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15 夏合宿の始まり


(どうしてこうなったのかしら……)

 右前にオスカー、左前にフィン。空気が痛い。

(背景は違うけど、既視感しかないわ……)


 クルス家の夏の別荘の庭、一泊二日の旅程の初日だ。



 別荘はホイットマン男爵領から北へふたつ隣の侯爵領にある。

 ホワイトヒルから別荘までは、ホウキを飛ばして三時間くらいだ。北に移動したのと少し標高も上がっているため、だいぶ涼しい。

(多分、あの日のオスカーは倍以上かかったわよね……)

 意識がない人を乗せて飛ぶには細心の注意がいる。そうスピードは出せない。ましてや彼も回復していなかった上に場所もよくわかっていなかっただろうから、相当大変だったはずだ。


(オスカー……)


 話が決まった後に空間転移で片づけに来たら、ほとんど痕跡がないくらいに片づけられていた。彼の気遣いには感謝ばかりだ。

 今の彼が与えてくれたものがあまりに大きくて、今の自分にはそれに報いる術が思いつかない。


 ホワイトヒルから別荘への移動は、父が魔法協会所有の魔法のじゅうたんを出してくれた。二十人以上乗れる大型のものだ。

 領主夫妻は不参加で、魔法協会は留守番組以外、ほとんど参加になった。留守番組の主要メンバーはお見合い候補たちだ。お互いにちょっと気まずいからだろう。

 母と数人の使用人も乗せて、サイズ的にはまだいくらか余裕があった。


(フィン様、怖がっていたわね……)

 最初は自分の隣、運転する父の近くの最前列に座っていたけれど、浮きあがった瞬間に真っ青になってじゅうたんの真ん中に移動していた。

 魔法使いたちはなぜ怖くないのかと言っていたけれど、飛び慣れているし、落ちても自力で飛べるのだから、魔法使いが空を怖がる理由はない。上手に泳げる人が水を怖がらないのと同じだ。


 朝早めに出発して、着いたら全員で昼食の準備を始めた。食材は持ちよりで、庭でバーベキューだ。

「なんだ、グリルはいっぱいか?」

 ヘイグが持ってきた肉を焼こうとして、置く場所がないことに気づくと、

「ファイア」

 気軽に下級魔法で直火焼きにする。

「これ冷やした方がうまいんですよ。フリーズ」

「氷で固めると冷やしすぎにならないか?」

「ジュースに氷入れる? アイス・キューブ」

「火の近くは暑いよな。ウインド」

「いや待て。風を送ると火力が上が……あつっ」

「わわっ、すいません。ヒール」


「……みなさん、気軽に魔法を使うんですね」

 自分の記憶にはこんな光景はない。少なくとも街の店の中では、魔法使いではない人たちと同じように振るまっていたと思う。

「これだけハメを外すのはこういう場だからだろうな。いくら魔法使いが自由だろうと街中でわざわざ悪目立ちしたくはないし、万が一に備えて魔力を残しておくのが普通だ。みんないるから少しの下級魔法くらいなら、という感じだろう」

「そうなのですね」

 父の説明に納得する。


「ジュリアちゃん、食べてる?」

 ルーカスがひょいっと、空の皿にぶあついステーキを乗せてくる。

「野菜は好き?」

 女性の先輩たちから肉の横に盛られる。

「魚介もありますが」

「パンも持ってきたのでよければ」

「……ありがとうございます」

 あっというまに食べ物の山ができた。

(食べきれるかしら……)


「お前たち、ジュリアばかりで私にはないのか?」

「クルスさんは勝手に食べるでしょ」

「今日はジュリアさんの歓迎会も兼ねてるんだから自分でやってください」

「シェリーさんになら」

「いやダメだ。ジュリアが来るから連れてきたが、近づくんじゃないぞ」

 過保護だとわかっているとつい笑ってしまう。


 食べながらルーカスが寄ってくる。

「ジュリアちゃん、オスカーの授業はどう?」

「そうですね……、思っていたより厳しいです。終わったら毎日くたくたで」

 苦笑してそう答えたのは、想定より体力的にハードだったからだ。


 前の時は座学と魔法の練習が中心で、空き時間に少し体力作りをしていた。魔法使いとはいえ最低限の体力はあった方がいいと教えてくれたのは前のオスカーだ。あの頃も彼に習っていたから、体の動かし方を習うのは初めてではない。

