33 大事にすると言われたら
オスカーのホウキに乗せてもらって、空からあたりを見る。視力強化がかかったままだ。それなりに広い範囲が見えてくる。
「見渡す限り、ほぼ緑だな」
「ですね。水辺と火山が少し。他はところどころ植生が変わってはいても、緑が主体なのは変わらなさそうです」
オスカーが注意深く、更に上へと飛んでいく。それでも特に景色は変わり映えしない。
「けっこう上がったけど、終わりが見えそうにないですね」
「ああ。もし終わりや海があるとしてもかなり遠いな」
「天井にも辿りついている感じはしませんね」
「上から見ればなんらかの記号や暗号がある、というわけでもなさそうだ」
本来の世界にこんな場所がありそうな気はしないし、かといって、攻略を前提としたダンジョンとも違う感じがする。
「ホウキで上がれるのはこのへんまでだな。水辺を拠点にする方向で降りても?」
「そうですね。お願いします」
川のほとりに降りて、改めてあたりを軽く散策する。
目に入るのは植物と植物系の魔物のみだ。移動する力はあまりない代わりに、眠らされたツタ植物や回転する木のように、テリトリーに入った相手を攻撃する手段を持つものが多い。
進む方向によく気をつければ、ある程度の安全は確保できそうだ。
トレントと呼ばれる動いて襲ってくる凶暴な木が繁った場所もあったが、生態系を気にしなくていいため、オスカーが燃やし尽くした。
(カッコイイ……!)
炎を操る彼はすごく絵になる。
いろいろなタイプの魔法を使える魔法使いにも、特に得意とする方向性がある。オスカーの得意属性は炎だ。この場所とは相性がいい。
得意属性は遺伝の影響が大きいと言われているが、魔法の素質と同じように遺伝によらないこともある。性格との関連を調べた研究もあったか。
(炎を得意とする魔法使いは情熱的、だったかしら)
全員にはあてはまらないし、信ぴょう性を疑う人もいるが、彼には当てはまっていると思う。表面的には落ちついて見えるけれど、心の奥は静かに燃えている。そんな感じも大好きだ。
自分の属性の水と雷は、水が涙もろい気分屋で、雷が一途でガンコだったか。
(そんなことないわよね……?)
ちょっとした遊びや話のネタくらいに思っておく方がいい話だろう。
あたりが暗くなってくる。太陽と日没はあるようだ。完全に暗くなる前にもう一度食事をとっておく。
「食料は確保できそうですが、何をすべきなのかはわからないので、夢に見ていた無限の洞窟と状況はそれほど変わらないですね」
「試せそうなことがあるだけマシと思うべきか」
「話ができる相手がいるといいのですが。相手が魔物の場合、人語を話せるような高等種以外とはもう話せないので、かなり限られそうですね」
「ジュリアのおかげで、いくらかの上級魔法を使えるようになってきているが。古代魔法はさすがにな」
「スピラさんも言っていましたが、あれは私が特殊なのかと思います」
そう言ったら、オスカーが小さく笑った。
「? どうかしましたか?」
「いや。ジュリアはずっと、自分は普通だと言っていただろう? ついにあきらめたのかと」
「ううっ、認めたくはないけど魔法については普通じゃなかったと認めざるをえないのかなと。もう過去形ですし、他は普通です」
「そうか?」
「他に何が普通じゃないんですか?」
ちょっとふくれながら言ったら、オスカーがフッと笑う。
「世界一かわいい」
「??!」
(ひゃああああっっっ)
不意打ちはずるい。頭の中がピンク色の花畑になって、返す言葉が見つからない。
オスカーにそっと抱きよせられる。
「今日はもう休んで、明日は対話できそうな相手を探してみるか。ダート・ウォール。アイアン・プリズン」
土の壁で四方を覆われたと思ったら、土壁ごと鉄の檻の中に入れられる。
天井は完全な鉄製で、壁は鉄の檻の隙間を土が埋めていて、鉄の檻が強度を足している感じか。明かりとりに何ヶ所か、土に窓のような隙間があいている。見た目を気にしなければ安全性が高い居住空間だ。
どちらも本来の使い方ではないのに、さらっと応用できる彼はすごいと思う。
「あなただって。ぜんぜん普通じゃないですよ?」
「そうか?」
「この使い方を見せたら魔法卿も驚くんじゃないですか?」
「ジュリアに鍛えられたからな」
一緒に笑って、どちらからともなくキスを交わす。こんな場所でも二人でいれば幸せだ。
「だいぶ魔力には余裕があるから、寝心地を優先してウォーターベッドにしてみるか」
「あ、できるようになりました?」
「一応、形はそれらしくなるんだが。水の中に落ちないようにするのと、適温にするのと、維持時間の調整が難しいな」
「上級魔法は上級魔法の難しさがあるけど、低級魔法の応用は違った難しさがありますよね」
「メテオの時に魔法卿が、呪文が短いほど難易度が上がると言っていたが。応用しようとするとその難しさを感じるな。ウォーター」
オスカーが水の魔法を唱えてベッドの形を出す。手をあててみると、ちゃぽんと中に入った。温度も低い。
「温水の表面に幕を張るイメージなのですが、それが呪文に反映されていないのが難しいですよね。補助呪文を作ってみますか?」
「そうだな。戦闘用ではないから、発動に時間がかかっても問題ないしな。リリース」
オスカーが一度水魔法を解いて、食事用に作ってあった土魔法の腰掛けに座る。隣に座って軽く重さを預けると、嬉しそうな笑みで肩を抱きよせられる。軽くすりよって甘えておく。やわらかく頭を撫でてくれるのが嬉しい。
「どれだけジュリアの魔法に頼っていたかを実感している」
「私もです。便利な使い方を見つけられると楽しくて、ついいろいろやっていたのですが。魔法を使えないのがこんなに不便だとは思いませんでした。慣れていかないと、ですね」
「……本当によかったのか?」
「魔法を差しだしたことですか? それはもちろん。代わりに安心してあなたといられるのだから、とても幸せです。あ、無事に帰れたら、ですが」
「そうだな……。必ず、ジュリアを無事に帰す」
「ダメですよ? 一緒じゃないと。あなたがいない世界で生きるのはもうイヤです」
「ん……」
オスカーに唇をすくわれる。愛しさを返すように応える。
「……補助呪文は考えておくとして、今夜は土のベッドでも?」
「それはもちろん……、ん……」
視線が絡んで、もう一度キスをもらう。何度か思いを重ねて、吐息の合間にオスカーがささやいた。
「……大事にする」
(ひゃあああっっっ……! それって、このままここでっていうことよね……?)
男性のその言葉はこれから手を出すという合図なはずだ。心臓の高鳴りが止まらない。
まだ社会的には早いけれど、一番の懸念はなくなっているのだから、受け入れてもいいだろう。何より自分が彼を求めている。
「おすかぁ……」
「ジュリア……」
キスを繰り返して、それから、オスカーが土魔法でほどよい高さの寝床を作った。
「ダート・ウォール」
唱えたのは二回だ。壁ぞい、離れた場所に二つのベッドができている。
(ん?)
「……おやすみ」
優しいキスを落として、オスカーがその片方に移動した。
(待って。大事にするって、そのままの意味……? 私が勝手に期待してたの??)
気づくと、ものすごく恥ずかしい。
「えっと……、おやすみなさい」
おずおずともう片方に移動する。恥ずかしすぎて彼の方を見られない。




