5 [オスカー] 好きは人をバカにする
オスカー視点、ジュリアとの出会いからこれまでのこと。前半。
ジュリア視点のままいきたい方は飛ばしてOK。
魔法協会ディーヴァ王国ホワイトヒル支部。
始業時間よりもだいぶ早く出勤した。まだ他には誰も来ていない。
入り口は魔道具での魔力認証だ。支部のメンバーはみんな登録されている。
特に急ぐ仕事があるわけではない。
むしろ、クルス嬢の魔力開花術式がキャンセルになり、おそらく研修が始まるだろうと言われていたのも流れて暇になっている。元々は、何歳か上の先輩とともにその仕事にあたる予定だった。
(ジュリア・クルス嬢……)
寮の部屋で一人でいると彼女のことばかり浮かぶから、職場で仕事でもしていようと思って出てきたが、あまり効果はないようだ。
「好き」
あの言葉の破壊力はすごかった。見上げてくる瞳は熱をともなったようにうるんでいて、まるで告白されたかのようだった。
本心のように感じたのは気のせいだったのだろうか。彼女はすぐに話を続けて、それから、拒絶を感じた。
わからない。ため息がでる。それにしても、かわいかった。
「はよ。早いね」
「ルーカスか。おはよう」
ルーカス・ブレア。ひとつしか歳が違わない先輩だ。
隣の部門だが、支部全体で二十人を超えるくらいしかいないためデスクが置かれている部屋はひとつで、よく顔を合わせる。最近、一緒に昼に行くようにもなった。
「ルーカスこそ、いつもより早いな」
「うん。なんとなくオスカーが早く来てる気がして」
「自分が?」
「どうだった? 昨日も行ってきたんでしょ?」
クルス嬢の見舞いに行くかを迷っていた時に背中を押したのはルーカスだった。
「……なんと言っていいんだか」
「ふーん? 告白されたのに取り消された、みたいな?」
思わず眉をしかめる。
ルーカスには、言っていないのに見透かされることが珍しくない。そもそも当初クルス嬢に会った話をするつもりもなかったのに、なぜか気づかれたのが始まりだ。彼女を好きになったことも自分からは言っていない。
「……どこで見ていた?」
「あはは。なんとなく顔に書いてあるからね」
「子どものころからあまり顔に出ないと言われてきたんだが」
「そう? 前はほんと、淡々とした後輩だなって思ってたんだけど、ジュリアちゃんに会ってからはわかりやすいよ?
顔に出ないんじゃなくて、そんなに気持ちが動いてなかっただけじゃない?」
「自分ではわからないが……、ここまでコントロールがつかないのは初めてだ」
「すごく好きなんだね」
「やめてくれ。クルス嬢の迷惑になる」
「ふーん? あきらめるんだ?」
「そうだな……、泣かせたくはない」
「で、本心は?」
「泣き顔もかわいかった」
ルーカスに爆笑される。笑いごとじゃない。
「オスカーが落ちたのは予想外だったな。それが楽しいんだけどさ。
前々から狙ってる人は何人もいたのに、興味がない側だったでしょ?」
「そうなのか? ……狙っているというのは」
「クルス氏が溺愛してて、デスクに置いてる投影の魔道具を毎週更新してたじゃない? 最近は止まってるけど。みんなそれをチラ見しては、かわいいって騒いでたの知らなかった?」
「……言われてみれば、時々そういう話を耳にすることはあったな」
「うん。だからみんなジュリアちゃんがここに来るのを楽しみにしてて。来ないことになったのを残念がってるね。
けど、本人に会うまでオスカーは気にしてなかったよね?」
「ああ。支部長のデスクを意図して見ることはなかったからな。目に入った時に、見た目はいい方だと認識していたとは思うが……、本人は投影の百倍はかわいかった」
「百倍って!!」
ルーカスが腹を抱えて笑う。笑いごとじゃない。
自分よりもずっと小さくて華奢なのに、守ろうとするかのように前に立ってくれた。あの瞬間、物語の中から天使が舞い降りてきたのかと思った。
(ちょっと待ってくれ。かわいい。え、かわいいんだが?!)
それどころじゃない場面だったはずなのに、意識のほとんどを彼女に持っていかれた。
正しさを成すのは難しい。実際、他の目撃者は誰も声をあげなかった。衛兵の調査で証言してもらえただけマシだろう。
潔白を主張してくれたのは彼女だけだ。芯の強い女性だと思った。それでいて物腰は柔らかくて丁寧だ。こんな女の子がいるのかと驚いた。
「オスカー?!」
びっくりしたように呼んだ声が親しげで、とても近く感じた。その声も表情もかわいくて、走りこみをした後のように心臓が跳ねたまま落ちつかなかった。
(かわいさが反則だ……。どこかで会っていたか……? いや、会っていたら忘れるはずがないよな……?)
冤罪には驚いたけれど、彼女と話せる時間ができたのは嬉しかった。
なのに、自分の心音がうるさくて、何を言っていいかわからなくて、ずいぶん不安にさせたのではないかと思う。
静かに時が流れる間、彼女は控えめに見つめてきていた。あからさまではないようにしつつも、こちらを見ずにはいられない。そんな感じを受けて、自分と同じだと思った。
その美しい瞳は、何かとても大切なものを映しているかのようで、熱を帯びているようにも見えて、目が離せなかった。
(彼女が自分を……? ……まさか、な)
カッコ悪いところしか見せていないのだからありえないと思うのに、彼女と視線を重ねていると、そんな期待が真実味を帯びて感じられる。
鼓動はどんどん速まっていった。
見覚えがある気がしていたのはクルス氏の投影の魔道具ではないかと気づいて、確認のために名前を聞いたら、まったく違う答えが返って驚いた。
衛兵が本名を呼んだ瞬間に青ざめていたから、知られたくなかったのだろう。クルス氏がデスクに投影の魔道具を置いているのを知らなければ、こちらが彼女を知っているとは思わなかったはずだ。
(知られたくない理由……、彼女は自分が魔法協会の所属だと知っていたから、クルス氏に何か言われるのを懸念したのだろうか)
クルス氏のお嬢さんで間違いなかった。
(あの支部長からどうやったらこんなにかわいい天使が生まれるんだ……?)
そう思った。
混乱しているようで恥ずかしそうでもあって、おろおろしているのもなんともかわいかった。最初はこちらが守られたのに、守りたくなる感じだ。
喫茶店の提案も送ろうとしたのも心配してのことだったが、下心がまったくなかったとは言いきれない。
「いいえ。もう会うことはありません」
そう言われたが、その声は会いたいと言っているように聞こえた。自分でも矛盾していると思うのに、その考えを打ち消せない。
その日から、寝ても覚めても彼女が浮かぶようになってしまったのだ。おかしくなったと思った。こんな自分は知らなかった。
ルーカスに言わせれば、これが好きだという感情らしい。だとすれば、なんともやっかいなものだ。
好きは人をバカにする。




