14 惚れ薬の効果は切れているはずなのに
レジナルドに連れ出される日、言われていたとおり動きやすい服装で母屋に向かう。
なんとか同行をねじこめたオスカーとルーカスと一緒だ。
「忙しすぎてキャンセルの連絡を忘れているということは……」
「レジナルドさんはそういうタイプじゃないだろうね。あるとしたら、一度約束したのに気が変わったとは言えないとか、そっちかな」
「行かないっていう選択肢は……」
「ジュリアちゃんに限っては、ないだろうね。ぼくらが行くかどうかは、むしろ来なくていいっていう感じだろうけど」
「惚れ薬の効果は切れているのだろう? なら、ジュリアを自分のそばに置くのは問題ないな」
「実はちょっとだけ、それには問題がありまして……」
今日もルーカスを真ん中に挟んで歩いている。
「あはは。今日はジュリアちゃんだけだね。何を飲んだの?」
「何も飲んではいないのですが。その、オスカーはなんでドワーフ装備なのでしょう?」
「動きやすい格好でと言われたからな。魔法卿たちに気圧されないためにも、この装備がいいと判断したのだが。おかしいだろうか」
「いえ……、格好よすぎて直視できないというか、惚れ薬を飲んでいる時とあんまり変わらないというか……」
「ドキドキして近づけない?」
「……はい」
「なるほど?」
オスカーが珍しく、少し悪い笑みを浮かべる。そんな表情も、ドワーフ装備にはよく合っていてものすごくカッコイイ。
「ジュリア」
「はい……」
「こちらへ」
言葉と一緒に手を差しだされる。
「……心臓が止まっちゃいます」
「止まったらキスで目覚めるか?」
(ひゃあああっっっ)
それは物語の王子様がお姫様を起こす方法ではないか。顔から火を吹いて、ひざから崩れそうだ。
「あはは。ジュリアちゃん、いっそ近くにいた方が全体が見えにくくなって、いつもとあんまり変わらなくなると思うよ?」
「そうですかね……?」
ルーカスが真ん中から抜けて、オスカーの反対側に移動してしまう。
「ジュリアは自分といると安心するのだろう?」
「ううっ、それもそうなのですが、ドキドキもするというか……」
オスカーがちょっと意地悪だ。そんな彼も大好きだけど。
おずおずと、差しだされた手に手を重ねる。しっかりと、もう離さないと言うかのように握られる。
「こんなジュリアが見られるなら、いっそ普段からこの装備で生活するのもいいかもしれないな」
「ううっ……、生活に支障が出そうです……」
「そこはまぁ、たまだから刺激になっていいんじゃない? ジュリアちゃんはオスカーの正装も好きだし、制服みたいなのも気に入ってたよね?」
「えっと……、はい。誕生日の時は眼福でした……」
「どちらかというとカッチリした方がいいのだろうか」
「そうですね……、あなたにはラフな服よりそういう方が似合う気がするので」
「覚えておこう」
「いえ、その。私の好みより、着たい服を優先してくださいね?」
「ジュリアがいっそうかわいくなるのだから、それ以上に着たい服はないな」
「かわっ……」
(ひゃあああああっっっっ)
もうダメだ。オスカーのイケメン成分が飽和しすぎて何も考えられなくなりそうだ。足の動かし方すらわからなくなってきた気がする。
ちょうど到着した母屋の前には大きめの魔法の絨毯が広げられていて、その前にレジナルドが仁王立ちで待っていた。
「来たか」
「はい。お忙しいところ、ありがとうございます……」
レジナルドの顔を見て少しは冷静になったけれど、どうにも熱は抜けきらない。
「……ふむ。やはりかわいいな」
「はい?」
想定外の独り言が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。気のせいにしておきたい。
(惚れ薬は切れているのよね……?)
口にしてから一週間だ。レジナルドの分だけスピラが量を間違えていなければ、影響は完全に抜けているはずだ。
「乗れ」
「はい……」
オスカーと手をつないだまま、広げられている絨毯に乗る。
「ジュリアはこっちだ」
運転席の隣を示される。オスカーを見上げるとひとつ頷かれた。二人で一緒にそのあたりに行き、並んで座る。後ろにルーカスがついた。
レジナルドがちらりと見てくる。
「そいつがそんなにいいのか?」
「えっと……、オスカーですか?」
「そうだ」
「オスカーの好きなところを言えばいいですか? 長くなってよければ……」
「いや、いい。そんなものを聞く気はない」
(?)
自分から聞いたのに聞く気はないとはどういうことなのか。不思議だ。
当代魔法卿エーブラム・フェアバンクス、妻のソフィア、先々代魔法卿ラシャド・プレスリーもやってくる。
「すみません、みなさんを巻きこんでしまって」
「まったくだ」
「もう、あなた?」
不機嫌そうな当代をソフィアがたしなめる。
「子どもたちは大丈夫ですか?」
「ええ。レジナルドさんの外出先が安全かわからないから、今日は乳母とベビーシッターと使用人たちに任せて行くわ」
「安全に決まっている。己がいるのだからな」
「ひゃっひゃっひゃ、魔法卿が三代ガン首そろえて、それでも危険があったらこの世が終わるレベルぢゃろうて」
「ラシャドさんもすみません。私に巻きこまれなければ、子どもたちといたかったですよね?」
「その、子らとこうしていられるのは嬢ちゃんたちのおかげぢゃからのう。老骨で役に立つならお安いご用ぢゃ」
「ソフィアさんもラシャドさんもそういう建前で、たまにはちょっと息抜きしたいんでしょ? 人手があるからいくらか休憩はとれるんだろうけど、こんな理由でもないと一日外に出るとかできないから」
「こりゃ、そういうことは気づいても言うものでないぞ?」
「あはは。それよく言われる。ちなみにエーブラムさんが不機嫌なのは、どうせ休みに出かけるならソフィアさんと二人きりがよかったからでしょ?」
「気づいても言うなと言われたところだよな? ルーカス・ブレア」
「あはは。ハッキリさせておかないとジュリアちゃんが気にしちゃうからね」
「なんだかすみません……」
ルーカスの言うとおり、そのあたりを聞けたのは正直助かった。けれど、被弾したみんなに申し訳なくもある。
「少し遠いから飛ばすぞ。落ちない作りにはなっているが、一応、端には寄らないように気をつけておけ」
レジナルドがそう言って絨毯を浮かせる。と、次の瞬間、快適とは言いがたい風圧に襲われた。
「ジュリア、こっちへ」
オスカーがかばうように包みこんでくれる。
(ひゃあああっっっ)
彼の腕の中に守られると一気に風圧を感じなくなる。が、心臓が高鳴りすぎて何も考えられない。




