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18 オスカーVSフィン、剣での決闘


 オスカーが不思議そうに尋ね返す。

「決闘……?」

「そうだ! どっちがリアちゃん……、ジュリアちゃんに相応しい男なのか! ジュリアちゃんを賭けて、お前に剣での決闘を申しこむ!」

(……ほんと、ちょっと待って)

 頭を抱えたい。

 この場には魔法協会の多くのメンバーがいる。職場での公開処刑に等しい。父が色々やらかしているから今更な気もするけれど、魔法で穴を掘って入りたいくらいには恥ずかしい。


 オスカーが困ったように眉を寄せる。

「意味がわからないのだが。そもそもクルス嬢は物ではない。誰と共にいるかは彼女が決めることではないのか?」

 静かな声だけれど、しっかりと聞こえた。

(オスカー……)

 彼のこういうところが本当に好きだ。いつでもちゃんと尊重されている気がする。恋愛としての好きだけでなく、人としても尊敬できて好きなのだ。

 それが通じないのがフィンなのだけど。


「逃げるのか?」

「フィン様、あの、やめた方が……」

「リアちゃんは黙ってて。僕にも引けない時はあるんだ」

(私が勝手に賭けの対象にされているのに、黙っててと……?)

 やはりフィンとは相容れない気がしてしまう。


 一緒に隣に来た父がフィンを見据える。

「……なるほど。フィン様は、オスカー・ウォードとの決闘に負けたら、いさぎよくジュリアの希望を聞いて別れると?」

「そうだ。僕が勝ったら考え直してもらいたい」

(どうしてそうなるの……)

 どうにも勝手すぎる気がしてしまう。


「いいだろう」

「お父様?!」

「オスカー・ウォード。これに勝ったら、お前とジュリアがつきあうことを認めてやらなくもない」

「ちょっ、お父様?!」

「もちろん、ジュリアがいいと言った場合だ。ジュリアがいいと言うまではダメだ」

(何を言いだすんですか、お父様……)

 急展開すぎてツッコミが間にあわない。

 どうにか全てを取り消せないかと考えを巡らせていると、少し考えた様子だったオスカーが先に口を開いた。


「決闘を受けても構わないが。条件がある」

(オスカーまで?!)

「なっ、これ以上を望むのか?!」

 フィンが目くじらを立てる。

「一方的にいわれのない決闘を申しこまれているのだから、当然では?」

「いわれはあると思うが。まあいい、言ってみろ」


「自分が決闘を受けたら、自分が勝っても負けても、彼女の……、ジュリア・クルス嬢の意思は尊重してほしい」

 全く想定していなかった条件だけど、彼らしいといえばとても彼らしい。これまでの話の流れで状況を把握したのだろう。

(オスカー……。……大好き)


「そんなのはお前に言われなくても、当然だろ?!」

(フィン様……。この決闘をする時点で矛盾してます……)

「……わかった」

 オスカーはそう言うと、地に落ちている白い手袋を拾った。

「その決闘、オスカー・ウォードが受けよう」

(めちゃくちゃカッコいい……!!!)

 どうしてこうも絵になるのか。大好きだ。


 模擬戦用の剣を、父が木の魔法で作りだす。刃にあたる部分や切先には丸みがあり、危険度が低い作りになっているようだ。

 父がそれぞれに一本ずつ渡し、一定の距離をとらせる。

「審判は私が務める。先に膝より上が地についた方が負けとする。始め!」


 父の宣言と共に、フィンが大きく一歩を踏みだして間合いを詰めた。

 オスカーはその場を動かない。

 フィンが剣を振りおろし、横から薙ぎ、反対からまた切りつける。

 オスカーはそれらを剣で受け、防戦に入っているように見える。

 フィンの剣筋は悪くない。貴族のたしなみとしてそれなりに習っているのだろう。剣での決闘と言いだしただけはありそうだ。


「がんばれ! ウォード!」

「フィン様もがんばってー」

 少し離れた位置で観戦する。ギャラリーも同じくらいの距離感だ。一応は両方応援しているけれど、声のトーンの差がひどい。

(魔法使いって身内びいきなのよね……)

 それでも一応はフィンにも声をかけているだけ優しいと思う。


 観戦している魔法使いたちの話が聞こえてくる。

「っていうか、魔法使い相手に魔法禁止で、剣の戦いを挑むって、その時点で負けてないか?」

「まあ、仕方ないとはいえ、大人げないよな」

(普通そう思うわよね……)

