46 今後の生き方と魔法卿の差配
自分かオスカーのどちらかが空間転移を使えるのだろうと、魔法卿から尋ねられた。
答えられないでいると、魔法卿が続ける。
「安心しろ。使える魔法を隠すのは魔法使いとして珍しいことではないし、責める気はない。
お前らのことだからどうせ、トラヴィスが俺にこき使われているのを見て、その後釜に据えられたくないとでも思っていたんだろ? そこをムリにとは言わんから、正直に話せ」
困って、オスカーとルーカスを見る。二人からうなずきを返されて覚悟を決めた。
「えっと……、はい。すみません。私が、空間転移を使えます」
「そうか。移動可能距離は?」
「たぶんトラヴィスさんと同じくらいはできるかなと」
実際は自分はその何倍も移動できるけれど、そのくらいだと言っておいた方がいい気がした。
「さすがだな。もし短いようならトラヴィスの元で学ばせたり、途中で落ちあってもらったりというのも考えていたが。それならこちらで魔力回復液を用意すれば問題ないだろう」
「あの、ルーカスさんが私たちの近くで生活して、私がルーカスさんを送ってくればいいということだと思うのですが。それくらいはできる時にはしてもいいけど、私は魔法協会を退職してフリーの魔法使いになろうかと……」
「ダメだ」
「ダメですか……」
「辞めさせると思うか? ジュリア・クルス。お前については、事実を伏せて俺の後任候補や冠位に指名していないだけで百パーセントの譲歩だ。
が、俺も鬼じゃないからな。お前らに適任の中間管理職を用意してやる」
そう言う魔法卿に迷いはない。自分たちが戻ってくる前から、魔法卿付きを解除すると言ったらそうするつもりでいた気がする。
「適任の中間管理職、ですか?」
父の顔が浮かぶ。ホワイトヒル支部に戻るなら、再び父が上司になる。
(まあ、ウッズハイムとホワイトヒルなら通うのは難しくないわね)
父に空間転移のことを話すつもりはない。ホウキでの通勤になるだろうけれど、父の元なら出産育児での融通はききやすいだろう。
そう思っていたら、想定外の名前が上がった。
「オスカー・ウォード」
「ああ」
「こいつらがワガママを言うだろうとは思っていたからな。俺の予定をねじ込めてこいつらの手綱も握れる人物には、お前が適任だろう」
「自分が?」
「これまでの実績も調べさせてもらった。魔法協会の記録では通常業務をそつなくこなしていることに加え、裏魔法協会から護衛対象を守りきり、大量のワイバーンが街を襲撃した時にはホワイトヒル支部で指折りの活躍だったらしいな。
加えて、冒険者協会の功績が目覚ましい。Bランク魔獣の討伐、魔法協会が手を焼いていた焦げつき案件の処理、Sランク冒険者と共にドラゴンの巣に赴く案件などをこなしている記録がある。
パーティ登録があるジュリア・クルスも関わっているのだろうが、申請時にその影響が強く言われることはないはずだ。
俺といたエタニティ王国でも十分な働きをしていたし、師匠に連れて行かれたドラゴンの巣でも見事にジュリア・クルスを守って立ち回っていた。実力は十分だと判断する。
これらの事実に俺の推薦を付ければ、冠位九位は通るだろう。
お前が受位した上でウッズハイムの支部長になり、こいつらの面倒を見れば万事解決だろう? どうだ?」
(オスカーが冠位九位……!)
この年齢では異例の出世ではないだろうか。魔法卿候補になったり中央に呼ばれたりするような特別なエリートを除けば、滅多に聞かない話だ。魔法卿の推薦ともなれば例外中の例外だろう。
オスカーを見ると、あまり表情に出さないようにしているけれど、少しの驚きと、それ以上に嬉しそうな気がする。
「……身に余る光栄だ」
「おう。何度か行動を共にしてきたが、魔法の使いどころや選択が上手い。判断力が戦闘力に上乗せされるタイプだな。年配の冠位に魔力量では及ばずとも、補える身体能力がある。他の九位と並べても遜色ないだろう」
(意外ね……)
魔法卿がそんなふうにオスカーを評価してくれているとは思わなかった。
実際、彼は冠位九位の父と十分に渡りあえたのだ。その上、今は父と戦った時よりも魔力量が増えて魔法の幅も広がっている。
「加えて、人物としても申し分ない。適度に真面目だが真面目すぎず状況に応じた融通が効く、周りを見ているが必要があれば我を通す、感情的になることが少なく、冷静な状況判断ができる」
(魔法卿って実はすごくいい人なんじゃないかしら……?)
