19 ジュリアさんタイム①
父とフィンを見送りながら誰かが言った。
「空間転移が使える魔法使いがいると楽なんだけどな。すぐに行って戻ってこられて」
「相当レアな魔法だろ? 敵の中にいたっていうこの前の状況の方が異常だ」
(使えます……、ごめんなさい……)
使えないふりをしているのが申し訳ない。
「おい、お前たち。いい考えがあるんだが」
ヘイグがそう言ってみんなの注目を集めた。
「もちろん、シェリーさんとジュリアさんの許可が得られるならという前提にはなるが。
ジュリアさんを溺愛しすぎていてうるさいエリックがいない間に、一人五分、ジュリアさんタイムをもらうっていうのはどうだ?」
(ジュリアさんタイム……?)
なんのことなのか、何をするのかがわからなくて首をかしげる。
「ジュリアさんの歓迎会と懇親会を兼ねてここに来ているだろう? けど、みんなでわいわいやっている中だと、肝心のジュリアさんとほとんど話せなかった、っていうメンバーも多いはずだ。違うか?」
賛成する声があちらこちらから上がった。
「だから、一人ずつ、ジュリアさんと庭を散歩しながら話す時間を作ったらどうかと思う。それ以外のメンバーは屋敷内で待機、一切手出し口出し無用だ」
(なるほど)
確かに、これまではフィンのこともあって、中々特定の誰かとゆっくり話せていない。ヘイグが言うように、父がいたからというのもあっただろう。父がいたらきっと、この企画は通らないと思う。
「どうだ? 賛成はどれだけいる?」
困惑している様子のオスカー以外、全員の手が上がった。
「というのはどうかと思うんだが。シェリーさん、許可はもらえるか?」
「あら、ふふ。ジュリアがよければ、私はもちろん構わないわ」
「ジュリアさんは?」
「そうですね……。先輩方とお話しさせてもらえるのは嬉しいです」
「なら、決まりだな。あとは順番だが……」
「ウォードは最後な」
「手を挙げてなかったし、いいんじゃないか?」
「時間がなくなったらナシでも、別に他の時に話せるしな」
一方的なようでいて、声はみんな柔らかい。半分は冗談なのだろう。
「……わかった。それで構わない」
それをオスカーはまじめに受けるものだから、先輩たちも笑うしかないようだ。つい笑みがこぼれる。
(オスカーはオスカーで、結構かわいがられていたのよね。私に対してとは方向性が違うけど)
「ウォードが最後なら、年上からでいいんじゃないですか?」
「それもそうか」
「それはイヤ」
ピシッと言ったのは女性の魔法使いだ。それはそうだろう。大体の歳が全員に知られてしまうのだから。
「なら、レディファーストで、女性陣はそっちで順番を決めてもらって。その後は歳の順とか?」
「それならいいわ」
そんなやりとりがあって、『ジュリアさんタイム』の開催が決まった。
(一時間以上歩くことになるけど……、オスカーとの訓練に比べたら全然楽よね)
女性の先輩の筆頭は、直属の上司のアマリアだった。息子たちは自分より年上で、ひとり立ちしているから時間の自由がきくそうだ。
(ほんと若く見えるのよね。お母様もそうだけど)
街のおいしい店やホワイトヒル近くの隠れた名所を教えてくれた。仕事の時よりも印象がやわらかくて楽しかった。
二十代のお姉様の一人、メリッサ・レイからはダッジの動向を聞いた。
「ダッジくんが急に、フリーのかわいい女の子を紹介してほしいって言ってきたんだけど、失礼しちゃうわよね? 私だってフリーのかわいい女の子よ? ダッジくんとつきあいたいとは思わないけど。自分がそう思えない人を友だちに紹介するわけないじゃない?」
「そうなんですね」
(としか言えないわよね……)
ダッジがそう言いだした原因は自分にある可能性が高いが、それを話すと陰口になって、妙なウワサとして広まる気がする。沈黙は金だ。その上で、話をすり替えてみる。
「メリッサさんはどんな男性がいいんですか?」
「やっぱり何よりも優しい人よね。それで、私のことが好きで受け入れてくれる人。それから、価値観が近くて頼りがいがあって、誠実で包容力があって、協調性があって素直でおもしろくて……、私だけを見てくれる人がいいわ。あ、見た目も最低限は必要よね。イケメンってほどじゃなくても、見るに耐えられるくらい? 身ぎれいなのも大事よね。高収入じゃなくていいけど、収入を頼りきりにされるのはイヤね。あと家事は分担してくれて、子どものこともしてくれて……」
そのままメリッサが話し続けて終わった。
(パワフル……)
他の女性たちからもまちまちに、ウワサ話やオススメなどを聞いた。そのうち女子会をしようとも誘われる。それも楽しそうだ。
男性の最年長は管理部門の部長、ビリー・ファーマーだった。初老に入る手前だろうか。雰囲気は父以上に固い。みんながやいのやいのやっている時には黙っているタイプだ。
(ファーマーさん……、どんな話がいいのかしら?)
