21 [オスカー] 夜の外出
「こんにちは。遅い時間にすみません」
ゆっくりと降りていく途中でジュリアが声をかけた。木々の奥がざわめいて、三体のグリーンドラゴンが近づいてくる。そのうちの一体は少し小さめの個体だ。
『あんたたち二人かい?』
「はい。昨日はお騒がせしてすみませんでした」
『いいよ、大したことは起きなかったしね』
『たすけてくれてありがとう』
小さい方は戦った子どものようだ。話に答えてくれたのは母親だろう。
「いや、騒がせたのは自分たちの方だからな。深追いせず見逃してもらったことに感謝する」
『本当に、なんだったんだかね』
ジュリアが事情を説明すると、母親の方が豪快に笑った。
『なんだい、男ってのはドラゴンだろうがヒトだろうがバカなんだねえ』
『おとうさん、コカトリスたおしたって』
コカトリスは猛毒を持つ魔物だ。カラーズのドラゴンと同じくらいの大きさで、ニワトリの頭とヘビの尾、ドラゴンの翼という姿だったか。ドラゴンの方が丈夫だろうが、毒のぶんだけコカトリスの方が危険な印象がある。
付きそってきたもう一体が照れくさそうに見えるから、この一体が父親なのだろう。
『バカだろう? プロポーズのために危険を冒すなんて。カッコイイからじゃなくて、放っておけなくて一緒になったんだよ』
「そうだったんですね」
ジュリアが目を細める。放っておけなくてという言葉にどことなく愛情を感じる。父親の方はレジナルドの襲撃の時にちょうどここを離れていて、後から知ったのだそうだ。
お詫びとして持ってきたレインボーヘンの卵を降ろした。
「孵らない卵なので、新鮮なうちにみなさんで食べてください」
『あらあら、いいのに』
『おいしそう』
「ゆでたまごにした方が生より食べやすいでしょうか」
『ゆでたまご?』
「はい。生のたまごはこぼれやすいけど、ゆでるとこぼれないかなって。ひとつ試してみますか?」
子ドラゴンが目を輝かせてうなずく。
(だいぶ帰りが遅くならないか……?)
そうすぐにゆであがるものではないだろう。
「アイアン・プリズン。ホット・ウォーター。ファイア」
ジュリアが調理用に改造した鉄の檻を出して、中にお湯を出す。そこにたまごをひとつ入れて、下から炎で加熱する。
「少しお待ちくださいね」
『魔法ってのは戦う以外にも使うんだねえ』
「そうですね。私は生活魔法の方が好きです」
「ああ。戦う以外に使われるのが一般的になるといいな」
魔法協会では初期の魔法の練習用にいくつかの生活魔法を習うだけで、魔法のランクが上がれば上がるほど戦闘魔法に特化していく印象だ。街を守るためには必要なのだろうが、いつか誰も戦わなくていい世界になるといいと思う。
話しながらゆであがりを待っていると、何事かとドラゴンたちが集まってくる。十を少し超えるくらいだ。カラーズの群れとしては標準的だろうか。
ゆでたまごの話が回ると、口々に食べてみたいと言う。ジュリアが広めに場所をあけさせ、魔法で出した器具も大きくして、ドラゴンの数だけゆで始める。
(平和だな……)
ヒトとカラーズのドラゴンが談笑している世界を見せてくれるのは彼女だけだろう。もし彼女が魔法卿になったら世界はもっと穏やかになると思う。彼女は多忙になることを望まないから、そんな未来はないだろうが。
「このくらいでしょうか。アイアン・プリズン。ウォーター。フローティン・エア」
ジュリアが冷やすための器と水を用意して、最初にゆではじめたひとつを水に入れて冷やす。浮遊魔法で取りだして、身体強化を手にかけてカラを割った。
「ちょうどよさそうですね」
鶏卵の白身にあたるところは白く、黄身にあたるところはカラフルなマーブル模様にゆであがっている。
「どうぞ」
『いつものたまごとぜんぜんちがうね。いただきます』
最初に食べたいと言った子どもに差しだすと、その子はパクッと半分食べて、すぐに目をかがやかせて残りを口に入れた。軽くのどにつまったのか、どんどんと胸を叩いて飲みこむ。
『っ……、なにこれおいしい!!!』
『ほう』
『次はオレだ』
『私が先に』
「みなさんのぶんをゆでているので、順番にお出ししますね。冷やすところまではやるので、カラは自分でむいてください」