そこまでオスカーを買ってくれているとは考えてもみなかった。彼の良さがわかるなら気が合うところもあるかもしれない。
「ジュリア・クルスにひいきがすぎるのは玉に傷だが、それはルーカス・ブレアも大差ないからな。二人まとめて目をつむってやる」
「あはは。気のせいじゃない?」
「公認でひいきをしていいと受けとるが?」
「それで構わん。要はお前を支部長に据えるから、その裁量で時々こいつら……、特にルーカス・ブレアの方はできるだけ、俺に貸せってことだ。
魔法卿付きの名は状況によっては便利に使えるからな。俺が必要になった時にまたねじ込むのも面倒だ。全員ひとまず持ったままにして、普段は伏せておけ。異論は?」
「ありません」
オスカーは冠位になりたいと言っていた。彼の元なら隠しておかないといけないこともないし、ムリをして働きすぎることもないだろう。願ったり叶ったりだ。
「自分も、ありがたく拝命する」
「うん。ぼくもそれでいいよ」
「決定だな。移動の申請や必要な手配はルーカス・ブレアに任せる」
「うん、そうなるよね。ちなみに、オスカーの抜擢はソフィアさんの入れ知恵?」
「お前……、そういうのは気づいても言わないものだぞ。お前の最大の欠点だな」
「あはは。よく言われる。最適解だと思うよ? ぼくらにとっても魔法卿にとっても」
「そう願う」
お礼も兼ねてソフィアに話しに行った。惚れ薬入りのワッフルの差し入れつきだ。
「時間がある時でいいから、ここにも遊びに来てくれるかしら?」
「はい、もちろん。ソフィアさんは、子どもたちとの生活には慣れましたか?」
「ええ、おかげさまで。子どもたちの首が座って、安心して抱っこができるようになってきたわ。ラシャドさんも、恐る恐るだったのがだいぶ慣れてきた感じかしら」
「何よりです」
「ルーカスくんが私の代わりにエーブラムのサポートを続けてくれたでしょう? おかげで夕食に帰って来られる日も増えて、休日も前よりしっかりとれるようになったの。ムリを言って悪いとは思うのだけど、これからもよろしくね?」
ソフィアに投げかけられたルーカスが笑顔を返す。
「所属はウッズハイム支部でかけもちになるからこの数ヶ月ほどがっちりにはならないけど、形はだいぶよくなってるはずだからね。ムラはあるだろうけど、あんまり忙しくならないようにするよ」
ソフィアが笑みを深めた。
「あなたたちに出会えて本当によかったわ」
「こちらこそ。ソフィアさんにはお世話になってばかりで。ありがとうございます」
社交辞令ではないのは伝わっているだろう。ソフィアが嬉しそうに目を細める。
「ところで、ジュリアちゃん。聞いてわかるかはわからないのだけど……」
「なんでしょう?」
「姿は見えないのに何かがいるような……、ゴーストとかそういうのではないのよ? あなたに興味を抱いている誰か……、なのかしら? の思いみたいなのが見えるのだけど、心当たりはあるかしら? こんな変な見え方は初めてで、私もよくわからないのだけど」
ソフィアは思いを向けている相手の姿が見える特殊能力持ちだ。彼女に見えないということは、姿自体を持たない可能性が高い。前回会った時と今日で違うのもその相手だけだろう。
「えっと……、思いあたる相手はいます。たぶんもう害はないと信じたいです……」
(世界の摂理、神様でも悪魔でもあるような絶対の何か……、だろうなんていうのはさすがに言えないわよね)
「そうね。敵意や害意はないと思うわ。もし何か困ったら言ってね? できるだけ力になるわ。養子にはできなかったけど、あなたも私の大事な娘だと思っているから」
「ありがとうございます」
娘にならないかと言われた時は驚いたけれど、大事に思って気にかけてもらえるのは嬉しい。




