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14 夏の別荘に行く時期では?


 その場にいたみんなで行ったお店はそれほど広くなく、フィンの護衛たちも含めて全員入るとほぼ貸切になった。

 そして、右にオスカー、左にフィン、左前に父、向かいにルーカス、右前にヘイグという形で囲まれている。

(どうしてこうなったのかしら……)


 さすがにフィンの隣には座らないといけないだろうと思いながら店に入った時、無意識にオスカーの服の裾をつかんでいた。

 彼と視線が合って、気づいて慌てて離した。恥ずかしかったけれど、少し困ったようでいてどこか嬉しそうなオスカーの表情は記憶の宝箱に入った。


「どうした? ジュリア。こっちへ」

「はい、お父様」

「あ、リアちゃん、僕がエスコート……」

「いえ、大丈夫です。フィン様、お先にどうぞ」

 奥に入った父の向かいにフィンを座らせた。

(まあ、仕方ないわよね)

 オスカーのそばを離れがたかったけれど、あきらめてフィンの隣に座る。


「はいはい、主賓はもう座ったから、みんな様子見てないで入っちゃおう? ほら、オスカー。ぼくらも行くよ」

 ルーカスがやたら明るく言った。年齢的にはこの場を仕切る歳ではなくても、誰も不満を抱かないのはルーカスのキャラと、魔法使いはあまり上下関係にうるさくないからだろう。

 オスカーは遠慮するように後ろに下がろうとしたが、ルーカスに奥に押しこめられてくる。


「ほら、詰めて詰めて」

「結局ウォードがジュリアさんの近くになるようですが」

「まあまあ、大目に見てよ。今ジュリアちゃんが無事にここにいるのはオスカーの功績なんだから」

「それを言われたら残念でも譲るしかないわよね」

 先輩たちがなんだかんだ言いつつ席についていく。


(相変わらず丸めこむのがうまい……)

 どうやらルーカスは自分とオスカーを一緒に居させようとしてくれているらしい。なぜルーカスがそんな動きをするのかはわからないけれど。

(嬉しい、けど。この席どりでどうしろと……)

 ちゃんとフィンを接待しないといけないのはわかっているのに、気持ちはオスカーに向いてしまう。難しい。


 ひととおり注文を終えると、父が口を開く。

「で、次の日どりだったか」

「はい」

 フィンと声が重なる。声の高さとテンションは雲泥の差だ。


「ジュリアはどう考えているんだ?」

「えっと……、お話しする機会自体は、あればいいと思っています。けれどあまり頻繁なのはちょっと……。あと、花束と手紙を毎日送ってくるのはやめてほしいです」

「ああ、あれはな……。フィン様、あの勢いでは私の家が花に埋めつくされてしまう。普段は遠慮してもらえないか」


「僕の気持ちを表すには全然足りないと思いますが。本当は毎日、馬車にいっぱいの花を送りたいくらいです」

「遠慮します」

「遠慮する」

 珍しく父と意見が一致した。困っていたのは自分だけではないらしい。


「花じゃなければいいですか?」

「そういう問題ではなく……」

(何かしら、この、言葉は通じるのに話が通じない感じは……)

 オスカーはよくおもんばかってくれる人だし、ルーカスは何も言わなくても見透かしてくるし、両親も話は聞いてくれるし、職場でも特に困ったことはない。ダッジですら、言えばわかっていた印象だ。


(ここまで話が通じないのは……、私が私でなくなった後、くらいだったのに)

 ちゃんと自分を見てくれない有象無象。そういうものと関わるのは面倒でしかなくて、人間自体から距離をとっていた。

 そう思って、気づいた。フィンはちゃんと見ていないのだ。フィンの中の思いが先行して、こちらが見えていない。

 若さと言えば若さかもしれないけれど、オスカーと同い年なはずだ。性格や環境によるのかもしれない。


「あの、フィン様。過ぎたるは及ばざるがごとしと言います。あまり色々いただくのは、嬉しいというより困るので」

「じゃあ、僕のリアちゃんへの気持ちはどう表せばいい?」

 さりげなく手を握ろうとされて、慌てて手を引いた。

「どう、と言われても。普通にしていただければと」

「普通……。じゃあ、週末にデートしよう」

「えっと……」

 断りたいけれど、断る理由が見つからない。


(このやりとりを好きな人に全部聞かれてるってどんな拷問……)

 オスカーはルーカスやヘイグ、他の魔法使いたちと軽い話をしながら、運ばれてきた食事に手をつけている。自分たちの話がひと段落するまでは邪魔をしないように気を遣われている感じがした。


「……お父様。そろそろ家族で夏の別荘に行く時期ではありませんか?」

 とりあえずフィンから逃げたい。自分が撒いたタネとはいえ、今はその気持ちが強くなっている。

(もう少し、もう少しゆっくりでお願いします……)


「ん? ああ、そうだな。そうなんだが、今年は行かない方向で考えているんだ」

(お父様の役立たず!!)

