8 魔法協会メンバーとの顔合わせ
「最後にオフィスに入るが……」
ひととおり案内してもらってから、内勤用のデスクが並ぶエリアの前で足を止める。全員から受付の様子も見える作りだ。
「見習いの間は研修室を使うのと、研修後に他に移る魔法使いも多いから、デスクは入らない。必要がある時には自分のデスクを使ってもらってかまわない」
「わかりました。ありがとうございます」
知っているだろうことも説明してくれたのは、周りに見せるためだろう。前の時と同じ言い回しも多くて、憧れの先輩だった頃に戻った気分だ。
(どうしてこんなにカッコいいのかしら……)
昔も今も好きすぎる。見惚れないようにするので精一杯だ。
受付に近い方に臨時依頼部門と育成部門、遠い位置に管理部門と父のデスクがある。一般対応が多い部門が受付近くになっている形だ。
オスカーに連れられて、最初に父のデスクに向かう。
(すごく注目されている気がするわ……)
気のせいではないだろう。前の時には新人が珍しいのだろうとか、支部長の娘だからだろうと思っていたが、それだけではないのを知ってしまった。前の時以上に恥ずかしい。
「クルス氏。クルス嬢の案内を終えてきた」
「ああ。どうだった? ジュリア」
「はい。とてもカッコよ……、じゃなくて、わかりやすかったです」
つい本音がもれそうになって慌てて取りつくろう。
「私が聞いているのはウォードについての感想じゃない。魔法協会についてだ」
「あ」
恥ずかしすぎる。隣のオスカーも恥ずかしそうだ。巻きこみ事故を起こして申し訳ない。
「……まだ慣れないですが、これから学んでいければと思います」
本当は勝手知ったる場所で、懐かしさ以上の感想が浮かばないとは言えない。なんとか違和感がない言葉をひねりだした。
「そうだな。明日からはあまりこのエリアには来なくなるから、今日のうちに、いるメンバーには挨拶をしておくといい。それが終わったら今日は帰りなさい」
「わかりました」
(デスクに投影の魔道具は……、見当たらないわね)
自分が来る前に仕舞ったのだろう。ルーカスの話がなかったら、職場の父は前の時と変わらないように見えたに違いない。
改めてみんながいる方を見る。
懐かしい顔ばかりだ。名前がおぼろげな人もいるけれど、今日が初対面ということになっているから覚え直せば問題ない。
結婚して引っ越したこともあって、ここには娘の結婚式で巻きこんだ人は少ない。ルーカスと、その直属の上司のコーディ・ヘイグくらいか。ルーカスはオスカー、ヘイグは父の親友枠だ。
オスカーに立ち合ってもらって、近くの管理部門から顔合わせをしていく。
フィンの護衛で家に来ていた部長、ビリー・ファーマーは不在なようだ。調査中の案件がいろいろとあるからだろうか。
(あ、この人は確かストンさん)
「デレク・ストンですが。どうぞよろしく」
当たると少し嬉しい。見た目も雰囲気も四角くて、比較的印象に残っていた。管理部門の中堅だ。
続けて、ルーカスがいる臨時依頼部門のエリアに足を運ぶ。一番人が多いところだけれど、今日は内勤はそれほど多くないようだ。
「クルス氏のお嬢さん、こんにちは。無事に魔法使い見習いになったんだね」
「はい。ルーカスさん……、ブレア先輩にもお世話になりました。改めてよろしくお願いします」
「あはは。ルーカスさんでいいよ。堅苦しいのはイヤなんだ」
「じゃあ、ルーカスさん。私も、前に言った通りジュリアちゃんで」
「んー……、それは……」
ルーカスがデスクの父を見る。
(お父様……、どうして人を殺しそうな目でこっちを見ているのかしら)
「クルス氏の許可がないと、ちょっと」
「お父様の?」
ルーカスの近くのヘイグが豪快に笑って、声を響かせる。
「エリック。お嬢さんをクルスさんと呼ぶと紛らわしいし、同僚になるのにお嬢さんって呼ぶのもどうかと思う。
ジュリアさんとかジュリアちゃんとか、名前で呼ぶのを解禁してもらえた方がいいと思うんだが?」
