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19 二人から結婚を提案される


 レジナルドに連れだされたのが先週ではなく、次の日が休みの昨日で本当によかった。一晩休んでも気持ちはまだぐったりしている。

 拠点の集会エリアでオスカーとルーカスと朝食をとる。


「結局、ジュリアちゃんは三人の魔法卿と戦ったことになるんだね」

「ほんとどうしてそんなことになったのでしょう……」

 心底頭を抱えたい。


「どうだった?」

「戦ってみて、ですか?」

 オスカーに聞かれて、それぞれとの戦闘を思いだしていく。


「当代は私としてではなく山のヌシとして狼藉を止めたので……、自由に魔法を使えたのはやりやすかったですね。強かったですよ。最初に相手が油断してなかったらどうなっていたかわからないです。

 先々代のラシャドさんは、今から思えば若手に胸を貸すくらいのつもりだったと思うので。不意打ちで魔法を封じたので、勝った感じではないですね。


 レジナルドさんは、私と戦うつもりはない状態だったので。無詠唱魔法によって攻撃元がわからない状態にして一方的に攻撃をしていたから、ちゃんと戦ってはいないのかなと。グリーンドラゴン三体と戦って余裕がありそうだったので、面と向かうとかなり強いのではないでしょうか。

 ラシャドさん以外のお二人と渡りあえたのは向こうが知らない古代魔法によるところが大きいから、別に私が魔法卿たちより強いということではないのかなと」


「いや、強いだろう」

「あはは。完膚なきまでにジュリアちゃんの方が上だと思うよ」

「え」

「そもそも使える魔法の幅が違いすぎるし、スピラやユエルに聞かなければ正確にはわからないが、魔力量もジュリアの方がはるかに多いのではないかと思う」

「そうそう。それに、古代魔法によるところっていうのも、ジュリアちゃんの実力だからね」


「うーん……、私としてはチートをしている気しかしないので。現代魔法に限定するか、私が使える魔法の手の内を明かして戦ったら、戦略的な部分で負ける気がするんですよね」

「ジュリア。そもそも、自分の手の内を明かして戦う魔法使いはいないからな? 自分も、魔法使いとしてだけでなく剣術も鍛えている魔法剣士だと名乗って戦闘を始めることはないだろう? それは全員共通の前提だ」

「……そう言われると、そんな気もします」


「相手が知らない魔法をジュリアちゃんが使うのと同じように、ジュリアちゃんが知らない魔法を相手が使うことだってできていいわけだからね。知っている魔法の種類やその応用力で勝っているっていうのは、完全に魔法使いとして格上でしょ?」

「反論の余地がない気がしてきました……」


「どんな背景があろうと、魔法卿三代をねじ伏せたというのが事実だろう」

「ね。ジュリアちゃんはそのあたり、もう少し自覚してもいいと思うよ?」

「ううっ……、どんどん普通から遠ざかっている気がします……」

「あはは。魔法の面はあきらめなね」


 食べつつ今日の予定を相談していると、屋敷の使用人から予定の打診が来た。ソフィアとの個人的なお茶と、夕食はみんなでどうかとのことだ。

「ソフィアさんは喜んで。夕食は……、お断りは……」

 やんわりと聞いてみたら、懇願されるような顔になる。毎度のことだ。


「……わかりました。ただし、席は元に戻してほしいです。私はオスカーとルーカスさんの間で。もしレジナルドさんの隣にされていたらその時点で帰ります」

 希望は伝えると言って使用人が戻っていく。ため息がでる。


「惚れ薬が切れた後も執着されるのは想定外でした……」

「ないといいなと思っていた可能性のひとつだったんだけど、見事に尾を引いてるね」

「まったく、どいつもこいつも……。他人の婚約者に手を出さないなんていう、最低限の良識がある男はいないのか?」

「あはは。いるんじゃない? そういう人は言わないからわからないだけで」

 そう言ったルーカスは満面の笑みで、オスカーは微妙な顔になった。


「もういっそ、形だけでも先に結婚しちゃえば? ちょっかいがゼロにはならなくてもだいぶ減るんじゃない?」

「……本当に形だけで、式も挙げなければ危なくないような気はしますが」

「ジュリアがいいなら自分は構わない」


「ま、レジナルドさんがこのへんにいるのはもうそんなに長くないだろうから。他にも何かあったらくらいでいいと思うよ」

 ルーカスが、平和的にレジナルドをここから遠ざけるための手を打ったのは、惚れ薬事件の前だった。もうそんなに長くないと言うなら順調なのだろう。



 ソフィアとのお茶会の時間まで三人でゆっくり過ごした。お茶会には一人でお呼ばれだ。オスカーたちは男性二人で遊びに行ってくるらしい。そういう時間も必要だろう。

 お茶とお菓子が並んでから人払いがされる。


「昨日は大変だったわね」

「すみません、ソフィアさんを巻きこんでしまって」

「あら、ふふ。私は楽しかったわよ? エーブラムは連れて行ってくれないようなところばかりだったもの。

 けど、ジュリアちゃんは大変だったでしょう? あのレジナルドさんの横暴を止めたのですものね」


 ドキッとする。

(ソフィアさんはどこまで気づいているのかしら……?)

