49 お礼巡りの続きと最後のデートの始まり
クロノハック山でリンセ、ユエル、ジェットに結婚予定を報告すると、自分のことのように喜んでくれる。
話しているうちにユエルが次の子を身籠っていることがわかった。今度はいったん山で子育てをしてみて、街に住むのを希望する子がいれば里子に出すとのことだ。
リンセもつがいを見つけたらしい。他の魔物たちも恋の季節で、山の上はまだ寒いのにあたたかく感じた。
北の凍土ではケルレウスとベレスの卵が孵っていた。もうずいぶん昔の卵だから孵らない可能性を心配していたからホッとした。
スペスと名づけられたその子はまだ大型犬くらいの大きさで、じゃれてくるのがかわいかった。
久しぶりにリリー・ピカテッド商会の集まりにも顔を出す。商会の方は順調で、そろそろマダムユリアビレッジにピカテットパークをオープンできそうとのことだ。
結婚の話をすると、バーバラが目を丸くした。
「え、急に進みすぎてない? この前フィくんからプロポーズされたから、先を越せると思ったのに!」
「あ、そうなんですね。おめでとうございます」
バーバラとフィンも順調なようだ。微笑ましい。
(プロポーズ……)
そういえば今回は話の流れで結婚話が進んでいて、改めてそういうことはされていない気がする。それでまったく構わないから、そういえば、くらいな感覚だ。
「おめでとうはジュリアもでしょう? 私たちは夏か秋くらいに式をあげる予定よ。もちろん来てくれるわよね?」
「はい、喜んで」
「ジュリアさんが正式に人妻になるのか……」
「お兄様? お兄様もお見合いをがんばらないとって言われているではありませんか」
「あれは恋愛相手を探しているんじゃなくて、ビジネスパートナーを探しているからね。恋愛は一生、ジュリアさんとしていたいかな」
「よし、表に出ろ、バート・ショー」
「あはは。落ちついて、オスカー。あれ言ってるだけだし、ジュリアちゃんにはオスカーしか見えてないから」
「見合いだろうがなんだろうが、相手を見つけられるだけマシだと思え」
そう言ってブラッドがお酒をあおる。
「ほんとほんと、ぼくとブラッドさんで独り身同盟を組みたいくらい」
「やめろ。一生独り身が確定するみたいで不吉だ」
「どうだろうね? バートは割り切った関係を持てるからそういう感じで結婚できるんだろうけど、ぼくらはもうちょっと不器用だからね」
「一緒にするなと言いたいが。ルーカスが不器用な印象がまるでないんだが?」
「あはは。人を好きになるって難しいなって思うよ」
笑ってそう言ってお酒を含むルーカスが、半分泣いているようにも見えるのは気のせいだろうか。
前の時、娘の結婚式のタイミングでは、ルーカスはまだ独身だった。いつだったか、見えすぎて恋愛が難しいと言っていたのは本当なのだろう。けれど、今回も同じだとは限らないし、一生変わらないとも限らない。
きっと、ルーカスを好きになる人はいると思うのだ。オスカーには及ばなくても、魅力的な人だと思う。問題はルーカスが相手を好きになれるかどうかな気がする。
(ルーカスさんがいつか、心から思える人に出会えますように)
オスカーがやることはたくさんあると言っていた時に予想した以上に、公私共にこれでもかと忙しい日が続く。
友人たちのところに顔を出しながら新居と式の準備を進めている途中で、オスカーが魔法卿から正式に冠位九位を授与され、慣例通り自国の国王に招待されて準男爵の位も授かった。
婚約者としてどちらも同席させてもらえたのだが、いつもながら正装の彼はすごくカッコイイ。眼福すぎる。
魔法卿の庭の拠点は、必要になることもあるだろうからとそのまま使っていいことになった。集会エリアは魔法卿が預かっている先々代の子どもたちが大きくなった時の遊び場にもなる予定だ。
古代魔法で作った地下空間だけは永遠に自分たちだけの秘密にするつもりでいる。ダンジョン生成の古代魔法が現存することが知られたら大騒ぎだろう。
実家の庭にこっそり作っていた秘密基地は、入り口を新居の応接間に移した。出入りをするのに人目を気にしなくてよくなるのが嬉しい。
スピラとペルペトゥスは、結婚式が終わったらしばらく遊びに出るそうだ。ルーカスがスピラの傷心旅行だと言って、スピラ本人は否定して、ペルペトゥスが楽しげに笑っていた。
いつでも遊びに来られるように、ペルペトゥス用の地下室を秘密基地に統合して、スピラ用の部屋も作った。表向きにも、家の中に来客を泊められる部屋を用意した。
オスカーとルーカスと三人で魔法協会ホワイトヒル支部にも顔を見せた。全員でランチに連れ出されてお店を貸し切る騒ぎになり、これまでのことをいろいろと聞かれた。
「その歳で冠位とはなァ。ホワイトヒルの出世頭だな」
「ジュリアさんの目は確かだったのだと思うのですが。正直、悔しくなくはないですね」
お酒が入っていないはずなのに、オスカーに対してはお酒が入っているような絡み方もされていたけれど、後輩としてかわいがられている感じがした。全体としてお祝いムードで、全員、式には来てくれるそうだ。
ウッズハイム支部への着任は、結婚式の後に新婚旅行に行ってからの予定だ。いざ着任してしまうと、しばらくは長い休みを取れないだろうという配慮をしてもらえた。
必要な準備をすべて終えて、式の前に一日空きができたところで、オスカーから結婚前の最後のデートをしようと誘われた。すごく嬉しい。
(オスカーとデート……!)
魔法卿の庭に作られた自室でめいっぱいオシャレをする。ドレスの中でも動きやすいもの、彼が好きな色を選んで、日常に溶けこめるくらいのお化粧をした。彼からもらったネックレスと指輪を身につけて、ハンカチをハンドバックに入れる。どれも大切な思い出だ。
約束の時間にドアがノックされる。迎えに来てもらって出かけるのがこれっきりだと思うと感慨深い。
開けると、自分と同じくらいの半正装の彼が微笑んでくれる。少し髪を固めているのは、彼もまた意識しているのだろうか。とても似合っていてカッコイイ。
「……迎えに来たのに、このまま誰にも見せずに連れ帰りたいな」
「ふふ。もう少しで一緒に帰れるの、とても楽しみです」
お互いに求めるように手を重ねて、指をからめてしっかりとにぎる。一度唇を軽く触れあわせてから、オスカーのエスコートで馬車に乗った。外から見えなくできるタイプだ。
「今日はゆっくり中央を巡れたらと思っているのだが、どうだろうか」
「はい。そういう機会はあえて作らないと、もうなさそうですものね」
彼と手を重ねたまま軽く身を寄せて甘える。
「あなたと一緒だと、どこもとても楽しいです」
「ん……」
こめかみに優しいキスが落ちる。嬉しい。彼の頬に柔らかくキスを返す。




