50 大好きなあなたと共に
最後のデート、二人きりの馬車の中でキスを交わして、
「もう少しでガマンは解禁ですね」
と言って笑ったら、オスカーにゆるく抱きしめられた。耳に落ちる吐息に鼓動が早くなる。
「……ガマン、しているのか?」
「約束したので……、この一ヶ月ちょっと、すごくがんばったんですよ……?」
キスを求めすぎないようにするとか、自分から抱きつかないようにするとか、彼に触れたいのを飲みこむとか、自分でもよくがんばったと思う。
「そうか……、……解禁されるのが楽しみだ」
ささやく音が甘く聞こえるのは気のせいだろうか。首筋に彼の唇が優しく触れる。
(ひゃああっっっ)
声も触れ方も視線も表情も、ぜんぶが愛しくてしかたない。あと少しなのにガマンできなくなりそうだ。見つめあってキスをして、あふれ続ける大好きを伝えあう。
市街地に着いたところで、馬車から降りて歩くことにした。外から見えないタイプの馬車はダメだ。危険すぎる。人目がある場所でなら、それなりに普通にしていられるのだ。手をつないで散歩をするだけでも二人なら楽しい。
「ジュリアは、今年の誕生日は何がほしい?」
「式の翌日なんですよね……」
なるべく早くと急いだら、そんな日取りになった。式の日に入籍もするから、結婚記念日を覚えやすくていいけれど、彼を忙しくさせてしまうのは申し訳ない。
「うーん……、あなた以外にほしいものはないので、あなたがいれば十分です」
正直に答えたら、オスカーが赤くなって片手で軽く顔を隠した。
(あれ……?)
「それはつまり……、ジュリアがもう十分となるくらい、自分を与えればいいということだろうか」
「え……」
小声で尋ねられた意味を理解して、一気に顔が熱くなる。
「ちがっ……、うとは言いきれないけど、そういうつもりじゃ……、ないけど、それもやぶさかじゃないというか……」
ものすごく恥ずかしいことを口走っている自覚はあるが、それが本心だ。
「……わかった」
(ちょっと待って。そのわかったはどういう意味?!)
誕生日にはもう夫婦なのだ。ガマンが解禁された後だし、式の後の休憩と新婚旅行の準備を兼ねて休みにしている日だ。妨げるものは何もない。そう思うとつい期待してしまって、もっと恥ずかしくなる。
(私、こんなにこんなだったかしら……)
オスカーが大好きで大好きで大好きで、どうにも思いが大きくなるばかりだ。
夕食は、セイントデイの時と同じVIP用の店を予約してくれていた。普段のデートで使うのには高級すぎる気がするけれど、独身最後のデートという特別感なのだろうか。雰囲気がよくて食事も美味しいから、嬉しいのは嬉しい。
「ステキなディナーをありがとうございます。改めて、冠位九位おめでとうございます」
彼は食前酒、自分はぶどうジュースで軽くグラスを合わせる。
「ああ……。あれはジュリアの功績が大きいからな。受けるメリットが大きいから辞退はしなかったが。これから名に見合う働きができればと思っている」
「ふふ。あなたはもう少し、自分の評価を上げてもいいと思います。お父様とも渡りあっていたし、ちゃんとあなたの実力ですよ?
魔法卿も、私のぶんを差し引いた上で、あなたが受位にふさわしいと思わなければ推薦なんてしないでしょうし、他の九位と並べても遜色ないって言っていたじゃないですか」
「そうか……。……そうだな」
少し気恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな、彼の柔らかな笑みがとても愛しい。
しっかりしたコースをゆっくり楽しみながら、これまでのこととこれからのことを話す。オスカーと一緒なら、大変だったことも思い出に変わっていく。
コースが出てくる長い時間もあっという間で、あとはデザートだけだ。
「それにしても、驚きました。戻って最初に会った時から、あなたが私に惹かれていたと聞いて」
「クルス氏のデスクの投影では見ていたはずなのだが、本人は投影の何倍もかわいかったな……」
「……ありがとうございます」
すごく恥ずかしいけれど、彼がそう思ってくれたのは嬉しい。
「会ったことがないはずなのに自分のために声をあげてくれて……、ジュリアとしては当然だったのかもしれないが」
「あなたを守るためにはあなたに関わらないのが一番だと思っていたので、本当は関わるつもりはなかったんです。でもどうしても放っておけなかったというか、体が勝手に動いたというか……」
「……関わってくれてよかった」
「はい。関わってよかったです」
今となれば、本当にそう思う。
「自分は……、百年以上思われていると知った時には驚いた」
「百年以上……、そうですね。ずっと、愛しています。でも、もう一度あなたに出会って……、記憶だけだった頃よりももっと、あなたが大好きになりました」
「ん……」
オスカーは穏やかに笑ってくれているのに、どことなく涙をこらえるくらい嬉しそうに見える。
デザートのプレートが運ばれてくる。
「あ……」
添えられたメッセージに、今度は自分が嬉し涙をこらえることになった。
『ジュリアへ 永久の愛を オスカー・ウォード』
「……こちらに戻った時に、最初に言うべきだったのだが。嬉しすぎて気がはやっていて……。順番が前後してすまない」
少しだけ緊張したような静かな声に、心臓の鼓動が強くなる。
レストラン付きのメイドが彼にリボンがかかった小箱を渡し、彼から自分の前に差しだされる。事前に用意して預けていたのだろう。こういう店でしかできないことだ。
「これを」
「……ありがとうございます。開けても?」
「ああ」
箱を開けると、洗練されたデザインの革のキーケースだった。ケースの中にはすでにカギが一本入っている。
「結婚指輪は二人で買ったから、新居のカギを」
「……ありがとう、ございます」
とても嬉しいと伝えたいのに、思いがあふれて言葉にならない。
「ジュリア・クルス嬢。自分……、オスカー・ウォードは、心からあなたを愛している。これからの人生を共に歩んでくれるだろうか」
「はい……! はい、喜んで……」
こらえていた涙を抑えられなくて、とめられない思いのようにあふれ出る。
「私も……、この世界のすべてより、あなたを愛しています」
好きと大好きと愛しているが、どこまでも大きくなるばかりだ。
自分はどうにも、オスカーを愛しすぎているのかもしれない。