 ランナーに球技で戦いを挑んでいるようなものだ。土俵が違う。それに勝ったところでなんだというのか、というのが魔法使いとしての感覚だろう。


「けど、ウォードってアレだろ?」

「な」

「魔法使いには珍しい、かなりの武闘派」

 一見するとフィンの方が攻めこんでいるようだが、オスカーはその場から動かないまま軽くフィンの剣をさばいている。

 そう時間は経っていないのに、フィンに疲労の色が浮かんでくる。

「あいつ、近接戦闘になったら普通に魔法で剣を作って戦うしな」

「模擬戦であたりたくないタイプだよな」

「なんでも子どもの頃に、いい剣士に習っていたらしい」


(そうなのよね……)

 先輩たちの言うとおり、オスカーは近接戦闘ではこの支部随一だ。魔法使いには近接が苦手な人が多いから、部長クラスでも懐に入ってしまえばオスカーの方が強いかもしれない。

 自分の体術や剣術の師匠は、今も昔もオスカーだ。一緒に戦って、その身のこなしは何度も目の当たりにした。

(領主邸でも……、って、フィン様はあのローブの子がオスカーだって認識していないものね)

 だから初めから、オスカーがフィンに負けるとは全く思っていない。


(やめた方がいいって言ったのに、フィン様、聞かないから……)

 あの言葉は、自分のためでもオスカーのためでもない。フィンに恥をかかせないために言ったのだ。

 父がこの賭けに乗ったのも、部下としてのオスカーの実力を知っているからだろう。


 オスカーの剣がフィンの剣を弾きとばして地に落とした。返す動きで、フィンの懐に入るようにして、木の剣がフィンの腹部に押しこまれる。その勢いでフィンの体がわずかに浮き、そのまま肩から地に転がった。

 オスカーの剣がシュッと音を立ててフィンの目の前に振りおろされ、止まる。

「勝者、オスカー・ウォード!」

 父が高らかに宣言する。

 オスカーは全く息が上がっていない。フィンを見下ろして、どこか冷たく聞こえる声で告げた。

「……そういうことだ」


「おまっ、お前っ、ケホッ、本気で切りつけたな?!」

「決闘だからな。真剣なら両断していた」

「僕にそんなことしていいと思っているのか?!」

「……自分が魔法使いだということを忘れない方がいい。そうするつもりがあれば、裏魔法協会がしようとしたことを再現するのは難しくない」

 オスカーが屈んで、地に座ったまま立てずにいるフィンに手をかざす。


 フィンから血の気が引いた。

「なっ、待て、やめろっ」

「……ヒール」

 呪文と同時にかすかな光がフィンを包んで、戦闘で受けたケガが治る。

 とたんに、固唾を飲んでいたギャラリーから歓声が上がる。

「いいぞ、ウォード!」

「よくやった!」

「フィン様、魔法使いへの敬意を忘れるなよ」

 つい小さく笑ってしまう。


 ケガは治っても腰を抜かしているらしいフィンに、父が手を差しだして引きあげた。

「そういうことです、フィン様。ジュリアとの縁はこれまでということで。ご両親には私からお伝えします」

「リアちゃん……」

 なんとも情けない顔ですがるような視線を向けられた。

 営業スマイルを返す。

「私も魔法協会の一員になったので。これからは、お仕事としてフィン様の身の安全を守れるように努めますね」


 父がホウキを出す。

「このままここにいるのも居にくいだろう。領主夫妻と話す必要もあるし、私は一足先にフィン様を連れて戻る。護衛四名の同行を頼む」

 今日の担当が前に出た。少しイヤそうだ。

「シェリー、ファーマー、ヘイグ、ブリガム。後のことは頼む」

 母と部長たちがうなずく。

 父のホウキで飛びあがったフィンの顔が、いつも以上に白い。じゅうたんよりかなり怖いのかもしれない。


(とりあえずひと段落かしら……)

 ひとつ息をついて、それから気づいた。

(……ちょっと待って)

 父はオスカーに、決闘に勝ったらつきあうのを認めなくもないと言っていた。それはつまり、認めるということだろう。

 前の時にはまだ、そもそもオスカーの気持ちを確かめられてすらいない時期だ。こんなに早く外堀が埋まるのはおかしい。明らかに前よりも、彼と結婚する気がない今の方が前に進んでしまっている。


(もう……、本当……、どうしてこうなったの……)

 本当に困っているのは状況よりも、それが嫌ではない自分の気持ちなのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
またもやお邪魔させて頂きました!ひとまず、こちらまで拝読しましたので、思いの丈を…。 前回は1章の終わりから、ジュリアちゃんとオスカーの切なくも愛しいさに満ちたやり取りを胸が張り裂けそうになりながら…
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