17 フィンとの別れ話
朝起きて最初に母に話して、それから父を部屋に呼んで気持ちを伝えた。
「仕方ないだろうな。フィン様にも非がある」
「……そう見えますか?」
理由は言っていない。ただ、早急につきあいを解消したいと言っただけだ。だから父からそう言われたのは意外だった。
「それはそうだろう。お前が嫌がっているのに、それでも押してきていたんだから」
「……お父様にもそう見えたのですね」
「娘の声色くらいはわかる」
(役立たずって思ってごめんなさい)
父は父なりにちゃんと見ていてくれたのだとわかって、気持ちが暖かくなる。
「お前がそう決めたなら早い方がいいだろう。別日を設定するのも面倒だ。朝食後に呼んで話す形でいいか?
帰りのじゅうたんが気まずくなりそうなら、フィン様だけ私のホウキに乗せてもいい」
「ありがとうございます、お父様」
「イヤだ!」
フィンにおつきあいを解消したいと伝えると、言い終わらないうちにその言葉が返った。ダダをこねる子どものような言い方だ。
人数が多いと話しにくいだろうと、母は同席していない。父と自分とフィンの三人だ。
「なんで? 僕はリアちゃんの条件を全部飲むのに、なんでダメなのさ」
(そういうところです……)
思ってもさすがにそうは言えない。
比べてはいけないとわかっているけれど、オスカーならきっと、どんなにイヤでも自分の気持ちを尊重してくれる。尊重してくれてきた。
オスカーならきっと。
そう思ってしまう自分にも非があるから、フィンにあまり強く言えない部分もある。
「ごめんなさい、フィン様。お見合いの時にはそれほど思わなかったのですが……、おつきあいという形にしてもらってから、その、思っていたより相性がよくないのだな、と」
「相性って何? 僕はこんなにリアちゃんが好きで……、少しでも顔を見れたら嬉しいし、そばにいるほどもっと好きになるのに。
初めから、僕を好きじゃなくてもいいっていう条件だよね。なら、それは理由にならないよね?」
(そういうところです、フィン様……)
言葉は通じるのに話が通じない。そんなやりとりを、好きな人が相手なら楽しめたのか、逆に気持ちがあっても冷めてしまうのか。自分にはわからない。
「ねえ、リアちゃん……。まずは僕が安全になるまではつきあおうって、リアちゃんが言ったんだよ」
(ちょっと待って。それ言っちゃうの?)
二人だけの内緒話。それをあっさりバラされるとは思わなかった。
父が訝しげな顔になる。
「まだ犯人は捕まっていないし、なんなら捕まらないで一生狙われていてもいい。それでも、君にそばにいてほしいんだ」
どこまで勝手な人なのだろうと思う。一生狙われていたら、そのそばにいるのもずっと危険ではないか。
そんな状況になったら、オスカーならきっと、彼の方から距離をとる気がする。彼はいつでも自分の安全を最優先にしてくれている。
同じようにしてほしいわけではないけれど、どちらから大事にされていると感じるかは明白だ。
黙って聞いていた父がため息をついた。
「なぜそんな話になっているのかわからないが。その件なら、捕らえた二名の意識が戻っている。体力も回復してきているから、週明けには自白の魔法薬が使えるだろう。残党と首謀者を捕えるのはそう遠くないはずだ。
そもそも、ジュリアはつい先日まで一般人で、今も見習いのなりたてだ。護衛には程遠いし、例え一人前になったとしても、狙われ続けるような危険な環境に身を置かせるつもりはない」
(お父様……)
内心で父に謝る。研修室でオスカーが言ってくれたことが深く刺さっている。自分を大事にしてくれる人たちからすれば、かなり無茶をしたのだと今は理解している。
「すぐに残党や首謀者が捕まるなら、危険はなくなるんでしょ? ならその点は問題ないはずだよね。
約束通りその時にしきり直すことにして、もう少しの間チャンスがほしい」
「……ごめんなさい。フィン様の思いは、私には重すぎるんです」
「重いって何さ……。僕に悪いところがあったなら、リアちゃんが気に入らないところがあったなら、なんでも直すから。
あ、ホウキに乗せてほしいって言ったことを怒ってるの?」
父の顔に驚きと呆れと怒りが浮かんだ気がした。
(フィン様、魔法使いを怒らせる才能でもあるのかしら……)
「それは謝るよ。知らなかったんだ。女性が異性をホウキに乗せるのは、『あなたには何をされても構わない』っていう意味になるなんて。確かに僕たちにはまだ早いと思う」
(あの時は単純に、魔法をタダ扱いされたのがイヤだったのだけど。……まだ早いって。いつかそうするつもりだったのかしら)
想像して鳥肌が立った。ムリだ。
気持ちも子どももなくていい。その条件には、接触もなくていいという意味は含まれないのだろうか。
(まあ、解釈次第、よね……)
気持ちがない相手とはムリだという想像が及ばない。それがフィンの大きな欠点なのだろう。
「……フィン様は魔法使いではないので。そのことを特に怒っているというわけではありません」
「ほんと?」
「はい。でも、ごめんなさい。おつきあいを続けるのは、私にはもうムリです」
「もう少し続けてからじゃダメ? 今度はもっとがんばるから」
(待って。がんばらないで)
そのがんばりが全部空回りしているのだということを、どう気づかせればいいかがわからない。
「ごめんなさい。この場で、おつきあいを解消させてほしいです」
「……オスカー・ウォードか」
ドキッとした。なぜ、フィンがオスカーの名を出すのかがわからない。
「あいつのせいなんでしょ」
「なぜそう思うのですか?」
「リアちゃんが誰を目で追っているのか……、誰が好きなのかくらい、僕にだってわかるよ。僕は君だけを見ているんだから」
こればかりは反論のしようがない。全面的に自分に非がある部分だ。
それを父の前で言われたのはものすごくイヤだけど。
「でも、あいつとつきあわないで、お見合いの話を受けたのにはつきあえない理由があるんでしょ? なら、まだ僕にもチャンスはあるよね?」
「……ごめんなさい」
謝る以外にできることがあるだろうか。どう言われても、どう思われても、もう気持ちは決まっている。
オスカーから誰のものにもならないでほしいと言われたことも、早く別れようと思った理由の一端にはあると思う。でもそれ以上に、フィンといるのがムリなのだ。
フィンが深くため息をついた。
「……わかった」
そう言って部屋を出る。
その時には、本当の意味で理解してもらえたのだと思っていた。
が、フィンが言う「わかった」の意味が、自分と父の理解の斜め上をいっていたことがすぐにわかった。
フィンが部屋を出てすぐ、父も立ちあがる。
「一応、様子を見ておく」
「ありがとうございます、お父様」
「……いや。私が知らないところでも色々あったようだな。気づかずに済まなかった。アレとは、早く別れて正解だ」
自分よりもはるかに父の方が怒っていて、苦笑するしかない。
「私はみなさんのところに行きますね」
そう言って二人で部屋を出たが、目的地は同じ場所になった。
魔法使いの面々もフィンも庭にいた。魔法使いたちがゆるく遊んでいたところに、フィンが歩いていく形だ。
フィンがオスカーの前で足を止め、食事の時以外はつけている白い手袋を外して、オスカーの胸元に投げつける。
何事かとあたりがざわめいた。
「僕、フィン・ホイットマンは、オスカー・ウォードに決闘を申しこむ!」
(ちょっと待って。どうしてそうなったの……)
そこに至ったフィンの思考回路が謎すぎる。