 止めに入って防御壁を張ったところまではみんなが知っていることだ。今の表現だと、それを指しているともとれる。

(まあ、ソフィアさんは私が山のヌシを演じて当代の魔法卿を倒したことも知っているから、全部知られたところでたいして変わらないわね)

 知った上で内緒にしてくれているから、今回も信じるしかない。


「……そうですね。レジナルドさんに執着されていることには、正直困っています。嫌われているよりはマシだと思いたいのですが」

「ふふ。そうね。歳の差も大きいし、あの人がジュリアちゃんに惚れこんだのは意外ね」

(これもどこまで気づいているのかしら……)

 原因は、事故でスピラの惚れ薬を飲ませてしまったことだ。ソフィアも同じ体験をしている。内心冷や汗をかきながら話を進める。


「あきらめてもらう方法はないでしょうか」

「オスカーくんと結婚すれば、あきらめるタイプだと思うわよ?」

「今朝ルーカスさんからも、結婚しちゃえば? って言われました……」

「ふふ。それが一番早いものね」

「婚約だと弱いんですかね……」


「そうね。予約済の札がついて店頭に並んでいるのと、もう店頭にないくらいの差かしら。前者は交渉次第っていう気になる人もいるんじゃない?」

「なるほど……。ありがとうございます。ちょっと考えておきます」

 ルーカスもソフィアもそれがいいというなら、レジナルド対策としては一番いい方法なのだろう。


 今朝のルーカス案ならできなくはない。けれど、そんな形でオスカーを巻きこんで形だけの結婚をするのは、あまりいい気はしない。

 式だけでなく、本当に一緒になることもできない前提なのだ。オスカーがいいと言っていても、オスカーに悪いと思う。


(結婚するなら、ちゃんと解決してから……、たくさん迷惑をかけたぶん以上に、オスカーを幸せにできる時がいいわ)

 他に手段がなくて仕方ない場合もあるかもしれないけれど、今はもう少し、ルーカスを信じて待とうと思う。



 夕食の席は希望通り、オスカーとルーカスの間に戻してもらえた。

 レジナルドは正面だ。どことなく元気がないように見える。

「昨日は……、みっともないところを見せたな」

「そうですね」

 レジナルドの言葉を肯定したらみんな固まり、レジナルドはこの世の終わりのような顔になった。


 つい、ため気がこぼれる。

「わかっていますか? 私がカッコ悪いと思っているのは、ドラゴンに勝てなかったことではないです」

「……どういうことだ?」

 心底わからない様子でレジナルドが言葉をしぼりだす。

「相手の領域に一方的に踏みこんで、元々戦闘の意思がない相手を攻撃するようなことは、とてもカッコ悪いと思います」


 レジナルドが眉をしかめて、食前酒をあおる。

「なら、何がカッコイイんだ?」

「そんなの決まってるじゃないですか。オスカーです。オスカーが世界一カッコイイです!」

 何をわかりきったことを聞いてくるのだろうと思いながらキッパリ答えたら、レジナルドのみけんのシワが深くなった。


「私が聞きたいのはそういうことじゃない」

「え。なら、どういうことですか?」

「具体的にどんなところかを聞きたいんじゃない? レジナルドさんにもできる範囲でね」

 ルーカスが言葉を添えてくれるとわかりやすい。レジナルドとの会話には通訳が必要な気がする。


「うーん……、今回の件にしぼって言うなら、私を守ってくれたのは最高にカッコイイですよね?」

 そう言うと、レジナルドがハッとした顔になる。わかりやすく伝わったなら何よりだ。


「それに、戦わないでほしいっていう私の気持ちをくんで、私を守る戦いはしても相手を傷つける戦いはしないでくれたので。そういうところもすごくカッコイイです」

「守る戦いか……」

 レジナルドが吟味するようにあごに手をあてる。イヤな予感がした。


「あの、一応もう一度言っておくと、戦う気がない相手に戦いをしかけた時点でカッコ悪いですからね?」

「それだと、しかけられるのを祈るしかないではないか」

「そんなことを祈らないでください……」

 どうにも本末転倒な気がする。


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