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40 [オスカー] かわいすぎるのがいけない


「ドレスは脱いでおくか?」

 そう聞いた時、決してやましい気持ちはなかった。ジュリアが顔を真っ赤にしていたから、暑さで倒れるのではないかと心配だったのだ。

 彼女からは言いだしにくいだろうと気をつかったつもりだったけれど、完全な失策だった。


「え」

 驚きと同時に彼女の赤みが増した。そんな場合ではないのに、つい息を飲んでしまう。

「ムリにとは言わないが」

 断りやすいようにそう声をかけたけれど、

「いえ。……ありがとうございます」

 彼女はそう言ってドレスを脱いだ。


 見てはいけないと思いつつほんのわずかに垣間見えたのは、肌着が濡れて透けた姿だ。もうほぼ全裸に近いというかそれよりもヤバいというか一瞬で理性を持っていかれそうになった。気づかれないように必死に飲み込む。


「服はまとめてあずかりますね」

「……ああ。頼む」

 少しでも視界に入れたら抑えがきかなくなりそうで、最大限反対を向いて彼女に差しだす。

(安全を考えるとまったく見ないわけにはいかないが……)

 今のところ危険な敵には遭遇していないけれど、いつ何がどこから飛びだしてくるのかわからない場所だ。彼女の安全確認はしたい。が、彼女の姿が視界に入ったら探索どころではなくなると思う。


(どうする……?)

 今日はここまでにして外に戻り、服の問題を解決してからもう一度来るのが妥当な気がする。が、今それを言いだすのは、自分の状態に気づいていなさそうな彼女にそれを知らせるのと同義だ。

(魔力切れを理由にするか……?)

 暑さに対処する氷を出すのにはそれほど魔力を使っていない。そのため、時間が経つにつれて回復してきている。それに気づかない彼女ではないだろうから、少し苦しい言い訳だ。


「……その量の服は重くなって動きにくいだろう。浮かせてロープで引くか?」

「あ、ありがとうございます。助かります」

 彼女が手早くたたんだ服を魔法で出したロープで軽くまとめて浮遊魔法をかける。魔力消費をと思う部分もあったが、この程度ならたいして変わらない。


(わああああっっっっ)

 服を抱えていることで前が隠れていたのが、すべて見えるようになった。顔をそらすしかない。対処をしようとするほど悪化するのをどうしていいかわからない。

 呼吸を整えて、必死に状況に意識を戻す。


「……分岐はだいぶ調べられたか」

「そうですね。今行っている道が分かれなければ、もう他にないかと」

「祭壇があるといいな」

「ほんと、これだけキツくてムダ足は辛いですよね……」

「ペルペトゥスのダンジョンはキツくなかったのか?」

「うーん……、キツさの方向性が違うというか、魔法が使い放題だったので、こういう感じの忍耐を求められることはなかったですね」

「なるほどな……」


 彼女が古代魔法を使える状態なら、この場所も軽い散歩コースになるだろう。攻略難易度が大きく変わる。

(ペルペトゥスのダンジョンは本来、ヒトが攻略できるものではなさそうだな)

 前の時にペルペトゥスに驚かれたと言っていたが、改めてそう思う。


(この先に世界の摂理の祭壇が……、いや、待て)