 今回は、座学と魔法の授業がなくなった分、体を動かしていることが多い。この時代についての知識は習っているが、前回と比率が逆になっている。少し体が慣れてきたから、体力づくりに加えて、護身術や魔法攻撃の避け方なども教えられ始めている。


(とっさに魔法が使えない時にも身を守れるように、よね)

 それが役に立つことは領主邸の一件で証明されている。

 厳しいし疲れるけれど、ムリをしている感じはしない。様子を見ながら加減してくれているのだろう。

 体を動かしているとそれに集中できるから、二人きりでも大好きに引っ張られないのもいい。

(護身術の練習はちょっと、やっぱりドキドキしちゃうけど)


「あはは。だって、オスカー。ほどほどにね」

「あ、いえ。それは全然。今のままで大丈夫です」

「魔法はもう習ったのか?」

 父から尋ねられる。

「はい。一昨日、ホウキに乗れるようになりました」

 ということになっている。


「早いじゃないか」

「さすがクリス氏のお嬢さんだな」

「いや、彼女の飲みこみの早さだと思う」

(もう……)

 はるか昔に彼を好きになった瞬間。それを思いださせるやりとりに胸が熱くなる。

 オスカーはオスカーなのだ。今も昔も。

(……大好き)


「披露してほしいって言っていいのかしら?」

「はい、もちろんです」

 アマリアのリクエストを受けて呪文を唱える。

「フライオンア・ブルーム」

 難なくホウキが形作られる。当然といえば当然だが。

 スカートがめくれないように横座りして、ふわりと浮き上がってみせると、歓声と拍手が聞こえた。

(ホウキに乗っただけだけど……)

 新しい魔法使いの誕生を心から祝ってくれているのだろう。


 降りてホウキを消してからも歓迎ムードが続く。

(懐かしい……)

 前の時も、初めて魔法を見せた時には、どの先輩も手放しで喜んでくれた。見習い時代に先輩たちみんなから大事にされていたのはよく覚えている。

 今日のようにみんなで別荘に来ることはなかったけれど、街中の店での歓迎会も楽しかった。またこんな暖かい場所に帰れる日が来るとは思っていなかったから、涙腺が緩みそうだ。

「クルス嬢。疲れたようなら休憩を」

「はい、ありがとうございます、ウォード先輩」

 自分の変化にいち早く気づいてくれるのは、いつもオスカーだ。気遣いがありがたい。


 少し輪から離れたイスに向かおうとすると、フィンが距離を詰めてきた。

(ちょっと近すぎます、フィン様……)

「リアちゃん、二人で抜けない? 屋敷を案内してほしいな」

「……えっと、それはちょっと」

「ダメかな?」

「一応、私が主賓なので。ホストの家族でもありますし」

「でも、僕とのデートの代わりでもあるでしょ? なら、少しくらい二人の時間がほしいんだけど?」

 確かにそれは一理ある。けれど、イヤなのだ。どう断ろうかと考える。

(少し先送りする以外には方法がないのかしら……)

 気が重い。けれど、義務だとは思う。

「なら、昼食の片づけが終わったら」

 仕方ないからそう答えようとした時だ。


「フィン様」

 呼びかけた声に驚く。

(オスカー……?)