そういえば前の時にも、ヘイグが似たようなことを言っていた気がする。
父の眉間のシワが深くなる。
「それは私が決めることではない。ジュリアがよければ、それでいいだろう」
「だそうだ」
「もちろん、みなさん名前で呼んでもらって大丈夫です」
部屋中から軽く歓声があがる。前の時にはただ歓迎されただけだと思ったが、父の言動を知った今は少し苦笑してしまう。父の言葉のニュアンスも違って聞こえるのがおもしろい。
「俺はコーディ・ヘイグ。エリックとは同期になるんだが、うだつが上がらない中間管理職だ。よろしく、ジュリアさん」
「よろしくお願いします、ヘイグさん。フィン様の護衛でうちにいらしていましたよね」
「おう。覚えていたか。アレはまあ、どっちかっつーとジュリアさんの護衛だな。エリック一人で十分だろうに」
「領主邸ではそれで十分じゃなかったからな」
「ってことらしい」
「すみません、お手間をおかけしました……」
「いや、仕事だし、おもしろいもんも見れたからな。ジュリアさんが魔法協会に入ってからが楽しみだ」
「ありがとうございます」
ヘイグ主導で臨時依頼部門のメンバーが紹介されていく。ルーカス以外は前の時もあまり関わりがなかったから印象が薄い。何人かのお姉様たちを覚えているくらいだ。
挨拶が終わって育成部門に向かう前に、ルーカスが笑顔でひらひらと手を振ってきた。
「じゃあ、ジュリアちゃん、またね。またぼくともお茶してね」
部屋中から視線がルーカスに刺さる。一番鋭いのは父だ。ルーカスは気にした様子もなく笑っているから、笑顔で小さく手を振りかえしておく。
オスカーが育成部門の部長、アマリア・ブリガムに声をかける。見習いの間は育成部門の管理下に入るから、直属の上司になる。
「よろしくね、ジュリアちゃん」
「よろしくお願いします、ブリガムさん」
「アマリアでいいわ」
「アマリアさん」
「クルスさん……、お父様から、ウォードくんを教育係にすると聞いたのだけど。あなたたちもそう聞いているのかしら」
「ああ。クルス氏から指名された」
「はい。ウォード先輩から習うように言われました」
「そう」
アマリアが困ったように視線を動かす。何気なくその先を追うと、不機嫌そうにこちらを見ている姿がある。
(ダッジさん……?)
お見合い候補にもいたカール・ダッジだ。「さすが冠位の娘」だと言われた先輩で、前の時にはオスカーに先輩風を吹かせながら二人で研修を受け持っていた。
(オスカーの話の方がわかりやすかったけど)
最初のころは距離感が近くて苦手だった記憶がある。しばらくしたらほどよくなったから、調整はできる人だと思っている。
不機嫌なのは父がアマリアとダッジを飛び越えて、オスカーを担当に指名したからだろう。お見合いを断っていることで嫌われているのもあるかもしれない。
(ちょっと気まずいわね……)
そう思いつつ、軽くほほえんで会釈をしておく。
「つもる話はゆっくりしましょう。そのうちみんなの都合がいい時に歓迎会ができるといいわね」
「ああ、そうだな」
「オレが調整しますよ、ブリガムさん」
ダッジが大きめの声で言った。ありがたいはずなのだけど、ちょっと怖い。
(ダッジさんと距離感をやり直すのはちょっと憂鬱ね……)
出口まで見送ってくれるオスカーをながめて癒されておく。彼にはドキドキするし緊張もするけれど、それはどちらもイヤな感じではない。むしろ不思議と、他のイヤな感覚が溶かされていく。
(大好き……)
「クルス嬢」
ふいに呼ばれてドキッとする。
(え、私、声に出して言ってないわよね……?)
「帰りは馬車でいいだろうか。早めにホウキは教える予定だが、今日の今日というわけにはいかないから」
「はい。ありがとうございます」
(そうよね。仕事の話よね。ここは職場だもの)
当たり前すぎることを自分に言い聞かせる。
(昔も今も、私ばっかりドキドキしているみたい……)
オスカーは落ちついたものだ。そんな仕事モードの彼がとてもカッコいい。
(……大好き)