わからないうちの一人だ。
歩きだしたら相手から話してくれて助かった。
「裏魔法協会には困ったものですね」
「そうですね……」
「うちの支部で関わったことはなかったのですがね。他からの報告で話に上がることはありまして」
「そうなのですね。どんな組織なんですか?」
前の時に接触はあったが、興味がなさすぎてくわしくは聞いていない。
「魔法協会から離反した魔法使いのふきだまりで、古くからあるとは聞きますがね。きちんとした組織ではなく、仕事の受け方だけが共通だとか」
「なるほど……」
個々のチームで受けたい仕事を受ける感じだろうか。冒険者のようなイメージが浮かぶ。だとすると、スカウトも組織にというより自分たちの仲間にということなのだろう。
「これまで魔法協会が接触できた人数は少ないですが、禁呪などの特殊魔法に魅せられた者もいて、一人一人がやっかいなようですね」
「そのようですね……」
自分たちが戦った二人は空間転移を除けば正当に強い魔法使いだった。
けれど、父や他の魔法使いたちが戦った二人はかなり特殊だったと聞いている。その二人、あるいは四人全員が相手だったら、状況はもっと悪かっただろう。
(すぐに逃げる判断をしたオスカーはさすがよね……)
あの時の姿がオスカーの若い頃をベースにしていたことを知ってからは、あの姿も可愛かったと思っている。
「捕まえた二人からはまだ、今回の襲撃に参加した仲間の呼び名しか聞けていないのですがね。個々の能力やアジトの場所については黙秘でして。
体力も戻っていて、週明けには自白の魔法薬が使えますのでね。そこから忙しくなるでしょう」
「わかりました」
「ジュリアさんは見習いなのでその作戦に参加することはないですがね。人数を増やすより、クルスさんを中心とした精鋭で一気に終わらせる方が得策ですからね。安心して魔法協会で研修を続けてください」
「ありがとうございます」
一人でいたのが長すぎてすっかり忘れていた。魔法協会に所属するということは、そうでなかった時と違って、一人で対処しなくていいということだ。組織に守られている、そんな感覚がある。その組織が敵に回るとやっかいだけれど。
「ちなみに呼び名は聞いてもいいのでしょうか」
「中央にも報告して、魔法協会内で情報が回っていることだから、問題ないですね。
捕まえたうちの小さい方は『タグ』。鎧の男は『ジャア』。逃げた男は『トール』。リーダー格の女が『ラヴァ』。
全員本名ではないらしいですがね。本名は仲間内でも知らないそうで。タグは自分の本名は忘れたと言っていて、ジャアは全てに黙秘ですね」
「そうなのですね。ありがとうございます」
その辺りで時間切れになった。
(だいぶ役に立つ話を聞けたわね)
収穫は大きかった。
一人一人とゆっくり話せる機会はなかなかないから、ジュリアさんタイムはいい提案だと改めて思う。
後半も楽しみだ。




