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29 彼がいつから思ってくれていたのかが想定外すぎる


「一度休むか。ダート・ウォール」

 オスカーが唱えて、洞窟の壁沿いに、座るのにちょうどいい高さの低い壁を足す。小さめの簡易ベットとしても使えそうだ。


「元々コントロールがよかったの、更に精度が上がっていますよね」

「そう見えるなら嬉しいな。ジュリアといて、固定観念が外れたのは大きいと思う」

 腰を下ろした彼の横にちょこんと座る。こぶしひとつぶんの距離は残しておいた。


(彼に触れられない一番の理由はなくなったけど、ここの問題を解決するのが先よね)

 なんの気負いも気兼ねもなく求めあえるのはここではない。戻って、結婚の話を進めた後だ。心の奥がうずうずしてしまうのを今は横に置いておく。


「情報を整理すると……、ここは世界の摂理によって飛ばされたどこか、おそらくはダンジョンスペースに似た空間だろうと思う。

 なんらかのゴールがあるものと思っていたが、今いるところは土と岩の壁があるだけの洞窟らしい」

「はい。わかりやすいギミックや分かれ道はなかったですものね」


「次にすべきは、隠れたギミックがあるかどうかを調べること、か」

「そうですね。あるかはわからないですが、他にできることがないので。

 ペルペトゥスさんのところだと、ボスモンスターを倒したら隠し通路が開くとか、プレートの謎解きをして合言葉を言ったら開くとか、正しいルートをたどらないと先に進めないとか、そういうのはあったのですが」


「モンスターもいなければ、見てわかる謎もなく、道の分岐すらなかったからな」

「まさかあのダンジョンが親切だったと思う日が来るとは思いませんでした……」

「それらをやった上で何も起きないという状況よりマシだと思うしかないか」

「ふふ。そうですね」


 一人だと嫌気がさしそうな状況なのに、オスカーがいてくれるだけで穏やかでいられる。彼は自分の精神安定剤だ。

 視線が絡むと、そっと唇がふれあうキスをもらった。それだけで幸福感が広がる。


「行こうか」

「はい」

 オスカーが視力と聴力の強化をかけてくれて、左右を分担して調べていく。

「うーん……、ただの土と岩ですよね」

「ああ。穴をあければ空間がありそうな音もしないな」

「これが普通の地下なら上に掘ればどこかには出られるのでしょうが」


「ダンジョンの場合は、上に行っても地上には出ないのだったか」

「そうですね。空間が隔絶されていて行き止まってしまうので」

「やっかいだな……」

「ここを世界の摂理のダンジョンだと仮定すると、ダンジョンマスターの望みに沿う以外に攻略法はないかと」

「その望みがろくでもない可能性しか浮かばないのが問題だな……」


 一周巡って座れる場所に戻ったが、これといって収穫はなかった。

「次は上と下か……」

「ですね」

 オスカーが浮遊魔法で飛んで洞窟の上を調べ、自分は注意深く下を調べていく。


「ひとつ、気になっていることがあるのだが」

「なんでしょう?」

「攻略には関係しないだろうが。ここに来てからそれなりに時間が経っているはずなのに、のども渇かなければ、空腹も感じない。それどころか疲労もない気がするのだが、ジュリアはどうだろうか」