 あったとして、この姿の彼女を会わせたくはない。そもそも相手に性別という概念や、見える見えないというのがあるのかどうかはわからないが、それでもなんとなくイヤだ。


「……ジュリア」

 一度戻って明日また来ようと言いかけたその時、

「オスカー、一度戻りましょう」

 彼女の方からその提案があった。助かったと思いつつうなずいたが、彼女の声が緊張して聞こえた。


「どうかしたか?」

「あれってファイアドラゴンですよね……?」

 なるべく彼女を見ないようにしつつ、彼女側の進行方向に目をこらす。二人とも全身の身体強化がかかっているため、視力も強化されていて先まで見える状態だ。


 いくらか先の方、道が曲がって見えなくなっていくあたりで広くなっていて、壁面に大きな影が映っている。断言はできないが、確かにドラゴンのような形に見える。


「エレメンタルのドラゴンがみんなヒト語を理解できるわけではないし、友好的とも限らないので。もし戦闘になったら迎撃できるだけの準備を整えて出直した方がいいかと」

「ああ。全面的に賛成だ」

 もしファイアドラゴンが相手なら、今の自分の状態で彼女を守りながら戦いきれる自信はない。もうひとつの問題も解決したいから一石二鳥だ。


 すぐに来た方へと引きかえし、目印を辿って入り口近くへと戻る。外が暗くなっているのもあってか、下に火口があるとはいえ、洞窟の奥よりはいくらか暑さがマシだ。

 ホウキを出そうとして、ハッと気づいて別の魔法を唱える。

「オートマティック・ウォッシュ」

 汗だくな状態で彼女を乗せるわけにはいかない。洗浄魔法を習っておいて本当によかった。


「ジュリアも……」

「お願いします!」

 めずらしく食い気味に答えられる。かなり不快だったのだろう。

「そちらを見ても?」

「もちろんです」

(もちろんなのか……!)

 魔法をかけるのに必要だから尋ねたのだから当然と言えば当然の答えなのだが、半分透けた肌着一枚でいる自覚はないのだろうか。自分ばかり意識してしまっている気がする。


(それとも見られてもいいということか……? いや落ちつけ。無だ。無になるんだ)

「……オートマティック・ウォッシュ」

「ありがとうございます」

 嬉しそうな笑顔で駆け寄られ、少し開いていた距離がぐっと近くなる。


(近い近いかわいい近いかわいい近いかわいいかわいいかわいい)

 透けた感じはなくなったとはいえ、肌着しか着ていないことには変わりない。反応するなというのはムリだ。


 ジュリアがどこか気恥ずかしそうに見上げてくる。

「あの……」

(ちょっ、かわいすぎるのだが?!)

「服、お返ししますね」

(そっちか!!)

 服を持ってきてくれただけなのに、自分に近寄りたかったのだと確信していたのが恥ずかしい。が、おかげで少し落ちついた。


「ああ。……リリース」

 差しだされた服の、まとめるためのロープを作っていた魔法と、軽くするための浮遊魔法を解除する。


「私と一緒に服も洗ってもらったので、スッキリですね」

 ジュリアが嬉しそうにドレスをまとう。見慣れた姿もかわいいし、安心する部分もありつつ、ほんの少し残念にも思う。


 自分の服も着てからホウキを出す。二人分のホットローブは彼女が畳んで抱えてくれる。彼女をホウキの前に乗せて水辺に向かう。今は安全のために集中する。


「休むのは昨夜と同じ形でいいだろうか」

「そうですね……、念のため、ドライアドやアルラウネの香りを防ぐのに窓をなくしたいところですが、それはそれで呼吸ができなくなりますものね」

「空気穴としてなるべく小さくしてみるか。狭ければ入ってくるのに時間がかかり、その間に気づける可能性が上がるだろう」


 あたりの安全確認をしてから夕食をとり、昨日と同じように小屋を作る。いくらか大きめにした。水のベッドには挑戦しないで、初めから昨日と同じ形に作る。できるだけベッドの距離を離した。


「おやすみ、ジュリア」

「はい、おやすみなさい」

 そっと唇を触れあわせるだけのキスをして、自分用の寝床に入った。


 彼女と反対を向いて息をつく。

(ジュリアはいつも……、かわいすぎる)

 ドライアドの香りで怒っていた彼女もかわいかった。ぷんぷんしている表情も好きだが、何より、怒るところはそこなのかと思う。

(キスをしたいし、押し倒したい、か)

 いつでも自分が彼女を求めているように思っていたけれど、彼女からも求められているのなら嬉しい。


「……見ますか? 今夜……」

 あの言葉はもう無効なのだろうか。言えば恥ずかしそうに脱いでくれそうな気がするが、自分がそれに耐えられる気はしない。改めて縛ってほしいと言うのもどうかと思う。


「一緒にガマンしますね……?」

 戻って籍を入れてからと言ったらそう答えた彼女もかわいすぎる。今も向こうでガマンしているのだろうか。そう思うだけでたまらない。

 どうしてあんなにかわいいことばかり言うのか。どうしてあんなに無防備なのか。どうしてあんなにかわいいのか。


 大事にしたいから耐えてはいるけれど、もし手を出してしまったとしても、彼女がかわいすぎるのがいけない。


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