 意外だ。フィンに用があると思えない。

「何? 僕は今、リアちゃんと話してるんだ。邪魔しないでほしいな」

 フィンがムッとしたように答える。やはりオスカーに対してはトゲトゲしい気がする。空気が痛い。

(タイミングも気に入らないのかもしれないけど……)

 そう思って、気づいた。

 オスカーがフィンと話す時は、自分が困っている時だ。この前も、今も。

(オスカー……)

 好きでいてはいけないと思っても、フィンにも気を配らないとと思っても、こればかりはどうにもなりそうにない。


「……冠位や護衛の近くにいらした方がいいのでは」

「この別荘の中くらいは大丈夫でしょ。冠位の別荘だし、こんなに魔法使いがいるんだからアリ一匹入りこめるはずないじゃないか」

「しかし……」

「うるさいな。僕はリアちゃんの、親公認の彼氏なんだ。二人になりたいって思って当然だろ? これでもかなりガマンしてるんだ」

 二人の間の空気が剣呑けんのんだ。既視感がある。

(私が何か言っても悪化しそうなのよね……)

 困った。まさかフィンと二人になりたくないという本音を言うわけにもいかない。

 つきあう形にした時はそこまでイヤではなかったはずなのに、関われば関わるほどムリだと思ってしまう。


「行こう、リアちゃん。みんなから見える範囲でもいいから、二人で話そう」

 突然手首をつかまれて引かれた。急だったからとっさに反応できなかった。

 引きずられるように一歩進んだところで、反対の手に懐かしい感触があった。しっかりと握られているのに、どこか気づかうように優しい。

(オスカー……?)

 視線が絡む。

 フィンの手を振りほどいて、今すぐ彼の元に行きたい。けれど、その正当な理由がない。


「フィン様ー! オスカー! ジュリアちゃーん! デザートにかき氷やるって。こっちおいでよ」

 ルーカスの声が明るく響いた。

 全員が同時にハッとして、二人とも手を離してくれる。

「かき氷、食べたいです。行きましょう」

 できるだけ陽気に言って、オスカーとフィンの手を同時に取る。

(これでいいはず……)

 二人ともなら、他意はないと受けとってもらえるはずだ。つい、オスカーと繋いだ手の方に力が入ってしまうのは仕方ない。


「アイス・バーグ」

 父がみんなの中心で唱える。

 父の身長の倍くらいの高さがある、透きとおった氷の塊が現れた。

「大きすぎますって、クルスさん」

「みんなをアイスクリーム頭痛にする気ですか」

「かき氷なのにアイスクリーム頭痛?」

「なんか正式名称らしいぞ」

「涼もとれるし、食べきらなくてもいいんじゃない?」

「スマッシュ」

 思い思いに魔法でくだいて、かき氷機に入れていく。


 少ししてオスカーの番になる。オスカーが先にフィンに差しだした。

「フィン様もよければ」

「お前が作ったものは要らない」

(何かしら、この子どもっぽい反応は……)

「じゃあ、私がもらっていいですか?」

 そう尋ねると、フィンは奪いとるように受けとった。

「食べる。けど、リアちゃんの分は僕が作る」

「魔法が使えないのに、どうやって砕くんですか?」

 素直に疑問に思って尋ねた。フィンだけではない。今は使えないことになっている自分も、氷塊からかき氷機に入る大きさの氷にできない。


「……誰かに砕いてもらえたら」

「フィン様、その臨時依頼にいくら出すんだ?」

 ヘイグがニヤリとして尋ねる。

「お金を取るんですか?」

「自分がやりたいこと以外で魔法を使うなら、それは仕事だからな」

「そうね。魔法使いは魔法をタダ扱いされるのは嫌いなの。覚えておいた方がいいわよ?」

(それ!)

 アマリアの補足こそ、フィンからホウキに乗せてと言われた時に自分がイヤだったところだ。


 そう思ってハッとした。

「私もちゃんと依頼しますね」

「ジュリア(さん・ちゃん)のためなら喜んで!」

 いくつ声が重なったのかわらかない。ちゃっかり父の声も混ざっていた。みんなの「自分がやりたいこと」に含めてくれるらしい。

(ちょっとフィン様が不憫ね……)

 立場的には父に次いで偉いはずなのに、魔法使いたちが自由すぎる。


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