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28 世界の摂理が望むのは絶望か


「ライティング」

 真っ暗な中で様子を知るために明かりの魔法を唱える。魔力の動きを感じないし、何も起きない。

「……ぁ」

 改めて、魔法使いではなくなったことを実感する。無意識に魔法に頼っていたことに気づいた。


「ライティング」

 オスカーの声がして明かりがともる。

「ケガはないか?」

「はい。ありがとうございます」

 オスカーも顔色はいい。どこかを痛めたりはしていないようだ。ホッと息をつく。


「洞窟……、あるいはダンジョンといった雰囲気だな」

「そうですね……」

 ごつごつとした岩と土の洞窟で、出口らしい場所は見あたらない。前にも後ろにも一本道が続いているだけだ。


「攻略してみせろ、ということだろうか」

「進むしかないのでしょうが……、すみません、完全に足手まといになりそうです」

 魔法使いでなくなった後にこんな場所に放りこまれる予定はなかったのだ。普通に生活するのには困らないけれど、ダンジョン攻略についていくのには邪魔だろう。


「いや……、アイアン・ソード」

 オスカーが小ぶりな鉄の剣を出し、差しだしてくる。

「これを。ある程度の相手なら斬り伏せられるだけの訓練はしてきただろう?」

「あ……」

 魔法協会に入って彼とトレーニングをするようになって一年半以上。仕事にトレーニングが含まれなくなってからも、朝夕などの時間がある時には一緒に訓練をしてきた。ただの魔法使いよりはずっと体ができているはずだ。


「何があっても自分が守るから安心していい、と言いたいところだが。ジュリアはただ守られるだけをよしとはしないだろう?」

「はい。ありがとうございます」

 さすがオスカーだ。こんな時なのに大好きがあふれる。彼の剣を受けとるだけで、なんとかできそうな気がしてくるから不思議だ。


「必要がある時にはジュリアにも身体強化や防御魔法をかけて援護する。二人でここを出て、みんなのところに帰ろう」

「はい!」

 半歩前を行くオスカーの背が力強い。遠い昔に追いかけていた憧れの背中を思いだす。自分はきっと、この位置が好きなのだ。彼より前を走るのではなくて、横並びに近いほんの少し後ろを追いかけるのが。


 しばらく進んでも、狭くなったり広くなったり、ゆるやかに曲がったり、少し登ったり降りたりする以外に変化はない。広がっている場所もホウキで飛べるほどの広さはないから、歩くしかなさそうだ。


「今のところは平和だが、何が起きるか見当がつかないからな……、なるべく魔力を温存しながらいければと思う」

「そうですね。飲み水は魔法で出せるとはいえ、もし確保できるならそれに越したことはないですし、食料も探さないとですね」

「本当のサバイバルだな」


「魔物食も任せてください。ペルペトゥスさんのダンジョンに長年もぐっていたので、大体の食べ方はわかります」

「ああ。心強い」

 彼が笑ってくれるだけで、だいぶ気分が軽くなる。現実的には楽観的な要素は何もないのに、二人でいれば大丈夫な気がする。


「……魂のつがい、だったか」

「世界の摂理が言っていたことですか?」

「ああ」

「失礼な話ですよね。あなたがあなただから、私はあなたが大好きなのに」

「ジュリアがそう言ってくれるのはすごく嬉しいし、自分もジュリアだからと思っている。が、それも悪くないと思う」


「魂のつがいと言われることが、ですか?」

「ああ。なんというか……、ジュリアを独り占めしていいと太鼓判を押されたような気がする」

「ふふ。なら、私もあなたを独り占めできますね」

 そう言って一歩前に出て見上げると、オスカーが少し驚いてから笑った。あたりに危険がないのを確かめてから、ひたいにキスが落とされる。嬉しい。


「その後の条件にはかなり驚いたが……」

「ほんと、ひどい話ですよね」

「スピラがかばってくれたのは意外だったな」

「ふふ。根はいい人ですよ、スピラさん」

「ああ。ジュリアが思っていたように、女性だったら何も問題はなかったな」

「ううっ、その節はご迷惑をおかけしました……」

 何年も一緒にいたのに、当時はスピラが男性である可能性をみじんも感じていなかったのだ。自分の落ち度でしかない。


「ルーカスはさすがといったところか」

「ですね。あんな交渉のしかたは思いつきませんでした」

「それで解決できたと思ったのだが。相手が悪かったと思うべきか……」

「レジナルドさんが、言葉が通じるからといって同じだとは思うなって言った時にはすごく拒否感があって気持ち悪かったのですが、世界の摂理についてはその通りだなって思いました……」

