20 夜の外出
夕食を終えて庭の拠点に戻ろうとすると、オスカーにホウキに乗せられた。レジナルドが渋い顔になったものの、前ほどの険しさはなく、どことなく納得しているような気がする。
浮かびあがるのと同時に、耳にオスカーの吐息が落ちた。
(ひゃんっ)
彼にそんなつもりはないのだろうけれど、暖かさにドキリとする。心臓がうるさい。
「……このままジュリアを連れ去りたい」
ぽつりと、小さなつぶやきが耳をくすぐる。
(ひゃあああっっっ、全力で連れ去られたい……っ!!!)
「ちょっと遠出して散歩してくれば? まあ、庭でも今夜は攻撃されないと思うけど、一度そういうことがあると落ちつかないでしょ?」
距離的にオスカーの言葉は聞こえていないはずなのに、ルーカスがそんなことを言ってきた。
「そうだな……、いいか?」
「はい。喜んで」
振り向いて見上げて答え、甘えるように彼に身をよせる。オスカーがひとつ息を飲んだ。
魔法卿の家の庭を飛び越えて、オスカーがホウキを飛ばしていく。
「行きたいところは?」
「あなたと一緒ならどこへでも」
「このまま夜の空中散歩というのもいいだろうが」
「ふふ。そうですね」
体が熱を持ちそうになるのを、冷たい風が少し落ちつけてくれる気がする。
「……あ、ひとつ、行きたい場所がありました」
「どこだ?」
「グリーンドラゴンたちにお詫びに行きたいです」
「そうだったな」
「少し街を離れてからの空間転移、昼よりは気づかれにくいと思うので、このまま向かってもいいですか?」
「ああ。もう少し飛んで、人のいないあたりに降りればいいか?」
「ありがとうございます。何かお土産があった方がいいですよね?」
「イエロードラゴンは卵がいいと言っていたな」
「カラーズはそんなに生態が変わらないはずなので、卵でよさそうですね。魔鳥の卵はすぐには難しいでしょうが、一般的な鶏卵ならまだ買えるところもあるでしょうか」
「そうだな……、朝の市場というイメージだが、頼めばゆずってもらえる店もあると思う」
「確かに時間が悪いですよね。こんな時間に開いているのは、お酒のお店と冒険者協会くらいですかね」
魔法使いが働く魔法協会は定時が早いし、定時より早く閉めることもある。夕食の後の時間には絶対に開いていない。
が、冒険者協会は、夜遅く戻ってくる冒険者たちのためにだいたいどこも遅くまで開いている。職員は一般人だから交代要員が多く、シフトを組みやすいというのもあるようだ。
「冒険者協会というのはいいかもしれないな。魔鳥やその卵の納品がないか聞いてみて、なければ飲み屋に頼んでみるのがいいだろうか」
「あ、そうですね。そうしましょう」
街が見えてきたところでオスカーがホウキの高度を下げる。首都の隣街にあたるだろうか。そこそこ大きい。
冒険者協会があるエリアには飲み屋も多く、街の中でも特に明るい場所を目指せば間違いない。
オスカーと手をつないで冒険者協会に入る。
(ううっ、お酒くさい……)
夜の冒険者協会は初めてだ。どこも中の作りはあまり変わらないが、昼に来るよりもいっそうガラが悪い気がする。
「おいおいおい、女連れで遊びに来るところじゃねーぞ? 色男が」
入ってすぐにヤジが飛んだ。前にもこんなことがあった気がする。
「……アイシクル・アロー」
相手をいちべつして、鼻先をかすめるように氷の矢を放つ。男の眼前を通って壁に刺さった矢で、あたりの空気が凍った。オスカーからも驚いたように呼ばれる。
「ジュリア?」
「こういう場所では実力で黙らせた方が早いことを学習したので。いいですよ? 私に文句があるなら模擬戦をしましょう。ケガをさせてしまったら、魔法で治せばいいですよね?」
母やルーカスを見習って、こういう時は笑顔だ。
「魔法使いか」
最初に声をあげた男はそうつぶやいただけで視線をそらす。あたりを見渡すと、目が合う人がみんな首を横に振った。
静かになったところで受付に行く。
「ミラクルボンドのお二人ですね。登録を確認しました。あ、Sランク冒険者のパーティと行動を共にしていたんですね。その時の報告を加味して、パーティランクがAマイナスからAに更新されています」
「あ、そうなんですね」
受付の声がよく響いた。静まっていた冒険者たちがさっきまでとは違ったざわつき方をする。
「あの若さでAランクだと?!」
「ウソだろ……」
「魔法使いってのはすさまじいな……」
受付のお姉さんがにっこり笑った。
(わざと聞こえるように言ってくれたのかしら?)
さっきの攻撃魔法に加えて、今の情報があれば、もう妙なちょっかいをかけられることはないだろう。
今日の用件を尋ねられてオスカーが答える。
「もし納品されているものの中にあれば、譲ってもらいたいものがあるのだが」
「ご入用なものはなんですか?」
「魔鳥か、魔鳥の卵があるなら」
「魔鳥の種類は問いませんか?」
「ああ。指定はない」
「お調べしますね」
受付嬢が帳簿をめくっていく。
「こちらの支部で今お出しできる魔鳥か魔鳥の卵に関するアイテムは、サイレントバードの喉笛、ストーンバードの羽根、レインボーヘンの無精卵ですね。
種類や部位を指定してもらえれば他支部からの取りよせや、納品依頼を出すことも可能です。どうしますか?」
「レインボーヘンの無精卵って、どうやってわかっているんですか?」
「通常の鶏卵と同じですよ。それなりに需要があるので、生産者がいて、時々入荷するんです。
用途としては滋養強壮や魔力回復の魔法薬の材料の他に、魔鳥の卵を好んで食べる魔物、バジリスクなどスネーク系ですかね、をおびき出したり、気をそらせたりするためのアイテムとしても買われる方がいます」
「それがいいです。今、あるだけください」
「あるだけ、ですか? 少々お待ちください」
イエロードラゴンの時に貢物としてそういうものがあるといいと思っていた、まさにその通りのものがすでに存在しているらしい。ドラゴン用としては知られていないようだけれど、今回のお詫びにはちょうどいいだろう。
「お待たせしました。ひとつ五〇〇グラムくらいで、今こちらにあるのは二十個です。あるだけでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
冒険者協会のパーティ口座の残金から決済する。アイスドラゴンの卵探しの時の予算がまるごと残っているから余裕だ。
鶏卵の十倍くらいの大きさの、七色のマーブル模様の卵がケースに入れられたまま運ばれてくる。
「フローティン・エア。スパイダー・ネット」
全部合わせても十キロくらいだからそのままでも運べるけれど、魔法で浮かせて魔法の網で包んだ方が運びやすい。
「ありがとうございます。そのうちまた買いに来るかもしれません」
「こちらこそ、ありがとうございました。安定して入荷するわけではないのですが、入荷がある時にはお伝えしますか?」
「あ、立ちよった時にお願いできると助かります」
「わかりました」
必要になったらここの支部に来て聞いてみようと思う。
冒険者協会を出てホウキを出そうとしたら、もう一度オスカーが乗せてくれた。ドキドキしながら甘えておく。
街から離れてから高度を下げ、目撃されない場所で空間転移で移動する。
「オムニ・コムニカチオ」
グリーン・ドラゴンたちの巣があった場所の上に出て、自分とオスカーに翻訳魔法をかけた。




