25 二年目のセイント・デイデート
外から見えない馬車の中は二人きりの密室だ。
求めあう深いキスを繰り返した後、吐息まじりのささやきが落ちた。
「……あまり化粧が落ちないようにと思うのと同時に、ジュリアの化粧を落としたいのだから矛盾しているな」
「お化粧、ない方がいいですか?」
「いや……、あまりに似合っていてかわいいから、他の男に見せたくないだけだ」
「ふふ。あなた以外にはそんなに見られてないと思いますよ?」
「どうだかな……」
苦笑混じりにつぶやいたオスカーが、そっと頬を寄せてくる。柔らかく応えて彼の耳に口づけると、耳へのキスが返される。
「ふあっ……」
つい声がこぼれて、次の瞬間には再び口を塞がれる。熱を絡ませながら、背に彼の指先が這うのを感じる。触れ合うこと以外考えられなくなりそうだ。
「……手を出さないように、と、思って来たのに、ジュリアといると自制がきかなくなる」
「あなたに触れられるの、すごく……、すき、です……」
抱きよせられて脚の上に乗せられる。
「よこしまなのに……?」
「ん……。嬉しい、し……、私も……、すごく、あなたがほしいんですよ?」
「……馬車が着いても出られなくなりそうだ」
ディープキスに溶かされながら、指先でオスカーを撫でる。どこまでしていいかをさぐるように優しく触れられ、もっとと求めるように身をよじってしまう。服が崩れないように気を遣われているのがもどかしい。
「……けっこん、したら……、いっぱい、愛してくださいね……?」
「ん……。必ず」
今はまだ最後まで触れあうことはできないけれど、彼と思いを重ねていられるのが何より幸せだ。
馬車がいつまでも目的地に着かなければいいのにと願いたくなる。
観劇の後、再び馬車に乗った。オープンタイプだと手を繋ぐくらいしかできないのが、安心でもあって残念でもある。
感想を話しながら夕食の店に向かう。オスカーが行ってみたい店があるとのことで、彼が予約をとってくれた。
「冒険活劇でも恋愛の要素も強かったですね」
「恋人の日だからだろうか」
「あとはディナーだけだなんて。一日があっという間でしたね」
「そうだな……。いろいろと落ちついたら、こんな休日を増やしたいな」
「ふふ。そうですね」
ほんの少しだけすりよって甘える。人目がないタイミングを見計らうようにして、軽く唇を触れ合わせてくれたのが嬉しい。
「ディナーはどんなお店なんですか?」
「ああ。中央で一番……、世界でも数本の指に入る店だと聞いた」
「え、よくセイント・デイに予約が取れましたね」
「会員制の店で、会員しか予約を入れられないから、埋まりきることは少ないらしい」
「レジナルドさんに連れて行かれたデザートのお店と同じようなしくみなんですね。会員になったんですか?」
あのての店は年会費も相当だと聞く。魔法使いの給与なら出せなくはないだろうけれど、他にできることを考えるともったいない気がする。
「いや……、今の立場では紹介があっても審査を通らないからな。魔法卿の奥方に予約をとってもらった」
「なるほど。ソフィアさんなら会員権を持っていそうですものね」
一般には場所が知られていない、王族や上流貴族の来客に対応できるレベルの店なのだろう。魔法卿やその家族なら立場としては十分だ。魔法協会の中で会員権を買えるのは、冠位三位くらいまでではないかと思う。
「あの、ちなみにディナーのお値段は……」
聞くのは野暮かとも思ったけれど、店に着く前に尋ねておく。なぜか王侯貴族や魔法卿との付きあいがあるが、自分の家は貴族としては末席だ。お金に余裕はあるものの、普段の生活はそこそこ裕福な市民層と変わらない。
「年に数度なら来られるくらいの価格帯だから気にしなくていい。もしジュリアが落ちつかないなら、パーティ口座からでも」
「そうしましょう! 予定外の収入が残っていますし、それなら気兼ねなく食べられます」
「わかった」
「冒険者協会に預けている臨時収入をこういう時のぜいたくにあてられるのはいいですね」
「ああ。去年のセイント・デイもそうだったな」
馬車が一度止まり、大きな門に付属している魔石式の魔道具で連絡を取った後、よく手入れがされている前庭に入っていく。門からは建物が見えない広さだ。
馬車が停まった場所は、上流貴族の館のように見える。店らしい看板はない。オスカーにエスコートしてもらって降りると、執事服の年配男性からうやうやしく頭を下げられた。
「魔法卿の奥方に予約を入れてもらった、オスカー・ウォードだ」
「ウォード様とお連れ様ですね。お待ちしておりました」
フットマンの服に身を包んだ男性が奥へと案内してくれる。オスカーのエスコートでついていく。店内の装飾は王宮の中にいるかのように洗練されていて美しい。
「キャンディスさんのところの王宮もきれいだったけど、また少し違ったおもむきでステキですね」
「ああ。向こうは寒さ対策に重点が置かれている感じがあったからな」
少し廊下を歩いて、広い個室に通された。完全なプライベート空間になっているようだ。部屋に対してテーブルが小さめなのは、二人の距離が離れすぎないように配慮されている感じがする。
席につくと、閉じられていた重厚なカーテンが開かれる。現れたのはキラキラと輝く庭だ。
「すごい、きれい……」
「魔道具の明かりを使ったイルミネーションだそうだ。この時期限定だと聞いている」
「こんな世界があるんですね。びっくりです」
それなりに世界を見てきたつもりだったけれど、知らなかった世界だ。
飲み物とコース料理が出され、部屋付きのメイドがこと細かに世話をしてくれる。キャンディスやソフィアのところでもてなされる時に似ているが、料理の美しさや味わいは更に上に感じられる。
(完全に二人きりにはされないのが、今はいいわね)
すごくいい雰囲気でありつつ、食事をそっちのけでいちゃいちゃしそうにはならない。空間と料理を存分に楽しめる感じだ。
「……あなたとこうしていられるのが、とても幸せです」
「ああ。自分もだ」
飲み物のグラスを軽く傾けて笑みを交わす。時を重ねれば重ねるほどに大好きが増えていく。
オスカーと手を離すのが惜しくて、遅くまで散歩につきあってもらった。それでもやっぱり離れがたくて、同じ家に帰れるようになりたいと思う。
(あとちょっと……)
ここまできたら、なんとしてでも世界の摂理の呪いをなんとかしたい。




