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26 世界の摂理との契約破棄交渉


 セイントデイの翌日、執務室で魔法卿に会うと、いつにも増して上機嫌だった。昨日はソフィアとゆっくりできたのだろう。

 その様子にルーカスが目を細めて、近くに行って声をかける。


「魔法卿、今、ちょっといい?」

「なんだ?」

「年内に処理した方がよさそうなことの振り分けはひととおり終わったと思う」

「そうか。ソフィアが抜けたぶんをそれ以上に埋めてもらったからな、助かった」

「どういたしまして。で、お願いがあるんだけど」


「なんだ? 早めの休暇ならとっていいぞ。元々お前たちが俺の指揮下にいるのは名目だけだからな」

「あはは。それにしてはここしばらくは確かによく働いたね。そこもお言葉に甘えるとして、中央魔法協会の中で行ってみたい場所があって」

「どこだ?」


「ここの魔力開花術式の部屋って、原初の魔法使いが設置したもので、歴史的な価値の観点から今は封鎖されてるんでしょ?」

「ああ。もう古いからな。修繕にも限度があるから、立ち入りが制限されているな」

「実はぼくら、原初の魔法使いの大ファンなんだ。一度でいいから入らせてもらいたいなって」

「かまわんだろうが、中のものには触るんじゃないぞ」

「うん。それはもちろん」


「許可状を出そう。お前らだけか?」

「ぼくら三人と、スピラさんとペルペトゥスさんの、いつもの五人で行けたらいいんだけど」

「そういえば最近その二人を見ないな」

「ちょっと用事で中央を離れてるんだけど、そろそろ戻ってくるんじゃないかな」

「そうか。あいつらは魔法協会の所属じゃないからな。お前らより少し面倒だが、まあかまわんだろう。一筆書いてやるから、関係者のところにはお前らが自分で持っていけ」

「うん、それで十分だよ。ありがとう」


 魔法卿のサイン入りのメモをルーカスが預かる。

(さすがルーカスさん……!)

