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37 それぞれの理想の異性の姿


 オスカーがそっと髪に指を滑らせてきて、いくらか気恥ずかしそうな笑みで続ける。

「そういう目で見られたり……、自分がジュリアに欲情したりするのは、イヤではないのだろう?」

 オスカーの大きな手が頬を撫でてくれる。大好きな手に自分からも頬を寄せた。

「……はい。嬉しい、です」


「なら……、もう必死に隠さなくていいな」

「その……、あなたに大事にされているなとは思っていたのですが、今まで感じていたよりもずっと愛されて求められているんだなって」

「そう思ってもらったなら何よりだ」

 視線が絡まって、どちらからともなく顔が近づく。


「お前らいい加減にしろ! オレ様を無視するな!!!」

 すぐ近くの頭上から、さっきと同じ声がした。見上げると、緑色の人が逆さまにぶら下がっている。上半身だけで、下半身はツタや根のように木に絡みついているように見える。


「ドライアドか。とりあえず服を着ろ」

「そんなものはない。というかおかしいだろ?! 普通ケンカっていうのはもっと憎みあってするもんだ。隠していたことをぶちまけてケンカしたくなる香りってのはそういうもんだ。溜めこんでいた言いたいことや隠していた秘密を全部暴露して破局するのを見るのが楽しいんだろ?! それがなんだお前らは……」


「……ほう?」

「なるほど……?」

「原因はお前か……」

「あなたのせいだったんですね……」

 オスカーの声が、聞いたことがないくらい低い。自分も彼のことは言えないが。


「ブレージング……」

「待て待て待て!!! お前らはいちゃついていただけだろうが! 攻撃されるいわれはない!!」

「それはただの結果論であって先に精神操作の攻撃を受けているからな。森ごと燃やしつくす」

「人には心にしまっておかないといけないことがあるんです! オスカーが許してくれても、恥ずかしいのはほんと死ぬほど恥ずかしいんですからね!!」


 燃やしつくすと言うオスカーに賛成だ。もし自分が魔法を使えたら、広域化と増幅の魔法も使って根絶やしにする。こんな凶悪な能力はこの世に存在してはいけない。


「ジュリアに同意だ。しまっておくべきデリケートな部分を強制的に言わされる屈辱は万死に値する。デトネー……」

「だから待て! オレ様はこの箱庭のカナメだ。オレ様が死ねばお前たちもこの世界ごと消えるんだからな?!」


「……アイアンプリズン・ノンマジック。ファイア・ソード」

 オスカーが相手を魔法封じの鉄の檻に閉じこめ、はみ出ているツタや根の部分を炎の剣で焼き切る。


「うわっ、熱い痛い熱いっ、容赦ないな?!」

「そのあたりのことはゆっくり聞かせてもらおうか」

「ラウネ、オレ様を助けろ!」

「っ、オスカー、下がって!」

 イヤな予感がした。名前のままなら近くにアルラウネがいる可能性が高い。


「もう遅い!」

 今度は砂糖菓子のような甘い匂いがしてくる。

(吸いこんじゃダメ!!)

