18 先代魔法卿の戦いを止める
オスカーの言葉に甘えて、彼のホウキに乗せてもらう。ドキドキしてむしろ集中できない気もするけれど、今は意識を前に向ける。
先代魔法卿レジナルド・チェンバレンと三体のグリーンドラゴンの戦いは、どちらも手を緩めるつもりがなさそうだ。
「あまり近づきすぎないで、絨毯の方に戻ろうにもうまく戦闘を回避して戻れないといった感じで飛んでもらっていいですか?」
「了解した」
彼のコントロールはいい。めんどうな注文を難なくこなしてくれる。
(ゴッデス・プロテクション)
まずはドラゴンたちに上級防御魔法をかける。これで簡単には倒されないはずだ。
無詠唱の古代魔法を唱えてあるから、自分が魔法を使っていることは魔法卿たちにはバレないだろう。
「っ……! これで通らないのか?!」
これまで通っていた攻撃でダメージが入らなくなり、レジナルドが困惑する。
(フィト・ウィア・ウィー。ヴァイン・ウィップ)
魔法強化の古代魔法をかけて、木々の合間から太いつる植物を伸ばす。通常はかなり細いものだ。同じ魔法には見えないだろう。
つるをコントロールして、レジナルドとドラゴンたちへと向かわせる。
「っ! なんだ?! 新手の魔物か??! 見たことがないぞ?!」
(グロウ・プランツ。ウインド・プリズン・ノンマジック)
レジナルドとドラゴンたちの間に距離ができたところで、落ちてもケガをしないようにレジナルドの下の木々を成長させて緑のクッションを用意してから、プリズン系の中で一番自然に近くてわかりにくい風の檻で広めにレジナルドをおおって魔法を封じる。
「??!」
つるとドラゴンに意識を向けていたレジナルドのホウキが急に飛ばなくなり、落下した。
「今のうちにドラゴンたちと話ができる距離へ」
「わかった」
オスカーがドラゴンたちの方へとホウキを向ける。
「あの一体がいいです。不審に思われないように、ほぼ絨毯の方へ抜ける感じで」
「了解だ」
ドラゴンに声が届く距離になったところで急いで言葉をかける。さっきかけた魔物との会話魔法はまだ有効だ。
「騒がせてしまって本当にごめんなさい! あの人を回収して、なるべく早くここを立ち去るので、見逃してください。今度絶対にお詫びに来ます」
『ドラゴン語……?』
「下で子どもが心配していると、お母さんドラゴンに伝えてもらえますか?」
『……必要ない。私だ。私は巣や子どもたちを守らないといけない』
「はい。私も、あの人を止めてみなさんを守りたいです」
『ヒトの子なのに……?』
「今回は明らかにこちらが悪いので。本当にごめんなさい。他の仲間にも伝えてもらえると助かります」
話せたのはそこまでだ。これ以上は見ている周りから違和感を持たれるだろうというタイミングで、オスカーがうまくドラゴンのそばを離れてくれる。さすがだ。
(リリース。グラビティ・マニュピレーション)
レジナルドをおおっていた魔法封じの風の檻を解除して、立つのがやっとなくらいの重力魔法をかける。あたりの重力を変えるのではなく相手にそう感じさせるタイプの魔法で、あまり知られていない上級魔法だ。
「ぐっ……っ! なんだこれは……。今日はいったいどうなってるんだ?!」
「ヒュージ・ボイス」
オスカーのホウキがみんなの絨毯と合流したところで、あえて声に出して拡声魔法を唱えた。
「レジナルドさん、大丈夫ですか? 調子が悪そうですし、今日はもう帰りませんか?」
少しして、拡声魔法の声が返ってくる。重力がかかったままの、どこか辛そうな声だ。
「……戦いをやめるわけにはいかない。私が矛を収めたところで、ドラゴンが手心を加えてはくれないだろう」
「どうでしょう? レジナルドさんが落ちた時点で、あまり戦う気はなさそうですよ?」
ドラゴンたちは何やら話しあうそぶりがあって、それからこちらの様子を伺っている。完全に戦闘体勢を解除したわけではないけれど、こちらがしかけなければ襲ってはこない感じだ。
「……先ほどから謎の現象に見舞われている。急に魔法が使えなくなったり、ほとんど動けないほどに体が重くなったりといった状態だ」
(そういう魔法をかけたので、そうでしょうね)
「この場所が原因かもしれん。今日は戦闘を離脱する。師匠、エーブラム、ドラゴンが追ってきたら援護してほしい」
「おう。任せろ、師匠」
「ひゃっひゃっひゃ、珍しいこともあるもんぢゃ」
オスカーと一緒に絨毯に戻ると、ルーカスが絨毯を操縦してレジナルドをピックアップした。
(リリース)
ドラゴンたちからいくらか離れてから、レジナルドにかけた重力魔法を解除する。
「……やはりあの場所のせいか? 離れたらなんともなくなったな」
「おけがはありませんか?」
「ああ。かすり傷だ」
強がりではなく、本当にかすり傷だ。落ちた時に軽く葉っぱで切ったような小傷がいくらかあるように見える。
「治しておきますね。ヒール」
「……ジュリアはケガはないのか?」
「オスカーがしっかり守ってくれたので」
「そうか。……お前は?」
レジナルドがどこか不服そうにしながらもオスカーに尋ねる。
「問題ない。無傷だ。装備がいいからな」
「そういえば、朝から気になっていた。その服はドワーフどもの、それもかなり上級の職人によるものじゃないか?」
「ああ。そのとおりだ」
「本当か?! あいつらは仕事を選ぶので有名なんだぞ?! 実際、私が魔法卿時代に依頼を出そうとした時も断られている。どうやって注文を飲ませたんだ?!」
(レジナルドさんは断られそうね……)
ものすごく上からいって、ひんしゅくを買ったのだろう様子が目に浮かぶ。
「縁があってとしか言えないが。ドワーフは気のいい種族だと思う」
「ね。オスカーだけじゃなくて、ぼくとジュリアちゃんのもあるよ。ジュリアちゃんのはとびっきりかわいいやつ」
「ちょっ、ルーカスさん?!」
思い出させないでほしい。絶対領域と言われて、腿を露出するようなハレンチなデザインで作られた服だ。少なくとも自分の趣味だとは思われたくない。
「ああ、あれはかわいいな。他の男には絶対に見せたくないが」
「あはは。ジュリアちゃんも外で着たがらないし、宝の持ち腐れだよね」
「……いろいろな意味で、うらやましいことこの上ない」
「いいでしょ? レジナルドさんもいい装備ほしいんじゃない?」
「当然だ。ドワーフ装備は男のロマンだからな」
(ん?)
どこかで聞いたようなセリフだ。オスカーが少しだけレジナルドに仲間意識を抱いたように見えた。




