12 必ずしも人に好かれた方がいいわけじゃないらしい
(これなら……、なんとかなる、かしら……?)
オスカーの指導で体を動かしていく。やることが明確だとそれに集中しやすいし、体を動かしていると雑念が減る気がする。
全く意識しないことはできないだろうけれど、表面上だけでもいい後輩の距離でいられるといいと思う。
昼休みにオスカーがルーカスにダッジとのいきさつを話すと、ルーカスは笑って同行してくれた。ありがたい。
ダッジ主導でテラス席が日陰になっている店に入る。
魔道具の空調がある店はかなり値段が高くなる。魔道具本体も動かすための魔石も高級品だ。普通の店なら、店内より風がとおる日陰のテラス席の方が心地いい時期だ。
(前の時にダッジさんに連れられて来たときは店内だったわね)
同じ店だけど場所が違うのは、自分の入職時期が変わったからだろう。
「ジュリアさんはここで、お前はそっちな」
「え」
当たり前のようにダッジの隣りを示され、オスカーは自分から一番遠いナナメ向かいを示された。意味がわからない。
(嫌われていて絡まれているんじゃないの……?)
前の時もこのメンバーでランチをしていた間は隣に座られていたけれど、関係性が違うはずだ。今は同じように隣りを指定されるような関係ではないと思う。
「あはは。ぼくもジュリアちゃんの隣がいいな」
ルーカスが笑ってイスを動かしてくる。間隔が狭くなった。
「……クルス嬢はどうしたい?」
トクンと心臓が高鳴る。自分の希望を聞いてくれるのはいつもオスカーだ。彼の『どうしたい?』の響きがとても愛しい。
「えっと……、ワガママを言っていいなら、このイスの並びならあそこがいいです」
三つ並んで狭くなった向かい側、ひとつだけになっているイスを示す。
「じゃあ、しょうがない。ジュリアさんがそこで、オレが向かいで、お前らはこうな」
ダッジが、長方形の机の短い方にふたつのイスを動かす。
(ちょっと待って。そこ通路よね……)
ダッジのこんな感じが前も苦手だった。一番先輩だから言うことを聞くのが当然だという考えもあるが、自分は近くにいると疲れるから距離をとりたいタイプだ。
店員から、通路が狭くなるのでやめてほしいと止められ、小さくなるけれどと正方形の机に案内された。すべての席が自分の隣か正面になって平和になるはずだ。
ダッジがそれならと、自分たちの席を指定してくる。ダッジが右隣にくる形だ。ルーカスが左隣に座って、オスカーが残された正面の席につく。
注文までこぎつけるのに、すでにどっと疲れた。なんとかオーダーを遠す。
「で、ジュリアさんはフィン様のどこがよかったんだ?」
「どうしてもそれが知りたいんですね……」
苦笑するしかない。フィンを守るためにお見合いを受けたのだとは、ダッジには絶対に言いたくない。
「あはは。そう言うダッジはなんでジュリアちゃんに執着してるの?」
ルーカスが満面の笑みでぶっこんできた。
(ルーカスさん、ナイス!)
自分がダッジの立場ならイヤなことこの上ないけれど、今は頼もしい。
「おま、ほんっと空気読まないよな」
「うん、よく言われる。けど、たぶん、ジュリアちゃんもとまどってると思うよ。お見合いを断っただけの相手にしつこく絡まれていい気はしないよね。ぼくだったらイヤだなぁ。そっとしておいてる他の二人を見習ったら?」
ダッジが鼻じらんだ顔になる。それから、ムッとしたまま答えた。
「オレはずっと見てたんだ。こんなかわいい子が妻になったらいいなって」
「……はい?」
ダッジは何を言っているのか。今のダッジとは昨日が初対面で、今日を入れても数言しか言葉を交わしていない。
「クルス氏の投影の魔道具か……」
(あ、なるほど)
オスカーが困ったように言ってくれたおかげで理解した。ダッジは父の投影の魔道具で自分を見ていて、気に入ってくれていたらしい。
「え、でもそれって外見だけですよね?」
思うだけのつもりが、つい口に出てしまった。
「外見で何が悪いんだ? 女性は見た目がよくて、よく言うことを聞いてくれれば十分だろう? ジュリアさんは大人しそうだし、昨日ほほえんでくれたのもほんとにかわいくて、完璧に理想どおりなんだ」
(昨日……、気まずいって思いながら会釈した時?)
苦笑ぎみになっていなかったならよかったと思うべきか。
(私がダッジさんの理想どおり……?)
褒められているはずなのに、なぜかすごく気持ち悪い。
(それって、私を見てるんじゃなくて、ダッジさんの中の理想を私に押しつけてるだけよね……?)