 そう思うが、呼吸をしないわけにはいかない。香りだと濡らしたハンカチもあまり大きな効果がない。


 ドライアドの近く、地上の大きな花から人の姿が生えてくる。

「ラウネは相手の意識に最も強く訴えかける姿になれるんだ。今度こそ醜く争うがいい!」

「ぐっ……」

 オスカーが口元を抑えながら隣まで下がってくる。


「一度逃げましょう! アルラウネが相手だと分が悪いです」

「待って? こっちに来て。ほら、こっち……」

 なんとも甘ったるい声がする。どことなく聞き覚えがあるような響きだ。

 オスカーをかばうようにして前を向いて、その姿を目の当たりにして驚いた。


「あれ……?」

 そこにいるのはアルラウネのはずなのに、明らかに見覚えがある姿にしか見えない。

「ジュリアだな……」

「私ですね……。とりあえず服は着てほしいです……」

 鏡を見ている気分だ。全裸で鏡の前に立つことはないが。自分にも見えるということは完全な精神操作系ではなく、物理的に期待を再現しているのだろうか。


「あっ、あなたは見ちゃダメです! 私だけど私じゃないので!」

 彼の目元に手をあてて見えないようにしてみる。

「そうだな。見ていいなら本物が見たい」

「えっ……」

 さっきの言いあいをしてからオスカーが直球になった気がする。まったくやぶさかじゃないが。


「……見ますか? 今夜……」

「縛られた状態でなら」

「どんな特殊プレイですか」

 さすがにそんなことはしたことがない。痛くないか心配になりそうだ。


「自由になっていたら自分をコントロールできる気がしないからな」

「……アルラウネの姿にもそそられました?」

「いや。本物の方がずっとかわいいと思った」

「そっくりですよ?」

「そうか? 外見を模したところでジュリアではないからな。内面も含めたジュリアのかわいさを再現できるはずがないだろう?」


(ひゃああっっ……)

 オスカーは何を言っているのか。嬉しいけれど恥ずかしい。こんな状況なのに、抱きついて甘えたくなる。


「お前らは何を言っているんだ!」

 檻の中からドライアドが叫ぶ。アルラウネの方はなす術がなく、居心地が悪そうに固まっている。

「おかしいだろ?! 普通は理想と現実が違うんだ! 今の彼女よりも理想の女性が現れて、ひょいひょい誘惑されて愛想を尽かされるのが普通なんだぞ?!」

「そう言われたところで、ジュリアは世界一かわいいからな……」


 オスカーが本気で困ったように答える。恥ずかしいけれど、彼がそう思ってくれているのが証明されているのが嬉しい。


「いや、だとしても、だ。ラウネの香りには性欲を高める作用もあるんだぞ?! ムラムラっとして手を出したくなるのが普通だろ?!」

「そう言われてもな……。普段のジュリアの方がずっと欲求を刺激してくるから、この程度ならガマンのうちにも入らないというか……」


「え、そんなことしてませんよ?」

「ああ。無自覚なのはわかっている。そこがまたかわいいというか、なんの恥ずかしげもなく大っぴらに誘われるよりずっとくるというか……」

「いや男なら普通、据え膳を食うもんだろ?!」

「どれだけ据え膳に耐えてきたかを甘く見ないでもらいたい」


「そこドヤるところか?! もういい! ラウネ、形態変化だ!」

「え」

 そんなこともできるものなのか。ドライアドが使っていたケンカをさせる香りも聞いたことがなかったし、自分たちの世界のドライアドやアルラウネとは能力が違うのだろう。


 自分の姿だったアルラウネが花弁に包まれる。その点にはホッとしてオスカーの視界を開放したのと同時に、甘ったるい香りが強くなった気がする。

「男がダメなら女を落とすまでだ。男ほどではなくても女にも欲求はあるからな! 見ろ! あれがお前の理想の男だ!!」

 ドライアドが勝ち誇ったように言った。アルラウネの花弁が再び開いた時にはまるで姿が変わっていた。


(きゃあああっっ)

「ふ、服を! 着てくださいっ!!!」

 先ほどと同じように、全裸だ。一糸まとわない姿のオスカーだ。

「……交代だな」

 本物のオスカーの手で目隠しをされる。


「だから! なんでっ!! お前らは!!! そうなるんだ!!!!!」

「ファイアアロー・シャワー」

 オスカーが唱えた声がして、それから木々が燃える臭いがした。あたりに熱気が舞いあがる。


「ジュリアの姿から変えさせたのは失策だったな」

「おまっ、自分の姿なのに容赦ないな?!」

「容赦する理由がないからな。……そろそろいいか」

 オスカーがそう言って、目隠しをしていた手を放してくれる。ドライアドがいる木を残してあたりが燃えている。アルラウネが咲いていたあたりは跡形もない。


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