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41 よこしまとよくばりとガマン


 優しいおやすみのキスをもらった。

(これだけ……?)

 反射的に思って、すぐに恥ずかしくなる。

(ちょっと待って。何を期待しているの??)

 オスカーに合わせる顔がない。毛布代わりのホットローブをかぶって反対を向く。顔が熱い。

 昨日の夜は何度もキスをしてくれたから、もっとキスをしたいのはあるだろう。けれど、きっとそれだけじゃない。


「どれだけ妄想の中で抱いてきたかわかるか?」

 目を閉じると、その言葉と共に上を脱いだ姿で迫ってくる彼のイメージが浮かんで、恥ずかしすぎてあわてて打ち消す。

 あの言葉はドライアドのせいでオスカーは言いたかったわけではないし、上を脱いでいたのも暑さのせいだ。彼は見ないようにしてくれていたのに、自分はついチラチラと見てしまった。


(私の方がよこしまだと思うわ……)

 申し訳なさや恥ずかしさはありつつも、それ以上に彼が愛しくて、その腕に抱かれたいと思ってしまう。

(すごく、よくばり……)

 世界の摂理との契約による制約がなくなったことでハドメが効かなくなっている自覚はある。


「……見ますか? 今夜……」

「縛られた状態でなら」

 あのやりとりはもう無効なのだろうか。彼を縛りたいわけでも自分を見せたいわけでもないけれど、自分を見ることで彼が悦ぶなら嬉しい。それだけでは済まないのを期待しているのもあると思う。


(……ダメよね。ガマンするって約束したもの)

 改めて彼に尋ねたら、きっと彼は断らないだろう。それでいて、最後まで手は出さないでガマンしてくれるのだと思う。それは辛いことだろう。苦しい思いはさせたくない。


 何も言わないで寝たふりをする。それが今自分にできるベストな気がする。

(オスカー……、だいすき……)

 無意識に、唇、体と、彼に触れられたいところに軽く指先をすべらせる。心も体も彼の全てを求めているけれど、もう少しだけガマンだ。



 窓をつけないで空気穴だけにしてもらったから、わずかに陽が差してきてもあまり明るくならない。うっすらと見えるくらいだ。

 オスカーの方を見てみると、まだ起きてきていない。

(キスで目を覚ますなら望むところだって言ってたけど……)

 同時に、押し倒したくならないわけがないとも言っていた。それはつまり、押し倒される覚悟があるならしてもいいということだろうか。


(結婚したらお休みの日は朝から……?)

 想像しそうになったのを必死に打ち消す。

 前の時にもそんな日がなかったわけではないけれど、子育てが始まると使用人の行き来もあって難しかった。遠い記憶の中でも更に遠い記憶だ。

 終わりがあまりに苦しかった前の時をもう過去に置いて、今ここにいる彼と二人で、今と未来を歩みたい。


(未来……)

 ひとつ息を吸って、ゆっくり吐きだす。キスをしたいしそばに行ってぎゅっとしたいけれど、問題が解決した先にとっておくことにする。


 目下、一番の問題はファイアドラゴンだ。たとえ一体であっても、彼一人でエレメンタルのドラゴンの相手をするのはまだ厳しいだろう。ベストコンディションであっても、だ。

 他の属性なら身体強化をかけてもらって自分も戦うという方法をとりやすいけれど、炎はダメだ。素手ではやけどしてしまって戦えない。


(鉄の剣は効果がないし、氷の剣は溶けるし、水の剣は蒸発させられるわよね……)

 身体強化に加えて武器を出してもらうにしても、有効な武器が浮かばない。

 加えて、暑さもある。身体強化を中心に立ち回るのには、あの場所の暑さは厳しすぎる。自分ができることとも、彼が得意とする戦闘スタイルとも相性が悪い。


 逃げ場がないほどの大量の水を浴びせ続けるのが有効だろうけれど、エレメンタルを弱らせられるほどとなると相当な魔力が必要だ。

(ううっ、古代魔法さえ使えたら……)

 自分の魔法が使える状態なら苦戦する相手ではない。そう思って、どれだけ魔法に甘えていたかを改めて思い知る。


「……ジュリア、起きているだろうか」

 寝ているなら起こさないようにと配慮されたようなオスカーの声がした。

「はい。おはようございます」

「ああ。おはよう」

 彼が起きあがるのに合わせて自分もベッドを出て、薄暗い中で身支度を整える。準備ができたところでオスカーが明かりの魔法を唱えてくれた。見えすぎないように配慮して待っていてくれたのだろう。


(あ、カッコイイ)

 明るくなって彼の顔がよく見えるようになった瞬間にそう思う。オスカー・ウォードという存在のすべてが大好きだ。つい、じっと見上げてしまう。

 オスカーが軽く口元を隠して考えるようにしてから、近くに来てかがんで、軽くひたいを合わせてくる。


(ひゃああっっっ)

 顔が近い。息がからむ。大好きな目が熱を帯びたように見つめてくる。キスも好きだけど、こういう不意打ちはずるい。期待もまざってドキドキしないはずがない。


「今朝はキスをしたいとは思ってくれなかったのだろうか」

 冗談めかしたどこか甘い声に、心臓が止まりそうだ。

「したい、ですよ……? けど、ガマンした方がいいのかなって」

「昨夜は?」

「……ガマンした方がいいのかなって」

「ん……」


 オスカーに唇をすくわれて、求めるようにキスが深くなる。応えながら、彼の首に腕を回してしっかりと抱きよせた。夢中で思いを重ねあわせる。彼以外考えられない。


(すき……、だいすき……)

 こうしていられるだけで十分幸せなのに、もっとふれあいたくて、もっとほしいなんて本当によくばりだ。ドキドキしてゾクゾクしてキュンキュンして、身も心も全身全霊で彼を求めている。

 彼の肌に触りたい。素肌を重ねあわせたい。けれど、彼からはキス以上にふれてこないから、首筋を撫でるだけでガマンする。


 息をつぐときのかすかな声も甘く脳裏に響く。

「……んっ、おすかぁ……」

「っ……」

 大好きをつむぐように彼を呼ぶと、大好きを伝えるように強く抱きしめられる。このまま溶けあって二人の境界をなくしてしまいたい。


 どれだけ求めあっていただろうか。たくさんキスをしたはずなのに、彼が息をついて離れると名残惜しい。

「……ジュリアはかわいすぎる」

「え」

「ガマンした方がいいとわかっているのに、どうにも抑えが効かなくなる」


「そんなの、私だって……。……戻って結婚したら、ガマンしないでいっぱい触れあいましょうね……?」

「……ああ。そうだな」

 オスカーが離れて、大きな手で顔を隠す。耳まで赤い。

(ちょっと待って。私、なんて大胆なことを……!)

 気づいてしまうと、ものすごく恥ずかしい。


「本当は今すぐ押し倒したいが」

「おしっ……」

(ひゃあああっっっ)

「……忘れてくれ。朝食にしつつ対策を考えるか、と言うつもりだったのに口がすべった」

「えっと、はい……。あの、気持ちは同じなので……」


「押し倒してもいいと?」

「違いますっ! いえ違くないけど違うというか……、がんばって早く帰りましょう……?」

「ああ。そうだな」

 オスカーがおでこに優しいキスをくれる。彼の頬にキスを返す。今はここまででガマンだ。


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