11 恥ずかしいものは恥ずかしい
(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って……っ! 私、オスカーを襲ってたわよね?!)
オスカーが盾を出して守ってくれて、レジナルドの姿を見て、一気に冷静になった。オスカーへの大好きは変わらないが、どうにも彼がほしくてしかたなかったのはいったん収まった感じだ。
オスカーが自分をお姫様抱っこで抱えたまま、レジナルドを睨みあげる。
「自分は婚約者だ。とやかく言われる筋合いはない。それより、自分が気づかなかったらジュリアがケガをしていたかもしれないんだぞ? 彼女を巻きこむような攻撃魔法を使ったのはどういうつもりかと聞いているんだ!」
語気が荒い。こんなに怒っている彼はめずらしい。
レジナルドが鼻で笑い飛ばす。
「加減はした。ケガをしたところでせいぜいヒールで治せる程度だ。なにか問題があるか?」
(どこかで聞いた話ね……)
師弟は似るのか、師弟だからどこかでそう聞いて採用されたのか。
(ラシャドさんは奥さんや子どもには向けないと思うけど)
同じ考えを持っていても適応範囲は違う気がする。
「問題しかないだろう? たとえジュリアがお前を選ぶとしても、お前にだけは絶対に渡せないな」
「え。私がレジナルドさんを選ぶのは絶対にないですよ? たとえオスカーに出会ってなかったとしても、天地がひっくりかえってもありえないです」
「……アイシクルアロー・シャワー」
「プロテクション・ドーム。エンハンスド・ホールボディ。逃げるぞ」
無数の氷の矢を防御魔法で防いだのと同時に、オスカーが身体強化をかけて走りだす。お姫様抱っこのままなのに不思議な安定感がある。
「おいおいおい、どこに逃げるって? お姫様を抱えてか? 身体強化をかけたところでホウキの方が……って、速いな?!」
身体強化は元の身体能力に対する掛け算だ。日々の鍛錬を怠らないオスカーを並の魔法使いのそれと一緒にしてもらっては困る。
「あの、私も降りて走りますし、私も戦います」
「いや、ジュリアは戦わない方がいい。うっかり何か強力な魔法を使ってしまった場合、今以上にめんどうになるだろう?」
「じゃあ、せめて自分で逃げます」
「それもダメだ。自分から離れた場合、ジュリアだけがさらわれる可能性がゼロじゃない」
「すみません……」
「役得だ」
オスカーが軽く口角を上げる。移動は彼に任せて、追ってくるレジナルドの方を見る。あっという間にホウキで迫ってきている。
「確かに速いが。魔法卿の名を甘く見るんじゃないぞ、小童」
「オスカー、また氷の矢が来ます」
「エンジェル・プロテクション。プロテクション・ドーム」
オスカーがこちらに強めの防御魔法をかけてから、二人を包むように防御壁を張る。
「自分も大事にしてください。あなたの方が当たる可能性が高いですし。エンジェル・プロテクション」
オスカーに防御魔法をかけたのはレジナルドからはわからないだろうし、オスカーが使える範囲の魔法は量と加減さえ間違えなければ問題ないはずだ。
「助かる」
今回は氷の矢の数が多く、威力も強い。自分なら防ぎきれたかもしれないが、オスカーの防御壁はギリギリ破られ、数本がかすった。直接かける防御魔法のおかげで無傷だ。かけておいて正解だった。
「……ジュリア、ひとつ頼んでいいか?」
「はい!」
「拡声魔法で先々代を呼んでくれ」
「わかりましたっ! ヒュージ・ボイス。ラシャドさんっ! 助けてください!! レジナルドさんがご乱心ですっ!!!」
「あのじいさんが助けてくれると思ってるのか? 成長になるから自分で解決しろと言われるのが……っ、ウォーター・ウォール」
進行方向の建物からホウキで飛びだしてきた人物による大量の炎の矢を、レジナルドが水の壁で防ぐ。
「……どういう風の吹き回しだ? じいさん」
「嬢ちゃんたちはわしの恩人ぢゃからのう。不しつけな弟子をしつけるのは師匠の仕事ぢゃろうて」
「おもしろい。どれだけもうろくしているか試してやろう」
「おい、お師匠たち。人んちの庭で暴れないでくれないか?」
当代も飛んで止めにくる。ほぼ同時にオスカーが母屋に到着した。事情が聞こえていた屋敷の使用人に迎え入れられ、ソフィアから労われる。
「大丈夫? ケガはなかったかしら」
「はい。遅い時間にお騒がせしてすみません……」
「騒がせているのはレジナルドさんよね? 何があったのかしら?」
「えっと……」
どこからどう説明していいのかが難しい。考えていると、オスカーが代わりに口を開いた。
「庭を散歩させてもらっていた時に……、少しばかりジュリアに触れてしまって、それを目撃されて攻撃を受けた」
「そんな感じです」
「攻撃を受ける意味がわからないわね」
「『己が求める女性に他人の家の庭で手を出そうとはどういう了見だ?』と言われたな」
「そもそもあなたたちは婚約者じゃないの」
「ああ、そうだな」
「普通に考えるとそうですよね……」
話しているところに当代が戻ってくる。
「悪いな、ソフィア。じいさんたちが戦う気しかなくてな。ここだと都合が悪いから開けた場所に移ってもらうことになった。被害が出たり騒ぎになったりしないように俺も同行する」
「ほんと、しかたのない方たちね。お帰りをお待ちしていますね」
「……ああ。なるべく早く戻る」
ソフィアの耳元でささやいた魔法卿が軽くキスをしていったように見えた。
(一緒にいられたらちゃんと仲がいいのよね)
なんともほほえましい。
飛んでいく魔法卿たちが見えなくなるまで見送って、自分とオスカーも庭の部屋に戻ることにする。
「あ、ジュリアちゃん」
出がけにソフィアに呼びとめられ、背中に手が触れて、内緒話のように小声で聞かれた。
「ひとつ外れたままなの、戻していいかしら? そのままの方がいいかしら?」
顔から火が出そうだ。オスカーが外したのと、抱きあげる前に戻していたのは知っていたけれど、お互いに全部とまっているかを確かめる余裕はなかったし、その時は確かめる必要もなかった。
(どうせすぐ全部はずされるって思っていたものね……)
「あの、戻してもらえたらと……」
「あらあら、いいのよ? 恥ずかしがらなくて。好きな人と触れあうのは人生の中でも特に大事な時間ですもの」
「はい……」
ソフィアの考えには全面的に賛成だ。けれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。