「言われてみると、そうですね。ダンジョンにいてもお腹は空いたので、おかしい気がします」


「そういう場所だと規定されているとすればそれまでだが」

「……そうでない場合、ひとつ可能性があります」

「なんだ?」

「ここが精神だけの世界、たとえば夢の中だとすれば、どれだけ歩いても疲れなくて、のどがかわいたりお腹が空いたりもしないのかなって」


「夢……? ……ファイア」

「ちょっ、オスカー?!」

 夢かもとは言ったが、ちゅうちょなく自分の手を燃やすのはどうなのか。心臓が止まりそうだ。

「ヒール。ジュリアの仮説は正しいかもしれないな。ケガをしたように見えるのに、痛みはなかった」


「ちょっとほっぺをつねるとか、そういうことから確かめましょうね?! あなたの時々自分をないがしろにするところ、心臓に悪いです……」

「加減はしているから問題ないと思うが」

「程度の問題じゃなくて……」

 ふと思い立って、彼から預かっていた剣を手の甲にあてて横に引く。じわりと赤い血が線になる。


「ジュリア?! ヒール」

「ありがとうございます。……ね、程度の問題じゃないですよね?」

「すまない。気をつける」

「はい。約束ですよ? 今度こそ」

「ああ」

 身を挺して攻撃から守ってくれたのが三回、自分がいないところでケガをしていたこともあり、そして今回。程度はマシになっているけれど、もっと自分を大事にしてほしい。


「で、確かに痛みは感じなかったので、やっぱり意識だけの世界にいる気がしますね。同じ夢を見せるタイプの魔物の対処法で読んだことがあります」


「対処法がわかるのか?」

「はい。大きく二つあって。ひとつは、眠らされていない仲間が魔物を討伐して、外から起こすこと」

「今に限って言えばそれは不可能だろうな」

「そうですね。自分が夢にとらわれていて、救助も見込めない時には自分で覚めるしかなくて。そのためにはまず、夢の中で夢だと気づくこと」

「そこはクリアしたな」


「それから、夢の中で強い衝撃を受けること。精神的に、という意味ですが、体が衝撃を受けたと感じるのも衝撃なので、どちらでもいいようです」

「強い衝撃、か」

「ここが夢の中なのは九割以上間違いないと思いますが、絶対とは言いきれないので、生死をかけるようなのはナシですよ?」

「ああ……、ジュリアから釘を刺されたばかりだし、ジュリアがそうしたらと思うと生きた心地がしないからな。他の手段を考えよう」


 上下も全て調べたけれど、やはりギミックのようなものは見当たらず、先に空間がありそうな感じもなかった。今はいったん、目覚める方法を考えた方がいいだろう。起点になっている場所で並んで腰かけて、ひとつ息をつく。


「ナシとは言ったけど、体の損傷を伴わない衝撃って難しいですね……」

「ああ……、ろくでもないことしか浮かばない」

 言って、オスカーが頭を抱える。

「ろくでもないこと、ですか?」

「……言ったら幻滅される気がする」

「私が、あなたに?」

 まったく想像がつかない。


「……ここが精神だけの夢の中だとすれば、ジュリアを襲っても生娘のままだろう、と」

「おそっ……」

(ひゃああああっっっ)

 なんてことを思いついているのか。聞いただけで顔が熱い。


「……それは」

「すまない。忘れてくれ」

「いえ、……むしろ嬉しくて夢にとらわれてしまいそうだな、と」

 言葉にしたら恥ずかしくて、まともにオスカーの顔を見られない。反対側の地に視線を落としていると、少ししてからそっと肩を抱きよせられた。ドキッとして、軽くすりよって甘える。


(ううっ……、落ちついて、私。そんなこと期待しちゃダメ……)

 何をしても後に影響しない場所なら求めてしまってもいいのではないかと思う自分がいる。呪いはとけているのだから、もし夢でなかったとしても最大の問題は解決している。

 視線が絡んで、優しく触れるだけのキスが落ちる。


「……不思議だな。痛みはなかったのに、ジュリアに触れるのは心地いい」

「そう、ですね。体より心で感じることは残るのかなと」

 彼が触れてくれた唇に指先で触れる。それだけでとても愛おしい。


「心で、か。なら……、ここでは体ではなく気持ちがつながるのだろうか」

「……試してみますか?」

 彼を見つめると、つい本音がこぼれてしまう。次の瞬間には口がふさがれた。


「ん……」

 触れあうと熱くとろけて、心の奥まで溶かされてしまいそうだ。

(オスカー、好き。大好き……)

 もっとと自分からも求めて彼を感じる。ここがほんのいっときの夢だとすれば、本音をさらけだして彼を求めても許される気がしてくる。

 深く求めあうキスをくり返して、思いを伝えあう。何度も息をついでから、オスカーがひたいを重ねあわせて、長く熱い息をはいた。


「……ジュリアは、自分がいつからジュリアに惹かれていたと思う?」

「え……」

 考えたこともなかった。ずっと大事にされていたとは思うけれど、恋愛対象として好いてもらったのがいつだったのか。思いかえしてみるけれど、わからない。


「今のあなたが、ということですよね?」

「ああ、そうだな」

 そう聞いたところで、前の時に彼がいつから思ってくれていたのかも聞いたことはなかった。


「うーん……、去年のあなたの誕生日あたり、でしょうか……?」

 好きだと、つきあいたいと伝えたら、喜んでと答えてくれた。あの時に好かれていたのは間違いないだろう。

「不正解だ」

 オスカーがイタズラに成功した子どものように笑う。かわいい。


「え、じゃあ、あの時はまだ……?」

「待ってくれ。どうしてそうなる」

「え、なら、もっと前ですか?」

「ああ。……ジュリアが自分を、そんな人ではないと庇ってくれた時だ」

「え。それって……」


 一番最初ではないか。その後に詰所に連れて行かれて、視線や言葉を交わすよりも前のことだ。

(そのくらいなら影響しないはずって思っていたのに……)

 さすがにそれは想定外だ。ほぼ一目惚れではないか。嬉しいのと恥ずかしいのとが入り混ざって、顔が熱い。


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