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13 好意でもちょっとムリ


 必ずしも人に好かれた方がいいわけじゃないらしい。昼にそう思って、帰ってから改めてそう思った。

(フィン様……)

 頭を抱えた。今日も巨大な花束と長文の手紙が届いている。連日だ。

(ちょっとかんべんしてって思うのは失礼よね……?)

 思いを返せないからなのだろうかと思って、もしオスカーが同じことをしたらと想像してみるけれど、そんな彼は想像できない。


(まさかお返事するまで続いたりしないわよね……?)

 そう思って、返事をしてもそれはそれで続きそうな予感がしてゾッとする。

(……まさか、ね)



 二日後、週の半ばを過ぎた日の昼休み。

(どうしてこうなったのかしら……)

 右前にはオスカー、左前にはフィン。魔法協会の受付で向かいあったまま、空気が固まっている。


 昨日も巨大花束と手紙の攻撃を受けた。届く花束の量に押しつぶされて窒息しそうな気がした。返事を書かないとと思いつつ気が重くて書けないまま、三日放置したことになる。

 そして今は四日目の昼だ。ちょうど昼休みに入ったタイミングで、受付対応の先輩が慌てて研修室に呼びに来た。何事かと思って急いで行ったら、フィンはてへっという感じで軽く言った。


「リアちゃん、来ちゃった」

(来ちゃった、じゃない……)

 確かに、返事をしなかった自分が悪いのだろう。けれど、研修中の職場に来ることはないではないか。護衛をしている魔法使い四人も困惑顔だ。


「一緒にお昼を食べられないかなって」

「……フィン様が入れるような店はこの辺りにはありませんよ」

「フィくん」

「……フィくんが入れる店は、ありません」

「リアちゃん、魔法使いになったんでしょ? 僕をホウキに乗せてよ」

 軽く言われてムッとしたのは、自分の心が狭いのだろうか。フィンとはまだ、報酬をもらわないで自分が望まない魔法を使う間柄にはないと思う。魔法と魔法使いを軽んじられた気がしたのは確かだ。


 チラリとオスカーを見ると、眉間に深いシワを刻んでいる。彼も同じように思ったのだろう。自分の感覚が間違っていないようで安心して、フィンに向きなおる。

「……そうすぐに使えるようになるわけじゃないし、二人乗りはちょっと」


「じゃあ、その辺の店でいいよ。リアちゃんがこれから行こうとしていたところで」

 それはイヤだと、反射的に思った。予定していたのはオスカーとの思い出の店だ。今の彼とやっと行けるようになった、前の彼との大切な場所。そこにフィンを入れたくない。

 名目上はフィンとつきあっていることになっているのだから、自分が悪いのはわかっている。それでも、イヤなものはイヤなのだ。


 オスカーと目が合う。

 彼は何も言わない。行っていいとも、行かないでほしいとも。言える立場ではないと思っているのかもしれない。

 行かないでほしいと言われたいというのは、きっとただのワガママだ。


「……彼は?」

 穏やかな印象が強いフィンが、いぶかしげに言った。

「あ……」

 どう紹介するべきか。まさか、本当に好きな人だとは言えない。ましてや、時をさかのぼる前は夫だった人だとはもっと言えない。

(だとすると、憧れの先輩……? それもフィン様に言うのは不自然よね……?)


 困っていると、オスカーが半歩前に出た。

「オスカー・ウォードだ。見習いの彼女の教育係をしている」

(それ!)

 今の彼との関係を一番正確にとらえているのはその表現だろう。なぜそれが思いつかなかったのかがわからない。


 フィンが不快そうに眉を寄せた。

「そう。でも僕は、リアちゃんに聞いたんだ」

 なぜだろうか。二人の間で火花が散った気がする。

 そして、時が止まったような沈黙。


 重くなった空気をかち割ったのは、いつもの軽い声だ。

「あれ、オスカー、ジュリアちゃんとお昼に行くの? ぼくも一緒に行っていい?」

(ルーカスさん!)

「……フィン様、先日はどうも。ご一緒にどうですか?」

 オスカーが一緒に行く前提になった。まるでフィンがおまけのようだ。

(わざと、よね。ルーカスさんだもの)


「僕はリアちゃんを誘いに来たんだけど……、先約があるなら出直すよ。リアちゃん、今夜とか、明日はどう?」

(フィン様、押しが強すぎます……)

「……あの、平日はちょっと」

「じゃあ、週末? どこか遊びに行こうか」

(かんべんしてください……)

 フィンがぐいぐい来れば来るほど、後ろに引きたくなるのはなぜだろうか。

(好意なのはわかるけど、ちょっとムリです……)


「あ、クルス氏。お帰りなさい」

 外から戻ってきた父をルーカスが呼びとめる。

(これもきっと、わざとよね。フィン様より立場が上なのはお父様だけだから)

 ルーカスが作ってくれたチャンスを生かすしかない。

 父が訝しげに首をひねる。

「……なんの騒ぎだ? フィン様?」

「あの、お父様。フィン様とお会いする時には、お父様が同席なさるのですよね」

「ああ、そうだ。それが一番安全だからな。できれば部長クラスも全員呼びたいところだが」

「フィン様が、次の日どりを決めたいと」

「……そうか。確かに決めていなかったな」


「私としては、少し先でもいいのですが」

「今日の昼食をご一緒できないかと、誘いに来たのです」

 フィンと主張のタイミングが重なった。

「なるほど? こんな場所で立ち話も難だろう。ちょうど私もこれから昼食だ。食べながら次を考えればいい」

(お父様?!)


