15 魔法卿たちが血気盛んすぎる
「ジュリア・クルス」
「は、はいっ」
当代魔法卿エーブラム・フェアバンクスに呼ばれて、あわててオスカーから意識を戻す。
「絨毯が速すぎて乗り心地が悪いと思わないか?」
「えっと……、はい。そうですね」
そう言った当代も、軽く妻を庇っている。ほほえましい。
「いい方法はないか?」
「……どうでしょう。魔法卿……、みなさんにどうしようもないなら、一介の見習いの私にはムリかと」
「そうか」
当代が何を言おうとしたのかはわかる。変形ミスリル・プリズンでおおって快適にしてほしいのだろう。けれど、最初はそれで当代に目をつけられたのだ。先代魔法卿レジナルド・チェンバレンの前で使うわけにはいかない。
そのあたりのさじ加減をすりあわせる意味も込めて、ハッキリとは言わなかったのだろう。先々代のラシャド・プレスリーも見ている魔法だが、使ってほしいとは言ってこない。
「魔法卿、ファビュラス王国のジャスティン王の即位式に来てたよね?」
ルーカスがふいに、キャンディスたちの話を持ちだした。
「ああ、春に政変があった所だな。前国王が不正な手段で地位を手に入れていたことが発覚して追放され、王位継承者任命権を持つ姫様が新たに国王を立てたのだったか」
「うん。そのファビュラス王国の新国王が、魔道具開発の専門家でね。近々産まれる子どものためにも、スピードを出しても乗り心地がいい魔道具の絨毯を開発してるらしいよ」
「ほう?」
「ある程度形になったらおひろめがあるんじゃないかな」
「そいつはぜひほしいところだな。安全云々の前に、この強風の中に赤子は置けん」
「そうね。もしこれを防いだ絨毯があるなら、あの子たちを連れて出かけるのも楽になりそうね」
三児の母になったソフィアが楽しげに加えた。当代魔法卿が真剣に続ける。
「動き回る歳になると転落防止も課題だろう? 安全に乗れる歳まで乗せないという対策が主だったが、その辺りも手があると嬉しいところだな」
前に魔法卿を乗せた、ミスリルでおおわれた絨毯を想定しているのだろう。ジャスティンが作ってくれたら、あんなものを出せるのはおかしいと言われながら魔法を使う必要がなくなって心底助かる。
守るように包んでくれているオスカーがレジナルドを向いた。
「この速さでどのくらいかかるんだ?」
「お前からの質問は受けつけん」
子どもっぽい返事に苦笑するしかない。
「あの、けっこう長く乗りますか?」
「そうでもない。このスピードなら小一時間もかからん」
隣のルーカスが軽い調子で入る。
「レジナルドさん、一応言っておくと、ジュリアちゃんは自分を大事にしてもらえるかどうか以上に、自分の大事な人たちを大事にしてもらえるかを大事にする子だからね。オスカーやぼくをあんまりないがしろにしない方がいいと思うよ?」
「……エーブラム。部下の教育がなってないんじゃないか? お前が甘やかすからこいつらがつけ上がるんだろう」
「おいおい無茶言うな。魔法使いなんてのはみんな我が強い連中だぞ。こいつらはその中でも特に手を焼くジャジャ馬どもだ。俺にはどうにもできん」
「なんだかすみません……」
手を焼かせているつもりはないけれど、手を焼かれているらしい。
ソフィアがころころと笑う。
「あらあら。エーブラムもレジナルドさんも、少し落ちつかれて? ルーカスくんが言ったことはレジナルドさん自身のための進言だと思うわよ?」
「ああ、そうだな。師匠が聞き入れるべきだな」
「エーブラム、寝返ったか」
「うるさい。俺は師匠がなんと言おうとソフィアにつく」
「裏切り者めが。いちゃつきやがって。うらやましい!!」
「ひゃっひゃっひゃ。それには同意ぢゃ。りあじゅーは爆発させるのが最近のはやりらしいぞ」
「いや、じいさん、それももうひと昔前じゃないか?」
「デトネーショ……」
「待って、レジナルドさん。爆発させるって比喩だからね? 本当に爆発の魔法とか唱えないでね??」
「ここでそんなものを唱えたらソフィアを巻きこむじゃないか。よし師匠、その気があるなら絨毯を降りて相手になろう」
「ほう? いつまでも小童のくせに、お前程度が己と渡りあえると思うなよ」
「エーブラム? 落ちついて?」
「わかった。決闘はなしだ」
ソフィアさんの一言でコロッと意見を変える魔法卿がかわいい。
(この人、こんなにかわいい感じだったかしら?)
つい笑ってしまう。
「ふんっ、この軟弱者めが。女の意見なんぞに惑わされおって」
「言ってろ。負け犬の遠吠えにしか聞こえん」
「言ったな、エーブラム。よし、絨毯を降りろ」
魔法卿たちが血気盛んすぎる。頭を抱えたい。
少しでも気を逸らせたらと、おずおずと声をかけてみる。
「あの、レジナルドさん。今日の目的地はどんなところなんですか?」
「ん? ああ。着いての楽しみにしておけ」
(会話が成り立たない……!)
頭を抱えたい。この様子だと、他のメンバーも誰も行き先を知らされていないだろう。
「最初の目的地はもうそう遠くない」
「そうなんですね」
(最初の……?)
何ヶ所か行くつもりということだろうか。
当代が景色を眺めながら口を開く。
「このあたりだと魔法協会の所有地があるな。ミスリル鉱山だったか?」
「エーブラム……!」
レジナルドが怨念のこもった声で当代を呼ぶ。
「うおっ、今度はなんだ? なんか怒らせるようなことを言ったか?」
「ひゃっひゃっ、レジナルドは優秀ぢゃが、昔から短気なのがいかん。ほれ、ひーひーふーぢゃ」
「ラシャドさん、それ子どもを産む時の呼吸法です……」
レジナルドにいったい何を産めというのか。
レジナルドが長く息を吐きだした。
「ネタバラシをされると驚きが半減するだろう……」
「なんだ、ミスリル鉱山に向かっていたのか。それなら俺の部下の空間転移で行けたぞ。行ったことがあるからな」
(トラヴィスさんね)
中央に来てから時々ちらりと顔を見て会釈くらいはかわしているけれど、いつも忙しそうで会話らしい会話はできていない。
「どこの世界に部下の空間転移でデートに行くやつがいるんだ」
(これってデートなのかしら……?)
誘われた感じとしてはそうだったけれど、全員の外出になった時点で違う気もする。加えて、レジナルドの惚れ薬の効果が切れているのだから、もうそういう意図はないはずだ。
レジナルドの言葉にソフィアが笑った。
「あらあら、ふふ。ここにいるわね」
「悪いか? 希少な時間を有効に使えるだろう?」
当代はトラヴィスの空間転移でデートに行っているらしい。
「情緒のないやつだな」
「強風に長時間さらすよりはマシだろうが」
「よし、教育的指導の時間だな」
戦う気しかなさそうに聞こえる。
魔法卿たちが血気盛んすぎて本当に頭を抱えたい。




