16 もう切れているはずの惚れ薬の効果が強すぎる
戦う気まんまんに見える先代の気をそらせるために声をかけてみる。
「あの、レジナルドさん。ミスリル鉱山、早く見てみたいです」
「おう、そうか。任せろ」
やる気を出させてしまったようで、絨毯のスピードが上がって、更に髪や服が舞う。
「おいおい、ほんっ、おまっ、加減というものがあるだろう」
当代魔法卿が不満そうに声をあげた。
(これでも私たちが飛んでいた時よりだいぶ遅いのよね……)
オスカーにかばわれて甘えながら、変形ミスリルの檻の効果は絶大だと再認識した。
絨毯が山の合間に入っていくと、少しスピードが落とされた。広めの洞窟のような穴にそのまま入っていく。
明かりはついていないのに中が明るい。むしろ奥に行くほど明るくなっているような気がする。
しばらく行くと地底が一気に開けた。巨大なミスリルの結晶体が、内側からエネルギーを放つかのようにキラキラときらめいている。
「すごい……、キレイですね」
「だろう? 己が知る中で最もキレイな場所だ」
ミスリル鉱山に入ったのは初めてだ。どこも所有者がいて無断で立ち入れないし、入る理由もなかった。
ミスリル自体は世界にそれなりに存在しているけれど、切りだしたり加工したりするのが難しいため、値段が高い。
魔法でも出せるが、魔法で出したものは込めた魔力が切れると消えてしまうため、鉱山の産出品は必要なのだ。
ゴーティー王国の国王に献上したり、王墓の支えにしたりしたミスリルは数千年はもつようにかなり多く魔力を込めて、擬似的に本物に近づけている。そこまでの長い期間を定着させられるのは自分と師匠くらいだろう。
高台になっているところに絨毯が降りる。どこを見ても七色に輝いている。
当代が納得した顔になる。
「この景色を見せたかったのか」
「ふふ。ほんと、キレイね?」
「ソフィアが望むならまたいつでも連れて来るぞ」
「あら、それは楽しみね」
レジナルドが、オスカーがいるのとは反対側のすぐそばに立つ。
「どうだ?」
「はい、キレイですね」
「それだけか?」
「それだけとは?」
「いや、いい」
(?)
聞かれている意味がわからない。もう少しわかりやくすコミュニケーションをしてほしい。
ミスリル鉱山を少し散策したら昼食の店に移動になる。予約してあり、昼から食べきれないくらいのコースが出された。
その後、会員制のサロンに連れて行かれる。珍しい動物や小型魔物、海の生き物などを見ながらお茶ができる趣向で、そこでしか食べられないオリジナルの甘いお菓子が並んだ。
(おいしいけど……)
もう、のどまで食べ物がつまっている気がする。申し訳なく思いながら、少しずつ味見するので精一杯だ。
ソフィア、ラシャド、ルーカスも食べるのをあきらめている。当代はギリギリで、問題がなさそうなのはレジナルドとオスカーだけだ。
(そもそもの体格が違うものね……)
「なんだ、みな少食だな」
「女性としては普通くらいだと思います……」
時々ランチをしていた魔法協会のお姉様方に比べても少ない気はしないし、むしろよく食べる方だと思う。
「この店は己が食べてきた中でも特にうまいと思っているのだがな」
「それは、はい。こんなにおいしいお菓子は初めてです」
魔法卿の家で出されるお菓子やキャンディスのところの王宮のお菓子、貴族ではないけれどお金持ちのショー家のお菓子も十分においしかったけれど、もうワンランク上な気がする。知らなかった世界だ。
(できればお腹をすかせて来たかったわ……)
昼のコースもかなりいい店で味もよかったから、どちらか片方で、日を分けてくれるとよかった。
「そうか。で、己に言うことは?」
「ありがとうございます。ごちそうさまです」
「そうじゃない」
「?」
何を求められているのかがわからない。
「その、すごくおもてなししてもらって申し訳ないです」
「己が聞きたいのはそういうことでもないのだが?」
「すみません……」
家庭教師の先生から出された問題が解けない生徒の気分だ。助けを求めてルーカスを見ると苦笑された。
「レジナルドさん、ごちそうさま。ぼくらのぶんまでありがとね」
「それはそうだな。お前らは自分で払えと言いたい」
「すみません……。あの、キャンセルしていただいてもよかったんですよ?」
朝方ルーカスが、キャンセルを言い出せなかった可能性があると言っていた。ムリをさせたのではないかと思う。
気づかったつもりで言ったら、レジナルドが絶望的な顔になった。
「え」
「気に入らないか?」
「あの、そういう意味では……」
「次に行くぞ」
「はい?」
(次? まだあるの??)
十分に長い一日だったと思うが、何が続くというのだろうか。
再び絨毯で移動だ。食べすぎていて少し辛い。
「……あの、レジナルドさん」
「なんだ」
「私のこと、今はどう思っていますか?」
さっきの表情がどうにも理解できなくて、直接聞いてみるしかないと思った。惚れ薬は切れているはずなのだ。ショックを受ける理由がない。
「どういう意味だ?」
「どう、とは?」
「好いた惚れたがそう簡単に変わるはずがないだろう。己はそんなに軽く見えるか?」
「え」
変わるはずなのだ。惚れ薬が切れたのだから。そう思うけれど、そう言うわけにはいかない。
オスカーとルーカスの顔を見るが、オスカーも困惑している感じで、ルーカスはどこから気づいていたのか、ただ苦笑している。
「……けど、気持ちって波がありますよね?」
自分だって、いつでもオスカーが大好きだけど、普通に大好きとどうしようもなく大好きの間を行き来する。惚れ薬が効いていた間は抑えられない感じだったのが、今は人前で一緒にいられるくらいには戻っている。
レジナルドは元々自分のことをなんとも思っていなかったか、むしろ嫌われていたくらいな圧を受けていたから、薬が切れた今はそちらに戻るものではないのだろうか。
「そういう意味なら、急に輝いて見えた当初ほどの衝撃は数日で収まったが。だからもうなんとも思わないという方がおかしいだろう?」
(おかしくないです、そっちが普通です……)
言いたいけれど言えない。
情報を整理すると、確かに惚れ薬は切れて、効果があった時のようには見えていないらしい。
が、レジナルドがまじめすぎるのか、それがなくなったことを受け入れられなくて、引きずっている感じだろうか。
スピラの薬は『どうしようもなく好きになった』という記憶が残るのだ。
自分は薬の影響だったとわかっていてもオスカー大好き増し増しモードが完全には抜けきっていないのだから、ありえない話ではない。
(スピラさん、ちょっと効果が強すぎます……)
ダークエルフの唾液を素材にしたものは、惚れ薬の中でも特に強力という分類に納得だ。
頭を抱えたい。