「手伝おう」
一緒に魔法でたまごを引きあげて、あたたまった水を冷たいものと入れ替えながら、なんとか全員に配り終える。
『これはうまい』
『カラ付きもバリバリした食感でいいぞ』
『生の方が好きだが、たまにはこれもいい』
『いやゆでたまごの方がうまいぞ』
あっという間に食べきったドラゴンたちが、やいのやいのと盛りあがる。
『残りも何個かゆでていってくれないか?』
「すみません、今日はもう遅いので。そのうちまた持ってきますね」
『そいつは楽しみだね』
『ヒトの魔法は便利だな。あんたここに住まないか?』
「ふふ。ゆでたまご係ですか? それも楽しそうですが、たまに来るくらいにしますね」
『そうかい。残念だね』
ドラゴンたちに別れを告げ、ジュリアをホウキに乗せて魔物の領域を離れる。長く見送ってくれるのは嬉しいが、空間転移のタイミングが難しい。だいぶ夜がふけてきていて、腕の中のジュリアがうつらうつらし始めている。
「大丈夫か?」
「ふぇ? あ、はい。すみません……?」
「……ジュリア。空間転移で近くまで飛ばしてもらえれば、少し寝てもらってかまわない」
もうドラゴンたちからは見えないだろう。
「わかりました……。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
呪文と共にあたりの景色が変わる。暗い中で、遠くにわずかな明かりが見える。城壁の松明だろう。町もほとんど寝静まっているようだ。
「……ん?」
見覚えがある景色だが、見覚えがありすぎる。
「ジュリア。ここはメメント王国ではなく、ホワイトヒルの近くな気がするのだが……」
返事はない。こてんと頭を預けられる。かわいい。
(寝ぼけて間違えたか……)
帰ろうとして慣れている場所を思い浮かべたとしたらありえる話だ。
(どうしたものか……)
ここから普通のホウキの速さでメメント王国に向かうのは現実的ではない。何日もかかる旅程だ。ジュリアの空間転移で近くまで行けるようになるのを待つのがいいだろう。だとすると問題なのは、朝までどこでどう過ごすかだ。
(本当に連れ去る形になったな……)
あの時は、世界一カッコイイとか最高にカッコイイとか言われて気が昂っていた。二人きりになれればどこでもよかったのだが、ドラゴンに会いに行ったのは想定外で、おかげでだいぶ落ちついた。部屋の前まで送りとどけたら問題なく寝られるだろうと思っていた。
宿には泊まれない。記録が残るのはまずいからだ。ペルペトゥスのために用意したダンジョンスペースと、彼女の実家の庭の秘密基地で迷って、行く時の難易度は高いけれど、寝られる場所もある秘密基地に向かうことにした。
クルス家は完全に灯りが消えて寝静まっている。
(悪いことをしている気分だな……)
理由はどうあれ、深夜に婚約者の実家の庭に忍びこんでいるのだ。それも、眠ってしまった彼女を連れて。見つかったら言い訳のしようがない。
「秘密基地へようこそ」
小声で、今となっては懐かしい合言葉を唱える。以前と変わらない様子で秘密基地の扉が開く。急いで中に入ってすぐに閉めた。
ひとつ息をつく。彼女が目を覚ましそうな様子はない。なんとも幸せそうな寝顔だ。
(……無防備な)
これほど求めているのに、手を出されないと信頼されているのが複雑だ。横抱きで抱きあげて階段を降りていく。
休ませられる場所はいくつかある。共有エリアのソファ、ルーカスエリアの休憩場所、自分のエリアのテント内とハンモック。
少し考えて、自分のエリアのテント内に彼女を寝かせて、自分はハンモックで休むことにする。近くにいられるけれどちゃんと隔てられるのがいい。
テントの中に置いた寝袋の上に降ろしていく。
「んう……、おすかぁ……」
「ああ、気がつい……?!」
半分抱いたままの状態から押し倒されて上に乗られた。
(ちょっ、待っ……)
「だいすき……」
抱きついたまますりよられる。理性の糸が切れた気がした。
「ジュリア。自分も……」
大切に抱きしめて彼女の頬にふれる。
が、完全に寝ているらしい。
「寝ぼけただけ、か……?」
(待ってくれ……、これは……、どうしろと……?)




