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21 合宿の終わりと事件の始まり


 オスカーと二人で庭を歩いていく。

 自分の心音がうるさい。

 研修モードの時とは心持ちが違う。昨夜のことと、父が言っていたことが拍車をかけている。

(私がいいって言ったらお父様はつきあいを認める……、のを条件に、決闘を受けてくれたのよね……)

 昨夜はそっと頭を撫でてくれた。大切に名前を呼んでくれた。


 隣を歩く彼を見上げると、穏やかに笑みを返してくれる。

(幸せすぎる……)

 今の距離で十分だと思う。こんな時間をまた持てるとは思っていなかった。泣きたくなるくらい、幸せだ。


 少し歩いて、時間がそう長くないことを思いだす。このままだとあっという間に終わってしまいそうだ。今のうちに話しておくべきことは話したい。

「あの、ウォード先輩。すみません、先ほどはご迷惑をおかけして……」

「いや。あの程度のことであなたの役に立てるなら、喜んで」

(大好き! もう、大好きっ!!!)

 叫びそうになったのを必死に飲みこんで、呼吸を整える。


「……ありがとうございます」

「ん」

 小さくうなずいて受け取ってくれる彼も大好きだ。

(もう折り返し地点……)

 他の人と話していた時は五分でも足りる感じがしていた。なのに、彼といると全く足りない。


 道を戻りながら、今度はオスカーが口を開く。

「ジュリアさん」

「……はい」

(ひゃあああっっっっ)

 心臓が止まるかと思った。

 自分の名を呼ぶ彼の声が好きだ。他の人の音とは全く違う。とても大切に紡がれているような音色。


「クルス氏が言っていたことだが」

「……はい」

 思いだすだけで、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 付きあいを許可しなくもない。父なりに精一杯の表現だったのだと思う。


(つきあおうって言われるのかしら……?)

 それは舞いあがりそうなくらい嬉しいことだ。が、同時に、視界が赤く塗りつぶされる恐怖を伴っている。

(どうしよう……)

 以前のように拒否して距離をとった方がいいのはわかっている。でも、今は。今の関係がギクシャクしてしまうのはイヤだと思ってしまう。

(私、すごくワガママだ……)

 何も望まないつもりで戻ってきたのに、どんどん望みがふくらんでいる。そんな自分が恥ずかしい。


 オスカーが続ける。

「自分も。あなたが望んでくれるまでは、今のままでと思っている」

 思いがけない言葉に、驚いて彼を見上げる。

 確かに、父はそうも言っていた。私がそれを望むまではダメだと。

「……私が望むまで?」

「ああ」

(オスカー……)

 それはつまり、彼はそれを望むということではないか。告白されたも同然だ。

(嬉しい……。けど……)


「……一生、望めなくても?」

 望まないんじゃない。望めないのだ。

 自分の気持ちだけなら、それを望んでやまない。彼と手を繋いで歩けたらどれだけいいかと思わないはずがない。そうしてはいけないから、抑えこんでいるだけだ。

「ああ」

 迷いなく答えた彼の表情には気負いがない。本当にそれでいいというかのようだ。


(でも、それで本当に、オスカーは幸せ……?)

 自分が彼を縛ってしまったような、すごく悪いことをしているような、そんな気もする。

 問いかえす言葉が見つからないまま、時間の方から終わりが告げられた。



「ジュリア、お疲れ様。お昼、できているわよ」

 母に声を掛けられ、みんなの輪の中に戻っていく。後ろ髪引かれるように彼を見ると、穏やかにひとつ頷いてくれた。


 ジュリアさんタイムの間に、残っていたみんなで食事を用意してくれていたようだ。室内の立食形式になっている。店で出てくるような見栄えのものもあれば、食べて大丈夫かと思うようなものまでまちまちだ。


「ジュリアちゃん、お帰り。これ食べてみて」

 ルーカスがひょいっと、一口サイズのクロケットを皿に乗せてくる。

「……あ、美味しい。これ、ベシャメルソースとお肉ですね」

「それ、シェリーさんの指導でオスカーが作ったやつ。初めてにしては上出来じゃない?」

「いや、バーベキューでも肉を焼いていたが?」

「それは料理には入らないでしょ?」


 感動して言葉を失いそうになったところで軽いやりとりを挟まれて、つい笑ってしまう。

 前の時、オスカーは結婚するまであまり料理をしたことがなかったが、自分が台所に立つとよく一緒にやってくれていた。

(手先が器用なのと、余計なことをしようとしないから、料理に向いてるのよね)