 どうやってお願いしようかと考えていた問題が一瞬で解決した。三人で魔法卿の部屋を出てハイタッチをする。

「じゃあ、接近禁止の約束の一ヶ月より少し早いけど、スピラさんを呼び戻そうか」

「はい。みんなで行きましょう」


 スピラにルーカスから連絡を入れる。それから、場所を管理している部署と調整して、年末年始の休みの直前に入らせてもらえることになった。

 魔法卿の庭の集会エリアでスピラとペルペトゥスと合流する。


「うわあああんっっっ、ジュリアちゃんだあぁぁぁっっ! 会いたかったよぉぉぉっっっ」

 飛びつこうとしてきたスピラをオスカーが捕まえた。

「ジュリアの半径一メートル以内に入るな」

「ケチ!」

「ケチで結構」


「オスカーくんばっかりジュリアちゃんとイチャイチャしてさ、ずるいよね」

「婚約者の特権だ。文句を言われる筋合いはない」

 再会したとたんにバチバチだ。頭を抱えたい。


「はいはい。これから魔法協会の中に入るから、特にスピラさんは目立たないようにね」

「うん。私の場合は敵陣みたいなものだもんね」

「ペルペトゥスさんは特徴を残してないし、正体を言ったところで普通は信じないだろうから大丈夫だろうけど、スピラさんは難しいところだから」

「スピラさんには敵対する意思がないのに、それでも問題になるのはどうかと思いますが」


「うん。ぼくは賛成だけど、そう思わない人類の方が多いだろうからね。ジュリアちゃんが魔法卿になって、ダークエルフの保護条例とか作っちゃえば変わるかもしれないけど」

「うーん……、権力で強制するんじゃなくて、意識を変えていくのにいい方法があるといいのですが」

「もうほんと、ジュリアちゃん大好き」

 なぜそうなるのか、再び飛びつこうとしたスピラがオスカーに抑えられてじたばたしている。


「世界の摂理のことが落ちついたらゆっくり考えましょうか」

「放っておいてもこいつは図太く生きそうだがな」

「そりゃあね、今は生きる目的があるから簡単には死なないよ」

「今は、ですか?」

「うん。もちろん……」

「約束の時間に遅れると入れてもらえなくなるかもしれないから、もう行こっか」


 スピラが何かを言いかけたのをルーカスが制して、みんなで絨毯じゅうたんに乗って中央魔法協会に向かった。

 魔法卿の許可は絶大だ。担当者から丁寧に迎えられ、普段は施錠されていて入れない古代の魔力開花術式の部屋に通される。


「カギをお預けするので、出られたら受付に返却してください」

「ありがとうございます」

「ぼくが預かっておこうか?」

「お願いします」

 ルーカスの申し出を断る理由はない。部屋のカギをルーカスに渡しておく。担当者が戻ったのを確認してから、内側からドアを閉めた。


「古いだけで、作りはホワイトヒルの魔力開花術式の部屋と変わらないんですね」

「ああ。ここが全ての場所のモデルなんだろうな」

「ペルペトゥスさん、ここで扉を開けばいいんですか?」

「うむ。合言葉は他と変わらぬ」

「だと……、アド・アストラ・ペル・アスペラ」


 呪文を唱えると、魔法陣が描かれている床に扉が浮かびあがり、地下へと続く道が開かれた。他の祭壇と変わらない作りのようだ。

 階段を降りた先も、特に変わり映えはない。今までに六カ所回った、慣れた雰囲気だ。


「祈り方も変わらぬ」

「わかりました」

 みんなの髪を木箱に収めて祭壇に乗せ、呪文を唱える。全員もう慣れていて手際がいい。

「ウェーリターティス・シンプレクス・オーラーティオー・エスト」

 声をそろえて唱えると、祭壇が光り輝いた。

(いよいよ、ね……)


 心臓が跳ねる。期待と不安と過去の恐怖が入り混ざって手が震える。オスカーがぎゅっと手をにぎってくれた。

(大丈夫……。きっと、大丈夫)

 あの時のように、わけもわからずに彼を失うことはないはずだ。決して離さないようにと彼の手を握りかえす。


「……あれ?」

 光が収まっても特に変わった様子はない。

「失敗、でしょうか……?」

 これだけがんばってきたのに、拍子抜けもいいところだ。


「ふむ。ムンドゥスは気まぐれ故に。手順を踏んでも確実に会えるとは限らぬと初めに言っておいたと思うが」

「ちょっ、ペルペトゥス、それはないんじゃない? どうにかならないの?」

「なんだ、スピラは解決せぬ方が都合がよかろうに」

「それは確かに、ジュリアちゃんがオスカーくんと一緒にいられないのが確定したらどんなにいいかとは思うよ?」

(っ……)


「けど……、って、うわ、ごめん、泣かないで、ジュリアちゃん……。確かにそうも思うけど、でも、私はジュリアちゃんが笑っていられる方がいいから。ね? 他の手段を探すなら手伝うし、もう一度祭壇めぐりをするならつきあうよ?」


『何やつだ、騒々しい……』

 男性とも女性ともつかない、ここにいる誰のものでもない声がどこからともなく響いた。エコーがかかっているような不思議な音だ。

「ムンドゥス?!」

 スピラが驚きの声をあげる。

「世界の摂理……」

 それは確かに、遠い昔に自分が聞いたのと同じ声だ。


『ふむ……、我が眠りを妨げたのは、ダークエルフの子にヒトの子……、懐かしきドラゴンの子か』

 声はするが姿はない。前もそうだったから、そういうものだと理解しておく。


「あの、世界の摂理……、ムンドゥスさん。お願いがあって会いに来ました」

『我に願うか、ヒトの子よ。言うてみよ』

「原初の魔法使いグレース・ヘイリーとの契約を無効にしてください」

『ふむ。我に魔物に対抗する力を願ったヒトの子との契約か。構わぬ』

「本当ですか?!」

 それは難しいだろうと言われていたから、あっさりと飲んでもらえて驚いた。


『それはつまりヒトの世界に魔法がもたらされなかった場合の結末に、全てが書きかえられるということ。異存ないか?』

「え……」


「ちょっと待って。書きかえられるっていうのは、ぼくらの世代が魔法を使えなくなるだけじゃなくて、さかのぼってずっと魔法がなかったことになるっていうこと?」

 ルーカスが珍しく慌てたように問いかけた。

『しかり。対価を伴う契約の対価を、我はもらい受けておらぬ。しからば、契約を白紙に戻すというのは、あの時代から先の歴史を書きかえることに他ならぬ』


 スピラが目をまたたく。

「待って、ムンドゥス。その場合の未来だと、ヒトはあの時代の魔物に勝てないよね? ほとんど滅びちゃうんじゃないの?」

『かもしれぬ。やってみぬとわからぬが』

「そうなったらジュリアちゃんがこの世界に産まれない可能性まで出てくるよね? それはダメだよ」

「うん。それはダメだね」

「話のスケールが大きすぎるな……」


「じゃあ、私の呪いはどうしようもないんですね……」

 止まっていた涙が、さっきよりも勢いを増してあふれ出る。


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