17 必要のない戦い
惚れ薬の効果は切れているはずなのに、その記憶が残っていることにより、レジナルドは自分を好きだと思い込んでいるようだ。
「……そうなんですね。だと、みんな一緒ではあるけれど、デートコースという認識でいいのでしょうか」
「他に何がある?」
「ですよね……」
いろいろズレているところはあるけれど、一番キレイだと思う景色のところに連れて行って、一番おいしいと思っている高級店をはしごしたわけだから、好意ではあるのだろう。
「ちなみに次の目的地は……」
「そろそろ着く」
(やっぱり教えてくれないんですね……)
サプライズこそ至高とでも思っていそうだ。それを喜ぶタイプの人もいるのだろうけれど、興味があるかを事前に聞いてほしい人もいることを念頭に置いてもらいたい。
(今日一日はあきらめて連れまわされるしかないのかしら)
絨毯は常緑樹が並ぶ山岳地帯に入っていく。奥に行くほどに木々が大きくなり、次第に魔物の姿が増えてくる。
「師匠、この辺は魔物のエリアじゃないか? デートで来るようなところではないよな?」
「わかっていないな、エーブラム。己らが一番得意とすることはなんだ?」
「魔法だな。戦闘に特化した」
「そうだ。つまり最もカッコイイ己を見せられるのはここなんだ」
「……魔物狩り、ですか?」
食べたり素材にしたりするために必要ならうなずけるが、レジナルドの理由には反対だ。ましてや、今は相手の領域に乗りこんでいるこちらに非がある。
「そのあたりのちんけな魔法使いどもと一緒にするんじゃない。レベルが低い魔物を狩って見せたところでなんのおもしろみもないだろう?」
「?」
「アイシクルアロー・シャワー」
レジナルドが唐突に上級攻撃魔法を唱えた。大木の間に無数の氷の矢が降りそそぐ。木々がざわめいて、小型の魔物たちが逃げまどう。同時に、乗っている絨毯よりもずっと大きな姿が数体飛びあがってきた。
「グリーンドラゴン!」
カラーズのドラゴンだ。エディフィス王国のイエロードラゴンと姿がよく似ている。
「坊主、運転を代われ」
レジナルドがルーカスに絨毯の操縦を押しつけ、ホウキに乗って前に出る。
「さあ、ドラゴン狩りの時間だ。師匠もエーブラムも手を出すなよ」
心の奥がザワッとして、すごく気持ち悪い。
「やめてくださいっ」
呼びかけてもレジナルドから反応はない。襲いかかってくる敵の相手をすることしか頭になさそうだ。
「ダメだ、ジュリア・クルス。ここで師匠が戦いをやめたところで、ドラゴンたちはこちらを襲ってくる」
「そうぢゃのう。こっちを守りながら余裕でカラーズ三体の相手をしておるのはさすがに才能ぢゃわい」
「っ……」
当代と先々代の言うとおりだ。けれど、腑に落ちない。ただ生きていただけの相手の領域をいたずらに踏み荒らすのを、なぜ誰も止めようとしないのか。
「まず一体め、とどめだ!」
「フライ」
短縮詠唱でホウキを出して間に飛びこむ。短縮詠唱は上位の魔法使いにしか使えないチートだけど、レジナルドには聞こえない距離なはずだ。
「プロテクション・シールド!」
レジナルドに向けて防御壁を出し、ドラゴンへの攻撃を防ぐ。
「っ! ジュリア! なぜ邪魔をする!!」
「やめてください! こんなの、おかしいです」
「何が……っ!」
「ジュリア!!」
オスカーの声を認識したのと同時に、軽く背中に衝撃があって、勢いで木の間に落ちる。
起き上がってやっと、何が起きたのかがわかった。
「大丈夫か?」
「あなたこそ!!」
レジナルドの攻撃を防いだ後、背後からドラゴンの攻撃を受けそうになり、追ってきていたオスカーがかばって盾になってくれたようだ。落ちる時にも前に回って守ってくれていた。
「エンジェ……」
反射的に上級回復魔法を唱えようとしたら、オスカーに唇に指を当てて止められた。
「問題ない。無傷だ。さすがドワーフ装備だな。中級以上の防御魔法がかかっているのと変わらない感じだ」
「よかった……」
また自分のせいで彼が傷ついたのではないかと思った。怖かったのと安堵が混ざって泣きそうになる。
「安心するのはまだ早い。エンハンスド・ホールボディ」
レジナルドと戦っていたのとは別の、木々の中に残っていた小さめのドラゴンからの一撃をオスカーが蹴り返す。ドラゴンが飛びのいて距離をとった。
「っ……、信じられない固さだな。レジナルドはこんなのと戦っていたのか……」
(なんで……)
状況はわかっているはずなのに、わからない。なぜオスカーがグリーンドラゴンと戦わされているのか。なぜ、まだ成体になりきっていないようなドラゴンと戦っているのか。どちらにとってもなんのメリットもない、必要のない戦いではないのか。
木々の合間から見える空で、原因を作った男が、体勢を立て直した三体との戦闘を続けている。
もう一度向かってきたグリーンドラゴンの攻撃を、オスカーが受け止めて投げ飛ばす。
彼は魔法剣士だ。倒すつもりなら魔法で炎の剣を出すだろうし、その猶予はあった。他の攻撃魔法を唱えることもできた。そうしないでただ守ってくれているのは、戦わないでほしいという自分の意向を汲んでくれているからだろう。
(オスカー、大好き……)
「フライオンア・ブルーム。ジュリア、乗ってくれ。逃げるぞ」
一度消えたホウキを出し直して、軽く手を引かれる。
ひとつ息をついて、魔物との会話を可能にする古代魔法を唱える。
「オムニ・コムニカチオ」
「ジュリア、それは……!」
「なんかもう、疲れちゃいました」
答えて、一歩前に出て、彼とドラゴンの間に入る。
「ごめんなさい。あなたたちの住み家を荒らしたこと、心から謝ります。……ヒール」
彼に蹴られたり投げ飛ばされたりしたところで、たいしてダメージは入っていないだろう。けれど、まずは一応回復しておく。
グリーンドラゴンがきょとんとして、再度攻撃をしようとしていた体勢を解除した。
「他に、私にできることはありますか?」
『……おかあさん』
「お母さん?」
『たすけて』
そう言ったグリーンドラゴンが空を向く。
ハッとした。
レジナルドと戦闘中の三体の中にこの子の母親がいるのだろう。
(きっと、子どもを守るためにも真っ先に飛び出したのね)
それはどうあってもレジナルドに倒させるわけにはいかない。戦況はずっとドラゴン側が劣勢に見える。
「わかりました。ノーン・インセンテティオ」
「ジュリア……」
無詠唱の古代魔法を唱えると、オスカーから心配そうに呼ばれた。
「ここまでの古代魔法は聞こえていないでしょうし、ここもちゃんとは見えていないと思うので。できるだけバレないように立ち回ります。
まあ、もしバレても命までは取られないと思うので、大丈夫です」
「……自分のホウキに。集中できるよう援護する」
「ありがとうございますっ!」
ドラゴン側に立って先代魔法卿を相手取ろうというのが正気ではないのはわかっている。自分たちの今後を左右する可能性もある判断なのに、全面的に支持してくれるオスカーへの大好きが止まらない。




