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35 密室で二人きりの夜と朝のガマン

※いちゃいちゃ回。


 暑い場所で一日動き回って汗をかいていたのを忘れて、彼に密着してしまった。洗浄魔法をかけていないことを指摘されて気づいて、慌てて自分用のベッドに逃げ戻った。

 ものすごくやらかした自覚がある。彼はいい香りだと言ってくれたけれど、気を遣われたのだろう。恥ずかしすぎる。


 いい香りがするのはむしろ彼の方だ。他の何かに形容することができない、オスカーの匂いとしか言えない彼の香りが大好きだ。愛しいし、安心する。

 彼はむしろ自分の方だと言っていたけれど、気にする必要はまったくないと思う。


 暗くて、距離が離れた彼の表情はよく見えない。心配していたトラウマはもう大丈夫なのか、ただ心配をかけないように大丈夫だと言ってくれたのかも今はわからない。

 伺うように見ていると、ふいにオスカーが起き上がって、こっちに来てくれる。


「心配をかけたり、さみしい思いをさせたりしてすまなかった」

「え」

 ひざをついたオスカーに軽く抱きしめられ、首筋にキスが落ちる。

(ひゃんっ)

 ゾクッとするのと同時に、恥ずかしさもあって顔が熱い。


「待っ、私まだ洗ってもらってな……」

「ん。その前に少しだけ」

 つ……と首を舐めあげられ、体が甘くしびれる。

「らめっ、きれいにしてから……っ」

「ジュリアはいつでもきれいだが。洗ってからなら、どこまで触れていい?」

「どこまで……?」


(全部……)

 全部彼のものだ。頭の上からつま先の先まで、彼に触れられたくないところはない。そう思うけれど、今はそう言ってはいけない気がした。


「……失言だった。忘れてほしい」

「あ」

 オスカーが軽く離れる。考えるより先に彼の首に腕を回してキスをした。

「あなたが望むなら、どこでも……」

 ごくりと彼ののどが鳴った気がする。


「……けど、ここは……、世界の摂理の手の上だから」

「ああ……、そうだな」

「その、あなたが望むなら、とは思うのですが」

「……ジュリアの全てに触れたい」

(ひゃあああっっっ)

 耳に落ちる小さな声だけでドキドキが止まらない。身も心も期待に踊って、思考は簡単に負けてしまう。


「が……、それはここではないとは思っている」

 オスカーから、好きを伝えるような優しいキスをもらう。ひたいが重ねられて、視線が絡む。

「戻って籍を入れて、なんの憂いもなくなったら……、と思うのだが」

「はい」


 彼の言うとおり、それが一番だ。自分も彼に触れられたいし、彼の全てに触れたい。けれど、あと少しのガマンだと思う。

 世界の摂理との契約の書き換え自体は終わっている。自分がこの上ない幸せを感じたとしても、もうオスカーが危険にさらされることはない。結婚できない理由はもうないのだ。

 後は、帰って、普通の手順を踏むだけでいい。


「……そう思っているのに手を出しそうになるから、ジュリアが抵抗してくれると助かる」

「ん……」

 言葉の終わりと共に唇が重なる。もっと彼がほしいけれど、こういう時にこれ以上求めてはいけないということだろうか。離される唇を追いたい気持ちを抑えるのには、ガマンが必要そうだ。


「……抵抗、は、できないと思うのですが。一緒にガマンしますね……?」

 答えたら、情熱的なキスをもらった。愛しさに飲まれてもっとと求めたくなる。


(ガマン……)

 すると約束した。いつでももっと彼がほしいけれど、ここを出て一緒になれるまでは、ただ受け入れるだけでいられるようにがんばろうと思う。

 ゆっくりと息をついて離れる彼を追わないで、ただそっと頭を撫でる。大切そうにほほを寄せられるのも嬉しい。


「おやすみ、ジュリア」

「はい。おやすみなさい……?」

(あれ?)

 結局、洗浄の魔法をかけてもらっていない。

「あの……」

「ん……」

 オスカーがもう一度おやすみのキスをくれる。しっぽがあったら振りたいくらい嬉しいけれど、違う。


「すみません、あなたに体を洗ってもらえたらと……」

「洗……、……ああ、魔法で、か」

(きゃああっっっ)

 表現を間違えたのも恥ずかしいし、つい違う想像が浮かんだのも恥ずかしい。


(洗ってもらったこと……、あったわね……)

 前の時には夫婦だった。浴室でいちゃいちゃしていたこともある。遠い昔すぎて忘れていたけれど、そんな幸せな未来も遠くないと信じたい。


「オートマティック・ウォッシュ」

「ありがとうございます。あの……、本当に私の方は気にならなかったですか……?」

「ああ。言ったとおりだ。むしろ洗ってしまうのがもったいなかったな」

「もった……」

 なんてことを言うのか。やらかした恥ずかしさは薄れたけれど、違う恥ずかしさで、やっぱり恥ずかしい。


「……おやすみ」

「はい……、おやすみなさい……」

 何度目かになる言葉を交わす。何度くり返しても名残惜しい。軽く頭を撫でてくれてから、オスカーが向こうの寝床に戻った。


 やはり背を向ける態勢になったのは、その方が寝やすいのかもしれない。彼の顔を見られないのはさみしいけれど、自分もその方が眠れそうだ。

 毛布代わりにホットローブにくるまる。もう魔力を流せないからただのローブとしてしか使えないけれど、ここの気温なら十分だ。



 明るくなったのを感じて目を覚ます。オスカーはまだ寝ているようだ。仰向けの寝顔がよく見える。かわいい。

 服を整えてから、自分のベッドに腰掛けて彼をながめる。朝起きて最初に彼を見られるのが幸せだ。


(キス……、しちゃ、ダメよね……?)

 寝こみを襲うのはダメだと思うし、ガマンする約束もしたから、思うだけでガマンだ。


(どこまで……)

 昨夜の彼の言葉を思いだす。最後までしなければ触れてもらってもいいんじゃないかとも思うけれど、触れあってしまったら止まれる気がしない。もっとと思いながらガマンしている今の距離がちょうどいいのだろう。


(むしろ私はどこまで触っていいのかしら?)

 思って、朝からなんてことを考えているのかと一気に恥ずかしくなる。


「……ジュリア?」

「あ、おはようございます……」

「ああ。おはよう」

 顔が熱くて、まともに彼の方を見られない。ちらりと視線を向けると、オスカーもどこか気恥ずかしそうだ。かわいい。大好きと言って飛びつきたくなって、ぐっとこらえる。


「えっと……、朝食をとって今日の予定を話しますか……?」

「ああ、そうだな」

 昨日のうちに確保してあった食料を一緒に並べながら、触れたい気持ちにフタをしてガマンを重ねる。


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