 思わず口に出しそうになって、飲みこんだ。

 昼食の件もそうだけれど、どうして父に話をふるとこうもうまくいかないのか。


 がんばって落ちついて、問い返す。

「……そうなのですか?」

「フィン様の件があるだろう? 護衛はつけているとはいえ、私がこの町を離れるわけにはいかない」

「なら、僕も一緒に行けばいいんじゃないですか? リアちゃんちの別荘」

(ちょっと待って。何を言いだすの、この人は)


「安全という意味では、それが一番ではないでしょうか。外でデートをするより護衛もしやすいでしょうし」

「それを私が許すとでも?」

「ダメな理由がありませんよね。なんなら僕の両親も誘いますよ。家族ぐるみなら心配も減るのでは?」


「クルス氏、クルス氏」

「なんだ? ルーカス・ブレア。まだ話は終わっていないのだが」

「今、こっちではジュリアちゃんの歓迎会をどうするかって話してて。調整するって言ってたダッジは投げてる感じだし」

「数年に一度、お前の別荘で任意参加の魔法協会の合宿をやっていただろう? 始まりは俺ら同期が飲み明かしたとこからだったが」

 ルーカスにヘイグが続いた。


(そんな由来があったのね……)

 別荘は、何人かずつ部屋をシェアすれば全員が泊まれなくもないくらいの広さだ。

「ぼくが入ってからはまだないから、久しぶりにそういうのもアリかなって。で、そっちの話が聞こえて。

 なら、ぼくらみんな……、魔法協会の行きたいメンバーにフィン様も加えて、みんなで遊びに行くのもいいんじゃないかなって。ジュリアちゃんの歓迎会も盛大にできるし、フィン様にとっても一番安全だし」


「……私が狼の群れに子羊を放りこむと?」

「あはは。大丈夫大丈夫。ジュリアちゃんにヘタに手を出したら、クルス氏に痕跡もなく消されることくらいみんなわかってるから」

 魔法協会の面々が深く頷き、フィンは目を丸くしている。

(お父様、どんな認識をされているの……)

 オスカーに撫でてほしいと頼んだ時、知られたら消されかねないと言っていた。指一本触れるなと深く釘を刺されている、とも。

 前の時には気づかなかった父の一面だ。


「……ジュリアの希望は?」

(ここで私に振らないでください……)

 このカオスをどうしろというのか。

「えっと……」

 間を作って急いで考える。


 一、全部を断る。そうするとフィンとのデートを断れない。それはイヤだ。

 一、フィンは断る。護衛の問題もあるし、本人の押しの強さもあるし、それができていたら苦労しない。これはムリだ。

 一、魔法協会のメンバーは断る。そうするとフィンと父と……母がいるだけマシかもしれないけれど、あとフィンの護衛に来る魔法使いと、場合によっては領主夫妻というメンバーになる。これもダメだ。

(どう考えても選択肢はひとつしかないのよね……)


「……みなさんのお気持ちが嬉しいので、魔法協会の合宿にしてもらえたら、と」

「リアちゃん?!」

「もちろん、フィン様もご一緒に。来ていただけますか?」

「それは……、行くけど。……うん、まあ、リアちゃんと一緒にいれるなら、いいけど……」

 他のメンバーが邪魔だと思っているのは明白だけれど、そこは飲んでもらいたい。


 父がうなずく。

「わかった。街の防衛やとらえた敵の警備などに何人か残ってもらう必要はあるが。街に残りたい者もいるだろうし、臨時依頼をかけてもいい。希望を募る形でなんとかしよう。

 今週末だと急過ぎる。準備をするから、来週末でどうだ?」


「そうですね。今週末はお母様と使用人たちと掃除に行ってきます。みなさんをお迎えできるように」

 フィンから逃げるために別荘の話を持ちだしたけれど、人を入れる前にオスカーといた形跡を完全に消さないといけない。

(一度空間転移で片づけに行って……、台所とオスカーを入れた部屋は私が掃除する係になればなんとかなるかしら)


「それはリアちゃんが行かないといけないの? 使用人に任せてデートしよう?」

「掃除は好きなので私が行きたいんです」

(フィン様、余計なことしか言わない……)

 証拠隠滅と今週末のデート回避を兼ねているのだ。これは譲れない。

「来週末はゆっくり一緒にいられるので、少しだけ待っていてもらえませんか?」

 精一杯の笑顔でフィンに頼んでみる。

「……リアちゃんがそう言うなら」


「お前たちもそれでいいか?」

「もちろん」

 魔法協会の面々がうなずく。


 オスカーもうなずいているが、どことなくそわそわしている感じがする。別荘にいた痕跡を気にしているのだろう。

(大丈夫、証拠隠滅は任せて!)

 言葉では伝えられないそれを伝えるために、机の下に隠れてオスカーの手に触れた。

 驚いたように自分を見る彼に、満面の笑みでうなずいた。





▼  [オスカー] ▼



 顔に出ないように必死に平静を装っていたが、混乱していた。

(夏の別荘……、あそこだよな)

 その言葉だけで彼女のぬくもりを思いだしてしまう。


 あの日、確かに、彼女は自分の腕の中にいた。

 誰よりも大事だと、その涙が、料理が、言葉が、何度も伝えてくれた。


「あなたに生きていてほしい」

 彼女の中の呪いを発動させないでその願いを叶えるためには、距離をとるしかないらしい。だから今は必死に気持ちを抑えている。

 仕事の時間以外は、解呪の方法を探しながら。


(夏の別荘に行く……? 一緒に……?)

 他のメンバーやフィンも一緒なのはわかっている。それでも、特別な感じがしてしまうのだ。

 全体の流れに同意しながらも、どこかそわそわしていたら、机の下に隠れるようにして彼女の手が触れてきた。

 かわいい笑顔でしっかりとうなずかれる。


(これは……、誘われている、というわけではない、よな……?)

 彼女の真意がわからない。

 理性を試されている気がする。撫でてほしいと言われた時もかなり厳しかった。

(このかわいさは反則だろう……)


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― 新着の感想 ―
フィくん、どんどん面倒くさくなってる!!笑 きちゃった、のパターンもストーカー的な臭いが凄いです。ダッジは一度退いたようですが、まだ油断ならない感じも…。 次回からの展開も楽しみに読ませていただきま…
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