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12 止まれなった原因と希望の未来


 オスカーと並んで、なんとなくお互いに恥ずかしい感じのまま歩いていく。庭の中とはいえ、歩くと少しかかる距離だ。


「さっきは、その……、すまなかった」

「あなたに謝られること、ありましたか?」

「気持ちにはどめがきかず、手を出しそうに……」

 すごくバツが悪そうに言うオスカーがかわいい。


「いえ、むしろ私が先に手を出したくらいな感じなので……、すみません……」

 正直なところ、状況が落ちついてからはまたうずうずしている。世界の摂理のことさえなければあのままひとつになりたかったし、そこまではダメでももう少し体を触れあわせたい。全身でオスカーを感じたい。

 今までもそう思うことはあった。けれど、今日は特に強い気がする。ブレーキが壊れてしまっているかのようだ。


「思ったのだが……、水筒を間違えた可能性が……」

「間違えた……?」

「ああ。自分が用意して行った水筒の残りにしては少し多い気はしていたのだが。スピラに渡された方と、見た目が似ていて取り違えた可能性が」

「あ……」

 オスカーが言わんとしていることがわかった。


「惚れ薬……?」

「あくまでも可能性だが……、急にブレーキが壊れてしまった感じがしている」

「私もです……」

「そうか……」

 その可能性を想定すると、突然抑えがきかなくなったのに合点がいく。


「あなたはいつもこの上ないくらいカッコイイのに、もっとカッコよく見えて。いつでも大好きなのに、大好きがどうしても止まらなくて」

「ああ。自分もだ。今も、ジュリアがかわいくてしかたない」

(ひゃあああっっっ)

 惚れ薬の影響の話をしているのはわかっているけれど、彼からかわいいと言われるのは破壊力がすごい。


「……いつも通りと言えばいつも通りでもある気がするな」

「いつも通り、ですか?」

「程度だけの話だからな」

「……いつも、私がかわいいんですか?」

「ああ。かわいくてしかたない」

 彼の声と言葉だけで全身が泡立って熱を帯びる気がする。


「……あの」

「ん?」

「続き……、しますか……?」

 見上げると、オスカーが赤くなって固まった。かわいい。

 ひたいに優しいキスが落ちる。

「ものすごくしたい」

「っ……」

「が、あと少しだと信じて結婚後にとっておこうと思う」

「……はい」


 残念なのと、世界の摂理の心配をしなくていいことに安心したのと、大事にされている感じが嬉しいのとが入り混ざる。

「初めてジュリアと繋がるのはシラフがいいしな……」

「お酒も惚れ薬もなし、ですね」

「ああ。勢い任せではなく、存分に愛したい」

(ちょっ、え、ちょっ……)

 嬉しいけれど、期待してしまう自分が恥ずかしい。



 翌朝、オスカーと並ばないで、お互いに真ん中にルーカスをはさむ距離をとって母屋に向かう。

「えっと……、これはどういうことかな?」

「聞くな……」

「あはは。夕べ、間違えて一緒に惚れ薬でも飲んだ?」

「……ルーカスさん、どこから見てたんですか?」


「あ、図星? で、まだ効果が残ってて近づけないんだ?」

「すみません……、そばに行ったら人前なのがわかっていてもオスカーしか見えなくなって抱きついちゃいそうで」

「いっそ効果が切れるまで部屋で存分にいちゃつけばいいのに」

「ルーカスさん?!」

「世界の摂理の問題がなかったとしても問題だろうし……、明日仕事に行けない気がする」

「オスカー?!」


「あはは。オスカーはスピラさんの水筒の中身を捨てるタイミングあったかなって、ぼくのぶんを捨てた時にちょっと気になったんだけどね。オスカーだけが飲んだんじゃなくて仲良く一緒に飲んでたんだね」

「完全な事故だ。自分だけが飲んでいたらと思うとゾッとする……」

「そう? ジュリアちゃんは喜びそうだけど」

「よろっ……、ううっ、否定できないです……」

 もしオスカーから迫られたら、惚れ薬を疑う前に喜んで受け入れる自分しか想像できない。恥ずかしくて耳まで熱い。


「で、夕べはどこまでいったの?」

「聞くな……」

「部屋に戻ろうとしたところでレジナルドさんに攻撃されて冷静になりました」

「ちょっと待って。レジナルドさんから攻撃? どういうこと??」

 さすがのルーカスも想定外という顔だ。

「言葉のままだ。いきなりアイシクル・アローを撃ってきた」

「は?」


「その、お庭でいちゃいちゃしていたのが気に入らなかったようで……」

「あー……、散歩の時ってちょっと明かりを浮かべないと周りが見えないもんね。光ってるとこの様子でも見に来たのかな。

 夕食の帰りにオスカーがジュリアちゃんをホウキに乗せた時にもすごい顔してたもんね。つくづく、めんどうな人が惚れ薬を飲んじゃったね」

「本当に……」


「で、戦ったの?」

「逃げたな」

「それは賢明だったね」

「ああ。ジュリアを戦わせるわけにはいかないし、自分では勝ち目がないからな。悔しいことに」

「え、悔しいんですか?」

「当然だと思うが」

「相手は魔法卿だった人ですよ? 比べるだけ無意味な気がします」

「自分の立場や力が弱いことで侮られることも多いからな。もっと強ければとは思う」

「同年代の中だとかなり強い方だと思うんですけどね。関わっている相手が悪いだけで」


 ルーカスが軽く笑った。

「目指してみる? 魔法卿」

「自分が? そこまでの才能があるとは思っていないし、あの仕事状況を見ているとな……」

「ふふ。今のあなたなら一緒にがんばれば目指せそうな気もしますが。あなたが魔法卿になるのは一緒にいられる時間が減りそうで私もイヤなので、父と同じ冠位あたりが妥当でしょうか」


「そうだな……、冠位でもないただの魔法使いだと言われるめんどうが減るなら、それはアリかもしれない」

「仕事の責任やめんどうは増えますけどね」

「今の立場に比べればその方がマシな気がしてきている」

「じゃあ、目指しましょうか、冠位。私の件が片づいたら」

「ああ……。ジュリアから見て自分はなれるだろうか?」


「なれますよ? 時期がいつになるかというだけで。前の時はクレアの結婚式が終わったら二人で一緒に冠位九位を受ける予定でした。

 それも、子育てが落ちつくまではあえて申請しないと言った私に合わせて遅らせていたので、本当はもっと早く受けられたんです」

「そうなのか?」

「はい。あの事件でぜんぶ白紙になりましたが。今のあなたは前の時より強いし、今の時点での功績も多いので、もっと早く冠位九位を受けたり、もっと上も目指せると思います」

「そうか……」


「ジュリアちゃんは?」

「私はもうガツガツ働きたくないので。子どもができたら魔法協会の仕事を辞めて、必要があれば時々フリーで仕事を受けられたらと」

「そういう女性魔法使いもけっこういるよね」

「家庭や子育てを中心に置こうとすると、その方がバランスを取りやすいんですよね」

 ルーカスの奥でオスカーが顔を赤くしている。何か変なことを言っただろうか。


「あはは。二人の子ども、楽しみにしてるね」

「ぁ……」

 ルーカスに言われて一気に自分も恥ずかしくなる。

 この将来設計はオスカーと結婚できて子どももできる前提だ。そうなるといいという希望の未来。それを口にできるくらい近づいていると、自分は感じているらしい。

 まだどうなるかわからないから期待するのは早いのはわかっているはずなのに、どうにも期待しないではいられない。


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