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44 とんでもないのに取り憑かれる


「ジュリアちゃんっ?! オスカー!!」

 無事に魔法が使えたようだ。転移先に選んだのは、魔法卿の庭に建てた家の中の集会エリアだ。その場にいたルーカスが驚きと歓喜の混ざった声をあげる。スピラとペルペトゥスも一緒だ。


「えっと、ただいま帰りました」

「ただいま」

「おかえり。つい一瞬前、スピラさんがジュリアちゃんの魔力を感じたって言って。世界の摂理に魔法を取られたはずなのにって不思議がってたとこだよ」


「ジュリアちゃんだぁぁっっ、さみしかったよぉぉっっっ」

 飛びつこうとしてきたスピラをオスカーが抑えこむ。

「たった三日で大げさな」

「そっちは三日だったんだ? こっちは三ヶ月以上経ってるよ」

「はい?」


 ルーカスがさらりと言ったことに驚いた。

(三ヶ月以上……?)

 魔力開花術式の部屋に入ったのが年末だったから、もう春だということになる。暖かいはずだ。

「そんなに経っているのか」

「グレースもそんなことを言っていたな。あの時は半年以上かかった故、早かったのではなかろうか」


「その話を聞いていたからね。魔法卿には君たちに急用が入って出かけたって言っておいたし、それぞれの実家にも立てこんでて年末年始は帰れないっていうことと、しばらく連絡のやりとりはできないことを連絡しておいたよ」

「ありがとうございます」

「助かる」

 さすがルーカスだ。こっちに残っていてくれて助かった。


「魔法、戻ったんだね?」

「はい。なんでも、前の時に私が契約を履行しているから、二重の取り立てになってしまうとかで。向こうにいた間は使えなかったから、オスカーに負担をかけてしまったのですが」

「そんなことよりこれからのことだ。両家の挨拶に式の手配に新居の手配、やることは山のようにある」


「あはは。落ちついて、オスカー。嬉しいのも一刻も早くっていう気持ちもわかるけど、もうジュリアちゃんは逃げないから」

「えっと……、はい。重ね重ねご迷惑をおかけしました……」

 もう二年近く前ということになるのだろうか。戻ってきた当初は全力で逃げていたから、ルーカスの言葉が刺さる。それからもずっと、どうなるかわからない状態だったのだ。迷惑しかかけていない。


「いや……、今となっては懐かしいばかりだな」

「ありがとうございます」

 自分は決して、できた人間ではない。その時その時でできるだけのことはしているけれど、至らないことなんて山のようにある。特に今回オスカーには、いまだかつてないくらいに大迷惑をかけた。それでも彼が気に留めないでくれるのが本当にありがたい。


 じわじわと、彼を得られた実感が湧いてくる。取り戻したというよりも、出会い直して一緒に乗り越えてくれたという感覚だろうか。

「あなたがあなたで、本当によかったです」

「ん……。自分もジュリアに出会えて幸運だと思っている。クレアばかりは取り戻せないのが残念だが……」


「クレアちゃん、前の時の二人の子どもだっけ?」

「はい。けど、クレアのことは時間を戻す時点であきらめないといけないのがわかっていたので。あの時はあなたといる未来もあきらめていたから、もう十分すぎるほどです」


『同じ相手との子であらば、同じ魂が呼ばれように』

「はい?」

 話に入ってきたのは、あまりに想定外の声だった。男性とも女性ともつかない独特な、頭の中にだけ聞こえてくるような声だ。


「待ってください。なんで話が……? もう祭壇から出てますよね?」

「ムンドゥスか」

「あれ、言ってなかった? ムンドゥスが話したい時は話せるって。こっちから話そうとするとすごく面倒なのに不公平だよね」

 スピラが苦笑して肩をすくめる。


(言われてた気がするわ……)

 そもそも前の時も、祭壇巡りなどという面倒なことはしていない。何が起きたかわからなかった時に尋ねたら声が返ってきただけだ。そのただ一度だけだったから、話せないものと思いこむようになっていたのだろう。


「それより、同じ魂が呼ばれるというのは?」

 オスカーが尋ねる。世界の摂理(ムンドゥス)の声は自分だけではなく、オスカーや他のみんなにも聞こえているようだ。


『言葉のとおりである。同じ子を望むのであらば、同じ魂に同じ名をつけるがよい』

「その、同じ日の同じタイミングにとか、そういうのは……」

『ヒトの子の時の範囲など誤差であろう』

 誤差。ペルペトゥスやスピラ、それ以上の時間感覚からすれば、確かに人の一生自体が微々たるものかもしれない。


「じゃあ……、クレアはクレアなんですね……」

 オスカーと違って二度と会うことはできないと思っていた。嬉しすぎる誤算だ。知らずに涙があふれてくる。オスカーが大切そうに抱きしめてくれる。

「よかったな」

「はい! はい……、本当に……」

 失ったと思っていたすべてを再び手に入れられるなんて夢にも思わなかった。オスカーを抱き返してめいっぱい甘える。

(こんなに幸せでいいのかしら……)


『起きたついで故。汝らの時を眺めることにするか』

「やめろ、セクハラオヤジ」

「ムンドゥスに性別はないよ?」

「それでも全力で遠慮したいです……」

 想定外すぎるとんでも発言で幸福感も涙も引っこんだ。まぐわらないのかと聞かれたのは記憶に新しい。見られていると思うとおちおちいちゃつけない。


「ふむ。ムンドゥスはこちらからの拒否権のない理不尽の塊であるからのう」

「あはは。さすがジュリアちゃん。最後にとんでもないのに取り憑かれたね」

「ううっ、せめてオスカーと二人の時はやめてほしいです……」

 違う意味で泣きそうだ。


「我に免じてその程度は聞いてやらぬか?」

『ほう? 古き龍が味方につくか』

「私も! ほら、昔なじみのよしみでさ」

『ダークエルフが再びヒトとなじむとはな』

「あはは。じゃあ、ジュリアちゃんとオスカーが二人きりの時に覗いたら、みんなで世界を滅ぼそうか」

『我を脅すか、ヒトの子よ……』


「それはもうジュリアが許さないだろうな。無関係な者の被害が大きすぎる。各地の祭壇の部屋に『世界の摂理はセクハラをする』と大きく書いて回るのでどうだろうか」

『地味なのにひどくイヤなことを思いつくものだな……』

 世界の摂理の声がタジタジになっているように聞こえる。理不尽に対して、みんなが味方でいてくれるのが心強い。


「いっそ完全透明化していちゃいちゃしませんか? 効果があるなら、ですが」

 世界の摂理なら透明化していても見えるというようなチートでもなければ、それで問題は解決できるはずだ。

 そう思って提案したら、みんなが固まった。


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