38 ドライアドから情報を聞きだす
魔法封じの檻に閉じ込められているドライアドが、イラ立たしげに叫んだ。
「クソッ、魔法使いめ! オレ様の箱庭をめちゃくちゃにしやがって!! 一方的優位に立っておちょくるのが楽しいのに、本当になんなんだお前らは!!!」
「さっきから言っている箱庭というのはなんだ?」
「箱庭は箱庭だ。大世界とは別のミニチュア空間だ」
「別空間か……。こちらからその大世界とやらに行く方法は?」
オスカーの問いかけに期待がふくらむ。相手の言うそこが自分たちの世界だという確証はないけれど、その可能性は高い気がする。
「知らん」
「そうか……、ならもっとこの世界を燃やしてまわって探すしかないな」
「脅されても知らんもんは知らん。やりたければやればいい。業腹だが、どうせ時間が経てば戻るんだ」
「あの、私たち以外の人間はどうやってこっちに来てるんですか? 普通はどうとか言っていたのは、それなりに人間に会ってるっていうことですよね?」
「頻度は多くないが、長く生きているとそれなりにな。どう来ているかも知らん。気づいたら湧いているんだ。
本人たちに聞いたこともあったが、向こうのどっかで迷って、気づいたらこっちにいたとかそういう感じだ」
「神隠しみたいなものか……? 偶発的に空間がつながるのか、あるいは自分たちのように意図されているのか……」
「あの、その人たちは今もこっちで生活しているんですか? ちょっと見た感じだとヒトがいそうな感じはなかったのですが」
「何を言っているんだ? ひととおり揉めさせた後は吸収しているに決まっているだろうが」
「っ……」
ゾワッとした。物理的に攻撃をしてきていないから会話が成りたっているけれど、敵性生物なのは間違いなさそうだ。
(ドライアドを倒したらこの場所が消える……)
今後の犠牲者を出さないためにはその方がいい気がする。が、オスカーと一緒に無事に帰るという目的と矛盾してしまう。
「……ジュリア」
「はい」
「気持ちはわかるが、ここに来てしまうのは自然災害のひとつとして割りきる以外にないと思う」
「……そう、ですね」
オスカーの言うとおりだ。自分はもう魔法使いではないし、魔法が使えても全てをどうにかできるわけではない。
檻に入れられているのに悠然としているドライアドを見上げる。
「あなたを倒したらこの世界が消えて、私たちも一緒に消えるんですよね?」
「そうだな」
「消えたことがないのになぜわかるんですか?」
ドライアドが言っていることは矛盾している。本人が消えたらこの世界が消えるというのは、本人の体験ではありえない。
「そう言われているからだ。オレ様が消えてここがなくなったとしても箱庭はいくつもあるし、また作られるかもしれないとも」
「誰から言われていて、誰が作っているんですか?」
「創造主に決まっている。万物は創造主の手の内だろう?」
「創造主……、神様ですか?」
「どうだかな。神でもあり悪魔でもあるんじゃないか? 関わる立場によって見え方は変わるだろ」
「……世界の摂理、ムンドゥスですね」
「なんだ、知っているんじゃないか」
「ここを出る方法ではなく、世界の摂理に会う方法ならわかりますか?」
「あれは気まぐれに向こうから関わってくる存在であって、こっちからどうこうできるもんじゃないだろ? 存在の次元が違う」
「ここから自力で帰れないなら、世界の摂理に会う以外の方法はないかと。どうにかなりませんか?」
「そうだな……、思いあたることがなくはない」
「教えてください!」
「いいだろう。取引だ」
「取引……?」
「当然だろ? タダで情報を渡すバカはいない」
「つい今さっきまでペラペラしゃべっていただろう」
「別にどうでもいいことは話すさ。けど、相手にとって喉から手が出るほどほしい情報は別だ」
軽く血の気が引く。そう思わせてしまったのは自分の失態だ。ルーカスがここにいたら、もっとうまく引きだせただろうか。
オスカーが小さくため息をつく。
「言ってみろ」
「まず檻の魔法を解いてオレ様を解放すること」
(まあ妥当な要求よね……)
捕えられていることを気にしているようではないけれど、捕えられているのは事実だ。
「で、女、お前を抱かせろ」
「はい?」
「簡単な話だ。オレ様はお前らの泣き顔が見たい」
「ファイア・ソード」
「この世界ごと消えるつもりか?」
オスカーが炎の剣を携えてドライアドの檻に近づく。
「いや? ただの腹いせだ。バースト」
樹上にある檻の下、直接は当たらない距離で火力を上げる。
「うおっ、熱い熱い熱いっ、やめろ!」
「乾いた空気より湿り気がある方が体感温度が上がるのだったか? ウォーター」
炎の剣の上に水の球体を作りだす。外側からどんどん蒸発して、ドライアドを熱い水蒸気が包んでいく。
「熱い! よせ! 普通に死ぬからな?!」
「死なない程度は見極める」
「おまっ、容赦ないな?!」
「容赦する理由がないからな」
「わかったわかったわかった! 話すからやめてくれ!!」
「有益な情報だと判断したらやめる」
「おまっ……、熱い熱い熱いっっっ」
ドライアドが泣きそうな顔で、早口に吐露する。
「オレ様の領域の中で唯一オレ様の支配下にないエリアに、祭壇の洞窟と呼ばれる場所がある。
オレ様には行けんから詳しくは知らんが、こちらから世界の摂理につながれる可能性があるとしたらそこだけだろう」
「ドライアドの支配下にないエリア……?」
そんな場所があるのかと首をひねる。
オスカーが合点したようにつぶやいた。
「緑に覆われていない場所、火山か」
「行ってみましょう!」
「のんきに話してないで早くやめっ……」
「祭壇の洞窟の入り口はどこだ?」
「お前たちが読んだ通りだよ! 火山の火口だ。オレ様は近づけない。熱い! マジで死ぬ!」
火口のことであり、今の状況でもあるように聞こえる。
「リリース。ウォーター」
オスカーが炎の剣を解除して、ドライアドの上からザバッと水をかけた。檻の中のドライアドぎ生き返ったかのように息をつく。
オスカーがホウキを出して乗せてくれる。上昇は緩やかだ。背後からドライアドの叫び声が聞こえる。
「おい待て、オレ様の拘束を解いていけ!」
聞き終わる前に、オスカーがホウキのスピードを上げた。
「あの檻は解除しなかったらどのくらいで解けるんですか?」
「ノンマジック系は魔力喰いだから、魔力消費を抑えるために弱めにしている。夕方には解けるだろう」
「なら放置で問題なさそうですね」
「ああ。近くにいる状態で解除するのは避けたい相手だからな。ジュリアですら関わりたくないと言っていた意味がよくわかった」
「あれはドライアドの性格が悪いのもあるかと。能力も聞いたことがないものでしたし」
「確かに個人の問題な気もするな。性格も能力もやっかいだったが、何よりこの世界と紐づいていて倒すわけにいかないというのがな……」
「まあ結果的には、最初に倒さなくてよかったのでしょうか。あそこまで話さなかったら情報を聞きだせなかったでしょうから」
「この情報が正しければそうなるな」
行ってみないことにはわからないが、祭壇という呼び方は世界の摂理を思わせる。可能性は高いだろう。




