36 止まらないケンカの後が恥ずかしすぎる
朝食をとりつつ、オスカーと今日の探索の相談をする。
「昨日見た限り、ここには植物系しかいなさそうだったな」
「そうですね。そういう指向性を持った場所だと思います」
「植物系で会話ができそうな上位種はドライアドとアルラウネか」
「ですね……、どちらも関わりたくないですが、他に手段は思いつかないから、探してみるのがいいですかね」
「ジュリアが関わりたくない魔物……?」
「驚くことですか? アルラウネは花の香りで他種族のオスを誘惑して、同種のメスを模していい思いをさせる代わりに魔力や生命力を吸って養分にする魔物ですよね? サキュバスと違って相手が干からびるまで吸いつくすから、かなりタチが悪いかと。
ドライアドの方がいくらかマシですが、こちらにも毒性をもって他種族を動けなくして養分にするタイプもいるので、なるべく避けたい魔物だと思います」
「言葉は通じるかもしれないが、捕食対象になる可能性が高いということか」
「はい。話せたところで利害が一致しない上に、幻惑系の能力はやっかいなので」
「確かにな。ジュリアは話ができる魔物に甘いのではなく、魔物でもヒトでも公平なだけか」
「そうですかね? 敵対しないで済むならヒトでも魔物でも敵対したくないけど、向こうが敵対するなら私は自分や自分の大事な人たちを守る、という感じでしょうか。
もしアルラウネが相手なら、あなたは離れていてくださいね?」
「ジュリアを一人で行かせたくはないからな。なるべくドライアドを探すか。いるのなら、にはなるが」
「そうですね。アルラウネの香りまでは防げないですが、他の魔物の花粉や胞子の効果を薄めるために、ハンカチを濡らして口にあてておきましょうか」
元いた真冬の中央魔法協会よりかなり暖かいからホットローブは脱いでおきたいけれど、彼にもらったものを置いていきたくはない。探索の邪魔にならないことを考えて、多少暑くても着ておくことにする。魔力を流さなければ生地の分の暑さだけだ。堪えられないほどではない。オスカーもそう判断したのか、同じように身につけている。
準備を整えて、オスカーが建物の魔法を解除する。外の世界に戻ると、彼が作ってくれていた壁にどれだけ守られていたのかを感じる。物理的にもそうだし、何より気持ちの安心感が大きかった。
(私もがんばらないと)
改めて気を引きしめたのに、彼のホウキに乗せられたとたんにへにゃっとなってしまう。オスカーには負担をかけて申し訳ないと思うけれど、守られる女の子として甘えさせてもらうのも幸せかもしれない。
全身の身体強化をかけてもらって、強化されている視力でヒト型の魔物を探していく。緑の絨毯の少し上、危険が少なそうなあたりを低空飛行していく。
「それぞれ違うというのはわかるのですが、だからあれが何っていうのは知識がなさすぎて難しいですね……」
「同じく、だな。ドライアドやアルラウネがヒト型の姿になっていれば見つけられるだろうが、葉などの形では区別がつかない」
しばらく探して、いったん休憩にする。オスカーがホウキを下ろしたのは、木陰がちょうどよさそうなエリアだ。キレイな大きな花が咲いている。
ひと息ついたのと同時に、甘いバニラのような香りが漂ってくる。
(おいしそう……)
なんだろうと思って深く吸いこむ。と、今まで感じたことがない怒りのようなものがお腹の底から湧き上がった感じがした。
(え、何? なんで……?)
「オスカーはひどいと思います」
そんなことを言いたくないのに、口をついて出てしまう。
「ジュリアには言われたくないのだが?」
オスカーが応戦してくる。チクリとするけれど、それよりもイラだちが強い。自分の言葉と感情のコントロールがつかない。
「いつも、いつも! 私をドキドキさせすぎです! 大好きすぎて心臓が止まりそうなんですよ?!」
「それをそのまま返したいんだが? ジュリアはもっと自分がカワイイ自覚をもつべきだ」
「私だってそのまま返したいです! あなたもどれだけカッコイイか、ちゃんと自覚してください」
「ジュリアは自分がどれだけ魅力的で誘惑的なのかがわかっていない」
「オスカーだって、すごくすごくすっごく魅力的で、誘惑的なんですからね!」
「わかっているのか? 自分がどれだけ手を出すのをガマンしてきたのか」
「それを言うなら私だって! 今朝も、あなたとキスしたかったんですよ?」
「すればいいだろう? キスだけならなんら問題ないはずだ」
「あなたが愛しすぎて、寝てるところに手を出しそうだったんですよ?」
「ジュリアのキスで目を覚ますならむしろ望むところだが。そういうところだ。健全な男として、押し倒したくならないわけがないだろう?」
「だって大好きなんだからしかたないじゃないですか。好きで好きで大好きで、私だっていつでもあなたを押し倒したいんですからね?」
(待って待って待って。私もオスカーも何を口走っているの?!)
おかしいのはわかっている。わかっているのに止まれない。なまじ自分は完全に本音なのがたちが悪い。
「ジュリアは男の欲求と衝動を甘く見すぎだ。実際に手を出さずに耐えるために、罪悪感を持ちつつもどれだけ妄想の中で抱いてきたかわかるか?」
「罪悪感なんて持たなくていいです。あなたが私を想像してくれるなんて嬉しいに決まってるじゃないですか。むしろ積極的に手伝いたいです。私だってあなたに触れたいんですよ? 触られたいし、触りたいです」
(待って待って待って! ほんとに待って!!)
それはそうなのだけど、言っていいことと悪いことがある。そんなことを臆面もなく口にしていいはずがないのだ。わかっているはずなのに口が滑り続けている。
「わかりましたか? むしろ私の方が、えっちなことを考えていて引かれるに決まっています」
「引くわけないだろう? そんなの嬉しいに決まっている。かわいくて、たまらなく愛しくて、ほんとうにどうしろというんだ!」
「私の方があなたのことを好きすぎて困っているんですからね!」
「おい待て。お前らはなんの話をしているんだ……」
知らない男の声がした。ひどく疲れたようでいてため息混じりだ。
「もういい。甘ったるすぎて聞くに耐えん」
あたりに漂っていたバニラのような香りが消えて、柑橘系の香りがした。
(あれ……?)
ふいに素にもどった感覚があった。ケンカをしたい感じはもうしない。と同時に、ものすごく恥ずかしくなる。何を口走ったかの記憶はしっかり残っている。
「きゃああああっっっっ!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっ! 全部忘れてください……っ」
「いや自分の方が……。ジュリアの記憶を消したい……」
オスカーも真っ赤になって頭を抱えている。
「あなたは別に……、その、聞けて嬉しいというか、気づかなくてごめんなさいというか……」
「気づかれたくなかったんだが……、本当にイヤではないのか? 知られたら嫌われてもしかたないと思っていたが」
「それは……、言い方はアレでしたが、気持ちとしてはさっき言ったとおりです……」
「むしろ積極的に手伝いたい?」
「嬉しいという方ですっ!! その、そっちも思わなくはないですが……、あの、前の時には触れたこともあって……」
「……ああ。前は奥さんだったのだものな」
「そうですね……。……ちょっと怒ってますか?」
「いや……、前の自分にものすごく嫉妬しているのと同時に、体は生娘なのに中身が元人妻というのはそそるな、と……」
「そそっ……」
なんてことを言うのか。恥ずかしすぎる。のに、どうにも嬉しさが大きい。