 フィンの表情がゆるむ。

 ルーカスが割って入った。

「クルス氏。ぼくらも昼食の時間だから、ご一緒しても?」

「ルーカス・ブレア。お前は空気が読めるのにあえて読まないんだろうな。まあ、たまたま同じ店になるのは私の知るところではない」


「なんだ楽しそうだな。俺たちも昼に行くところだから一緒に行くか」

 ヘイグもやってきて、休憩に入ろうとしていた他のメンバーにも声をかける。

(ちょっと待って。これ収集つくのかしら……?)


「……ヘイグ。お前は真正で空気を読まないな」

「いいじゃないか。みんなジュリアさんともっと話したいんだ。大体いつもウォードが独り占めしてるからな。お前が行くなら別に俺たちがいても変わらんだろ? なあ、お前たちもそう思うだろ?」

「確かにウォードは教育係の立場を使いすぎだと思いますが」

「いつも二人で居ないものね。独り占めはよくないわよね」


 そんなふうに見えていたとは思わなかった。

(……私がオスカーしか見ていないから、よね)

 けれどフィンと父と三人よりは、みんな一緒の方がまだマシだ。幸いと言うべきか、今日はダッジもいない。


「あの、お父様。私もみなさんと親睦を深めたいです。フィン様とは日どりを決めるだけなら、一緒に行っていただいても構わないのではないでしょうか」

「……お前がそれでいいなら、私は構わないが」

「はい。みなさん、よければご一緒しましょう。良いお店をご存知の方はいますか?」

 何人かから提案が上がる。フィンがギリギリ入れそうな店という理由で、少しいい店を選ぶ。

(よかった……)

 思い出の店を回避できたのが嬉しい。


 店を知っている先輩が先頭になって案内してくれる。さりげなく、オスカーとルーカスの近くに位置取る。完全に空気に飲まれた形になったフィンがしぶしぶと後ろをついてくる。


「魔法協会って、いつもこんななの……?」

 フィンのつぶやきを、護衛についている魔法使いたちが苦笑して肯定した。

「まあ、魔法使いって基本、自由な変わり者が多いですからね」

「俺らがてのひら返したら、領主邸は一瞬で消えるからなァ。お貴族様の権威が守られるかは、冠位の機嫌ひとつだろ? クルスさんはかなり尊重してる方じゃないか?」


「そうね。あ、親切心で言うんだけど、ホウキに乗せてほしいっていうのは、簡単に言わない方がいいわよ」

「ああ、アレはナイな。ビンタされてもおかしくないやつ」

「ビンタ……?」


「緊急時など必要だと判断した時、仕事として依頼報酬に納得した時、家族や親族。それ以外の間柄で魔法使いがホウキに乗せるのは、相当親しい相手に限られる」

「特に女性の魔法使いが男性を乗せるとなると、後ろに乗せることになりますから。『あなたには何をされてもかまわない』っていう意味になるんですよ」

「恋人同士でも中々……、ねえ?」


「乗せてもらえたらもうゴールだよな。まあ、俺はどっちかっていうと乗せたいけど」

「乗ってもらえたら『あなたに身を委ねます』っていう意味ですね」

「……そんな魔法使い内の暗黙の了解を、僕が知るはずないじゃないですか」

(私も知らなかったわ……)

 もれ聞こえてきた話は完全に初耳だ。前の時を含めて、誰も教えてくれなかった。必要がなかったから、二人乗りをしたこともない。


「だから叩かれなかったんじゃないですか?」

(ごめんなさい、単純に知らなかっただけです……)

「けど、怒っていたと思うわよ」

(別の理由で怒っていました……)

「本気で魔法使いとつきあうつもりなら、そのくらいは学んでもらわないとな?」

(ううっ、私の方にブーメラン……)

「そうそう。ジュリアちゃんは渡せません」

(……ふふ。お父様が増えたみたい)

 あまり関われていないのに、先輩たちはみんなよくしてくれていてありがたい。


(あれ……?)

 フィンがホウキについて言いだした時、オスカーが盛大に顔をしかめていた。自分と同じ理由で怒っているのだと思っていたけれど、彼はホウキの二人乗りの意味を知っていたのかもしれない。


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