22 予定外のお泊まりの翌朝
(ここは……?)
見覚えがあるような、ないような場所で目を覚ました。テントの中のようだ。あたりは明るい。昨日の服のまま、着替えた形跡はない。
(どこだったかしら)
昨日の夜はオスカーとドラゴンたちに会って、その後、空間転移を唱えたところまでは覚えている。
テントから外に出てみて、すぐに場所を理解した。
「秘密基地のオスカーエリア……」
しばらく来ていなかったから懐かしい。
「目が覚めたか。おはよう」
「あ、おはようございます」
彼の声がして振りかえる。オスカーがハンモックから降りてくる。
(昨日の服のまま……)
彼は少し眠そうに見える。かわいい。
「そろそろ起こそうかと思っていたところだ」
「えっと……、もしかして、私、空間転移の場所を間違えました……?」
「ああ。ホワイトヒルの近くに飛ばされたから、ここで休ませた」
「すみません……」
申し訳なさすぎて顔から火を吹きそうだ。
「いや。ジュリアの空間転移に頼りすぎていたからな。連れて帰れず申し訳ない」
「それは、ぜんぜん。ここからだと中央は遠すぎますものね」
「頼りきりで悪いと思うのだが、早めに帰った方がいいと思う」
「そうですね。透明化をかけて外に出て、魔法卿の庭の拠点まで空間転移で帰りましょう」
まだ朝方の早い時間のようだ。今戻れば、夜のうちに戻っていたと言うことができるだろう。
オスカーと手をつないで拠点の自室に戻り、透明化をとく。
「……ジュリアの部屋か」
「集会エリアの方がよかったですか? あんまり早くにあっちにいるのもどうかなって」
「いや……、すぐに戻れば問題ないだろう」
そう言いつつオスカーが出口に足を向ける。名残惜しくて、つないだ手を離せないでいると、彼が小さく息をついた。
(ちょっと迷惑をかけすぎよね……)
あわてて手を離そうとしたら、今度はオスカーが離してくれない。手を引かれて力強い胸に抱かれる。
(ひゃああっっ)
「……イヤなら抵抗してほしい」
熱を帯びた音でささやかれれる。心臓が飛び出しそうだ。思ったのと同時に唇が重なる。
「ん……」
イヤなはずがない。彼の首に腕を回して、自分からも彼を求めていく。何度かフレンチキスをくり返して、それからキスが深くなる。たくさんの大好きを伝えるように応えて、もっとと求める。
昨夜は疲れて眠ってしまい、彼のホウキに乗った以上には触れあえなかった。オスカーが足りないし、もし彼も同じように欲してくれているなら嬉しい。
するりと背を撫でられるだけで、もっとふれあいたい気持ちが止まらなくなりそうだ。彼のえり元に指先をすべらせる。直接触れると、それまでにも増して愛しさがあふれる。
「おすかぁ……、すき……、だいすき……」
息をつぐ間に伝えると、小さなうなずきと共に首筋にキスが落ち、喰まれて吸われる。お返しにと彼の耳を喰む。
「っ、ジュリア……」
服の留め具に彼の手がかかる。
と、ドアがノックされる音がして、二人同時にハッとして距離をとった。
「……すみません、朝から」
「いや、自分こそ……」
「ルーカスさんですかね? そろそろ朝食を用意した方がいい時間でしょうか」
パタパタと手であおいで熱を冷ましながらドアを開けにいく。
「おはようございま……?」
「おはよう、ジュリア……?」
まさかのレジナルドだ。朝から顔を見るとは思わなかった。驚きに固まってしまう。
「今朝は余裕があるため朝食に誘いに来たのだが……、婚前に男を泊めたのか? ハレンチな!!!」
「はい?」
唐突に激怒されたけれど、意味がわからない。
オスカーが前に出て、後ろ手に庇われる。
(あ、朝から一緒にいるから、泊めたと思われたのかしら?)
「婚約者だが? 何か問題が?」
どことなく挑発するような、勝ちほこったような調子だ。
(時々そういうところがあるわよね)
前の時には知らなかった彼の一面だ。かわいい。
「問題しかなかろう。そういうことは手順を踏むべきだ」
「そういうこととはどういうことだろうか」
「え」
オスカーが腰に手を回してきて、抱きよせられ、軽く唇が触れあう。
「こういうことか?」
(ひゃあああっっっ)
ものすごく恥ずかしいのに、すごくドキドキする。
「なっ、私のものに手を出すとはいい度胸だ」
「いまだかつて一度もジュリアがお前のものになったことはないだろう? そもそも彼女はものではない」
「あの。誰の、ということなら、私はオスカーのものですよ? 身も心も」
「ハレンチな!!! そんな軽い女だとは思わなかったぞ!」
「え」
何がどう軽いのかがわからない。
「はいはい、朝からどうしたの」
「あ、ルーカスさん。おはようございます」
騒ぎが聞こえたのだろうか。ルーカスが自分の建物から出てくる。
「んー、おはよう。あれ、二人とも服が昨日の夜のままだね?」
「あ……」
納得した。レジナルドが泊めただの泊めていないだのと言いだしたのは、服を変えないままオスカーがこっちの部屋にいたからか。
「あと、ジュリアちゃん、しばらくはえりをちゃんと閉じておきなね」
「えり、ですか……?」
えりは服によって少し開きぎみだったり、しっかり閉じていたりするが、ルーカスはそういうことをうるさく言うタイプではなかったはずだ。
オスカーが赤くなって片手で半分顔を隠す。
「……すまない。調子に乗った」
やはりよくわからなくて首をかしげる。それから、ハッとした。さっき吸われた時にキスマークがついたのかもしれない。
(そんな状況ならレジナルドさんじゃなくてもかんちがいするわ……)
「ま、婚約者だし、オスカーは責任をとる気しかないだろうし、なんの問題もないけどね」
「婚前交渉などありえん! 例え婚約していても、だ!」
「あの、レジナルドさん? 何も……、とまでは言えないけど、してないですよ……?」
「当然、そう言うだろうな。状況が何よりの証拠だというのに」
「もし、していたとしても関係ないだろう?」
「ちょっ、オスカー?!」
「うん。レジナルドさんには一切関係ないことだよね。親でも彼氏でもないんだから」
「ルーカスさん?!」
「幻滅したとでもいうならむしろ都合がいい。金輪際、他人の婚約者に手を出すのはやめるんだな」
オスカーが言って、もう一度キスをされる。事態を収拾しないといけないと頭ではわかっているのに何も考えられない。
「……で、どこまで見せれば気が済むんだ?」
今日のオスカーは挑発的な気がする。
レジナルドがわなわなと震えて、「もういい」とだけ言い置いて母屋の方へ飛んでいった。
「あはは。レジナルドさん、完全に感情を処理できなくなってたね」
「あれであきらめてくれるといいんだが」
「あきらめさせるために、わざと、ですか?」
「三分の一くらいはそうだな」
「残りは?」
「イラッとしたから見せつけたかったのが一割、ジュリアと続きがしたいのが半分以上だ」
「つづっ……」
なんということを言うのか。顔が熱すぎて手でおおってしまう。
「あはは。君たちのことだからレジナルドさんが言うようなことはなかったんだろうね。とりあえず着替えておいで。朝食はぼくが用意しておくから」
「すみません……、ありがとうございます」
(オスカーがすぐに戻れば問題ないだろうって言っていたの、レジナルドさんみたいなかんちがいをされるからよね……)
集会エリアを選ぶべきだったと思うけれど、結果はそれほど変わらなかった気もする。




