっしゃい! 気をつけて!」
「ああ。行ってくる」
大好きな背中を見送る。一緒に行って隣で戦えないのがもどかしい。
他の魔法使いたちも次々に戦線に加わっていく。
街をおおっていた結界が解かれた。
みんなの到着が確認できたからか、魔力的にキツくなってきたからか、あるいは両方だろう。
ワイバーンたちの動きが変わり、一斉に街になだれこもうとする。
「おいおい、俺たちは無視か?」
近くに危険があれば先にそちらに対処しそうだが、眼中にないように見える。
魔法使いたちがワイバーンの前に回りこむ。
「ブレージング・ファイア!」
中級火炎魔法があちこちで炸裂していく。炎系統はワイバーンには比較的通りがいい。
「スパイダー・ネット」
「フローティン・エア」
弱らせたり気を失わせたりしたワイバーンを、ルーカスなど中級魔法が使えない魔法使いたちが捕獲して街の外に出していく。
じゅうたんを魔法協会の前に降ろす。
(……やっぱり、ワイバーンの数に対して全然人数が足りてない)
ワイバーンは魔法使いを敵だと認識したのか、先ほどまでと動きを変え、魔法使いの相手をするものと街に降りるもので分かれ始めたようだ。
(私も戦いたい)
が、今の自分はまだホウキの魔法しか習っていないことになっている。攻撃魔法や捕獲系の魔法を使うわけにはいかない。
けれど。
連携や手配は自分以外の非戦闘職で足りるだろう。今足りていないのは戦闘職だ。
「……お母様、みなさん、連携などはお願いします。フライオンア・ブルーム」
「ジュリア?」
母に驚いたように呼ばれたけれど、その声が終わる前にホウキで飛びだした。
ワイバーンの間をぬって、オスカーの姿を探す。
「ウォード先輩!!」
「なっ、クルス嬢?! なぜ」
「魔法を教えてください!」
「何を言っているんだ! 早く安全な場所へ!」
「私も戦います! 魔法を教えてください!」
「ダメに決まっているだろう! ……ブレージング・ファイア!」
オスカーの攻撃に驚いたワイバーンが一旦引いて距離をとる。
自分に近づいた他の個体をさらりと避ける。そのくらいのホウキの操作は造作もない。
「私も戦えます! あなたと、みんなと、戦いたいんです!」
ただの見習いだったなら、これは絶対にしてはいけない行動だ。自分だけでなく周りも危険にさらす可能性がある。それはわかっている。
けれど、自分はただの見習いではない。冠位二位を打診されたことがある、上位の魔法使いだ。何度も伝説級の魔物の相手をしたことがある。状況的に魔法を使えないだけで、この中の誰よりも強いのだ。
教育係がオスカーではない誰かだったなら、自分の背景を知らない誰かだったなら、どんなに頼んでも一蹴されることはわかっている。
(でも、オスカーは、私が私だって知ってる)
彼ならきっと、意図を理解してくれると信じている。
「お願いします、ウォード先輩! 魔法を教えてください!」
「……ならば、火の魔法を。ワイバーンには効果が高い」
話しながら、一旦安全な上空に退避する。
オスカーが手を取った。
「燃え盛る火炎の熱を強くイメージするんだ。『ファイア』」
魔力を動かすイメージを指導し、手を重ねたまま小さな炎を出す。新しい魔法を教える時のスタンダードな方法だ。
それがただの周りへのパフォーマンス、儀式にすぎないことは、自分もオスカーもわかっている。自分が正当に魔法を習ったという事実が必要なだけなのだ。
ファイアは下級の火炎魔法だ。ヘイグが肉を焼いていた、生活レベルの魔法。攻撃魔法の研修を受ける前でも習える魔法だ。
けれど今は、それでやれるだけやるしかない。
「ありがとうございます!」
「ムリはするな」
「はい! 私はあなたのものなので、もう無茶はしません」
ワイバーンの近くまでホウキを飛ばし、いつもよりもずっと多くの魔力を込めるイメージをする。
「……ファイア!!!」
巨大な炎の柱が瞬時に伸びて、一匹のワイバーンの片翼を焦がして墜落させる。
「っ……、スパイダー・ネット!」
後を追ってきたオスカーが落ちかけたワイバーンを捕獲して、街の外に飛ばしてくれた。
周りの魔法使いたちが唖然とする。
「……待て。今のは、ファイアなのか……?」
近くで戦っていたダッジがつぶやいた。
中級魔法以上の火力を出した自覚はある。そのくらいの火力がないと、ワイバーンには効かないのだ。
「ブレージング・ファイア!」
オスカーが他の個体を燃やす。
みんながハッとして、戦線に戻った。
「ファイア!……ファイアー!!」
次々に唱えてワイバーンを撃ち落としていく。
「スパイダー・ネット」
「フローティン・エア」
いつの間にか、オスカーとルーカスがワイバーン墜落防止の後処理に回ってくれている。
「……ジュリアちゃんのおかげでだいぶ楽になったわね」
「魔法使いになって一週間だろ? マジか……」
かすかにそんな声が聞こえた。
(ごめんなさい、百年以上魔法使いをしています……)
先輩たちに申し訳ないとは思うけれど、今はまず目の前の魔物に対処していく。