「田舎貴族なんかとはさっさと破談になれと思っていたのにつきあうらしいし、術式を受けに来て魔法使いになるというから接点が増えるかと思っていたのに、なんなんだ、ウォードがひとりじめ?! で、せっかく誘ってもお前らがついてくるし、ほんとなんなんだ」
料理が運ばれてきて、小さくひと息ついた。全員が手をつけ始めたところで、オスカーがゆっくりと口を開く。
「ダッジ。ひとつ言っておきたいのだが」
ドキッとした。自分たちの関係を簡単に口にする人ではないと思うけれど、ダッジに対して効果がある可能性があるから、絶対にないとは言いきれない。
(自分のものだって言ってほしい気もするなんて、ほんと矛盾してる……)
「クルス嬢は大人しくはない」
「ちょっ、オスカー?!」
想定外すぎる言葉に素でつっこんでしまった。
「あっはっは!」
ルーカスがお腹を抱えて笑い転げ、ダッジが眉を寄せた。
「なんだそれは」
「お前が言う『大人しい』が、いいだくだくとお前の言うことを聞くという意味なら、クルス嬢はやめておけ」
「ううっ、じゃじゃ馬ですみません……」
「いや、そうではなく……、あなたは自分やフィンをかばって凛として前に立つような芯の強い女性で……、自分はあなたのそんなところも」
言いかけたオスカーがハッとして、耳まで真っ赤にして片手で顔を半分隠す。
(ひゃああああっっっ……)
なんという破壊力だろうか。続く言葉の予想はうぬぼれではないはずだ。同じくらい恥ずかしくなって下を向いてしまう。
「は?」
ダッジの声がした。
「おま、クルス嬢にかばわれたのか? 男として終わってるだろ」
「なんですかそれ。ウォード先輩は世界一カッコいい男性だし、困っていたら男とか女とか関係ないじゃないですか」
ムッとしてつい反論してしまった。こういうところがかわいくないと言われるならかわいくないのだろう。
「あはは。オスカーの言うとおり、ダッジとジュリアちゃんは相性よくないと思うよ。つきあってみても3分で別れるんじゃないかな」
「待て。聞き捨てならない」
「3分ですか?」
むしろ3秒で別れたいとは思っても言えない。
(そもそも1秒もつきあいたくないけど)
「そこじゃない。なんだ、『ウォード先輩は世界一カッコいい』って。ジュリアさんはフィン・ホイットマンとつきあっているんじゃないのか? こいつはとっくにフラれてるんだろ?」
ギクリ。とっさだったから完全に本音がもれてしまっていたようだ。
「えっと……、ウォード先輩はあこがれのカッコいい先輩なので。フィン様は……、今はお試し期間という感じです」
「ならオレにも脈は」
「ごめんなさい。ダッジ先輩は……、一度オーダーメイドのいいジャケットを仕立ててもらったらどうかなと」
「は? ジャケット?」
「はい。かわいいお針子さんに出会えるかもしれませんよ」
前の時、うわさに聞いたダッジのなれそめはそんな感じだったはずだ。
ドンッとテーブルを叩いてダッジが立つ。
「よーっく、わかった。オレの方が絶対、こいつやフィン・ホイットマンよりいい男だぞ? 後悔しても遅いからな」
(あれ?)
ものすごく怒っているように見える。よかれと思ってヒントを出したつもりだったのだけど、余計なお世話だっただろうか。
ダッジがそのまま席を離れていく。
「ダッジ、食事は?」
「こんなところで食えるか!」
ルーカスが軽く聞いた言葉に怒鳴り声を返して、ダッジが一人で店を出ていった。
「……すみません、雰囲気を悪くしてしまって」
「いいのいいの。遅かれ早かれハッキリさせないとスッキリしないことだから。よかったんじゃない? 早めに嫌われておけて」
「嫌われてよかった、ですか?」
「うん。嫌われるか、好きな相手を見せつけるか。どっちかしておかないと、変なまとわりつかれ方が続くだろうからね。
世の中には嫌われて距離をとられた方が精神衛生にいい人っているじゃん? まあ、相手によってはイヤガラセとか悪口とかで面倒になったりもするだろうけど、ダッジはプライド高いのもあってそのへんはカラッとしてるし、そもそもクルス氏のお膝元でジュリアちゃんに悪さなんてできないしね。
ぼくは迷惑な好意を向けられているより、楽な社会的距離がオススメ」
「迷惑な好意より、楽な社会的距離……」
「うん。ジュリアちゃん、ダッジとは挨拶と仕事上必要な話だけのが楽でしょ? プライベートも一緒にいたい?」
「それは遠慮したいです……」
「ね。社会的距離でいるのがちょうどいい相手からぐいぐい来られるのは迷惑って話。だからダッジがジュリアちゃんを恋愛のターゲットにするのを早々にやめさせられたのはよかったと思うよ」
ルーカスが笑って食べ進める。
(人に好かれていた方がいいように思っちゃうけど、必ずしもそうでもないのかしら……)
好きな人から好意が返れば十分な気もする。そう思ってチラッとオスカーを見ると、食べるでもなく固まっている。
「ウォード先輩?」
「オスカーはジュリアちゃんから『世界一カッコいい』『あこがれのカッコいい先輩』って言われたのを噛みしめてるだけだから放っておいて大丈夫」
「……そういうことは気づいても言うな」
「あはは」
言いつつも少し顔が赤いオスカーがかわいすぎる。大好きだ。
(否定はしないのね……)
前の時と違って今回は迷惑をかけてばかりなのに、思ってくれるのがとても嬉しい。同時に、応えられないまま縛ってしまっているのが申し訳ない。