「ちなみにこっちはぼくの。ルーカススペシャル」

「……犯人はお前か」

 ヘイグの恨めしそうな声がした。

 見た目からしてチャレンジングな料理に、既に果敢に挑んだ勇者がいたらしい。

「なんだこれは。甘いのか辛いのかしょっぱいのか酸っぱいのかハッキリしろ。焦げてる部分もあって苦いし、絶妙なバランスで果てしなくマズいんだが?」


「えー? そんなバカな。甘辛いのとか甘酸っぱいのとか美味しくない?」

「俺は大抵のものは食べられるし、そこまで味にこだわりはない方だと思っていたが。死ぬかと思ったぞ。お前、味見はしたのか?」

「味見って要るの?」

「……責任とってお前が最後まで食べろよ」

「あはは。みんなが残したらね」

「いや、その破壊兵器は今すぐ処理しろ。次の被害者が出る前に」

「破壊兵器って。いくらなんでも言いすぎ……」


 ルーカスが苦笑しながら、自分の皿に盛って一口食べる。

 ぶわっと汗と涙が飛びだした。

「……死にそう」

「ほら見たか」

「大丈夫ですか?」

 何事かとみんなが集まってくる。どれだけひどいのかを知ろうとして挑戦したメンバーが軒並みひどい顔になって、死屍累々になった。


 母が回収して調理し直してきてくれる。普通には食べられるレベルになった料理に、味見をしていた面々が感動する。

「……すごいな、シェリーさん」

「女神だ……」


「あ、そういうのもエリックの前だと禁句な。あいつ、ジュリアちゃんに過保護なのと同じくらい、シェリーさんに過保護だから。投影がジュリアちゃんのしかないの、シェリーさんを他の奴に見せたら取られるって思ってる節があるから」

「そうなんですか?」

「あー、俺が話したのは内緒な。合宿も今回はジュリアさんが来るってことで、シェリーさんも初参加だしな」

「あはは。あのクルス氏の奥さんに手を出すなんてどれだけ命知らずなのって感じだよね」

「ほんとにな」


「ウォードもがんばれよ。ジュリアさん泣かせたら消されるぞ」

 突然話が飛び火して、むせそうになった。

(ちょっと待って……)

 そもそもまだつきあってもいない。


「ああ。ひとまず今日まで命があってよかったと思っている」

 しみじみ言われて、今度はむせた。

(オスカーまで何を言って……、ううん、確かに……)

 盛大に泣いていたし、原因がオスカーとの関係にあることも父に知られていた。少し前の自分の所業を思いだして、改めてオスカーに申し訳なくなった。

(前にお父様がオスカーを殴りたいって言っていたのは……、あれでもかなり控えめだったのね……)



 みんなでの合宿は、色々あったけれど、思っていた以上に楽しかった。昼食の片付けをして、みんなでじゅうたんに乗って帰路につく。来た時よりもだいぶ空気が砕けている気がする。自分がなじんだのが大きいだろう。

 父がいないため、帰りは三人の部長が交代で運転してくれた。

「疲れていたらムリせず休んでていいぞ」

 ヘイグの時にはそんなふうにも声をかけてくれた。

 自分は母と女性陣に囲まれている。昼のこともあってか、料理の話題が中心だ。


「あと十五分くらいか」

 だいぶ近くまで戻ってきた頃に、ヘイグ宛に連絡用の魔道具が飛んできた。ヘイグに緊張が走る。


「赤は緊急事態だ。みんなで聞くぞ」


 じゅうたんの上がピタッと静かになる。

 緊迫感がある父の声がした。

『街にワイバーンの群れが襲来している。私とこちらにいるメンバーだけでは手に余る。急いで戻ってほしい。それまでは結界でしのいでおく』


(ワイバーン?!)

 みんなが驚くのと同じくらいか、それ以上に驚いた。

(正確な時期は覚えてないけど、前の時は寒かったはず。早まった……?)

 そう思いつつも、いつか起きる可能性があることを知っていたのに何も対策をしていなかったことを後悔した。


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