「ああ。ジュリアといて、魔物とは要望をすりあわせられることもあるのがわかったが。アレは別格だったな……」


「魔物は望みがシンプルでわかりやすいので、言葉さえ通じれば気がいいことが多いのですが。世界の摂理は何を考えているのか、何を望んでいるのかがさっぱりです……」

「近いとすればペルペトゥスだろうか」

「ペルペトゥスさんですか?」

 似ている印象はなくて首をかしげる。ペルペトゥスは前の時も今も親切だ。


「暇だからスピラの誘いに乗って協力していると言っていただろう? 自分が愉快なら、ダンジョンでスピラが死にかけたという話もあまり気にしていないようだった。

 ペルペトゥスがジュリアによくしているのはたまたまジュリアがペルペトゥスの欲求を満たしているからに過ぎないのだろうと思う。出会い方や立場が違えば、世界の摂理と似たようなことを言ってもおかしくないだろう。

 圧倒的上位者であり、決定権がある上に暇を持て余している、という点が共通しているのだろうな」


「うーん……、私が前の時も今もペルペトゥスさんの暇つぶしとしてちょうどよかったというのは確かにそのとおりだと思いますが。なんの交換条件もなく魔核をくれたので、やっぱりぜんぜん違う気がします」

「ん。ジュリアにとってペルペトゥスは与えてくれた友人で、世界の摂理、ムンドゥスは一方的に奪っていく存在なのだろうな」

「あ、その表現がしっくりきます。……ほんと、私が何をしたのって言いたいです」


「そうだな……。強大な魔物は自然災害と同じだと言われることがあるが、世界の摂理も自然災害なのかもしれない。こちらに落ち度があるかないかは関係ない、時に理不尽な、超越した存在だと感じた」

「前の時に、物語に語られる神でもあり悪魔でもあると言っていました。どちらも存在の側面でしかないのだと」

「恩恵を受ければ神、損害を受ければ悪魔だと、人が意味づけているということだろうか。だとすれば自分たちにとっては悪魔に他ならないな……」


「絶対に勝てない最悪の敵じゃないですか……」

 ため息がでる。

「……ああ。本当に最悪かもしれない」

「オスカー?」

「どことなく見覚えがある感じが続くようになっている」

「え。でも、最初からずっと一本道で、迷うような場所はなかったですよね?」

「何か印を残して先に進んでみようか」


 言って、オスカーがそのへんの小石を拾い、スタートラインを引くように横に一列に並べた。その線をまたいで先に進んでいく。

 今のところ敵対生物に出会っていないのはいいことかもしれないけれど、逆に、なんの生き物にも出会っていないのが不安要素でもある。水も光もなく、ただ同じような道が続くばかりだ。


 しばらくして、オスカーが深く息をついた。

「ジュリアに同意だ。世界の摂理はペルペトゥスと比べるのも失礼なほど、意地が悪い」

「オスカー?」

 彼が誰かを悪く言うのを聞くのは初めてだ。彼を見上げてから彼の視線の先を追って、言葉の意味を理解した。

 さっき並べた石の前に戻っている。


「完全にループしていますね。何もない場所を」

「ああ。一周するのに一時間ほどといったところか」

「ペルペトゥスさんのダンジョンは、来られるものなら来てみろっていう意思があったように思います。むしろ無理難題を乗りこえて奥まで来るのを待っているような感じでした。けれど、これは……」


「攻略を前提としていない空間な気がするな。望むのは絶望か……?」

 ゾワッとした。

 世界の摂理はいったいどこまで自分たちをもてあそべば気が済むのだろうか。


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