10 [オスカー] 外でも止まれない
*いちゃいちゃ回です。苦手な方はご注意ください。
先代魔法卿との夕食を終えてぐったりしているジュリアを、自分のホウキに乗せて庭の拠点に向かう。
二人乗りにした瞬間に見送りに来ていたレジナルドにニラまれたが、ニラみ返しておいた。スピラの惚れ薬のせいとはいえ、他人の婚約者にちょっかいを出すような相手に譲る気はない。
「すみません……、いつも巻きこんで」
腕の中で甘えながらジュリアがしゅんとしている。かわいい。
「今回は明らかにジュリアのせいではないだろう? 悪いのはスピラとレジナルドだ」
「レジナルドさんもある意味では被害者なので……」
「惚れた女への扱いが雑すぎる時点で、同情の余地はない」
「雑、ですか」
「ああ。好きな相手がイヤがっているにも関わらず強要するのは違うだろう?」
「ふふ。あなたのそういうところ、大好きです」
(やめてくれ、かわいすぎる……)
唐突な大好きは反則だ。思考がよこしまな方に引っ張られそうになる。
「ジュリアちゃん、だいぶ気疲れしたでしょ。オスカーのとこで休んでいけば?」
(待て、ルーカス……)
部屋に連れこんだら理性を試される気しかしない。
「そうですね……」
「ジュリア?」
(まさか部屋に来る気か……?)
「少し、お散歩につきあってもらってもいいですか?」
「ああ。喜んで」
互いに一線を超えそうにならないための室外の距離感だ。今はそれがいい。
「あはは。ほんと、二人ともマジメだよね。ゆっくりしておいで。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
自分の小屋に入りかけたルーカスにジュリアが声をかける。
「ルーカスさんも、ありがとうございます。いろいろ気にかけてくれて」
「どういたしまして。あ、散歩なら水筒くらいは持って行ってもいいかもね。オスカーはお酒しか水分をとってなかったし、ジュリアちゃんはなんとか食べ物を飲みこんだ感じだったでしょ?」
「そうですね」
「わかった」
ルーカスはよく見ていると思う。あの視野の広さはなかなかマネできない。
「ピクニックの残りがあったはずだ。取ってくる」
「はい。待っていますね」
自分の部屋の方が近いから、立ちよって、入り口近くに置きっぱなしにしていた水筒を手にした。
しっかりと手を繋いで庭を散策する。この広い庭にも慣れてきたところだ。母屋から見えにくい場所はだいたい把握している。
「……やっぱり、あなたと二人だと安心します」
「そうか……」
(自分はドッキドキなんだが?!)
安心されているのがいいのか悪いのかがわからない。
「レジナルドさんは事故でしたが。ほんと、スピラさんも他のみんなも、私のどこがいいのか……」
「自覚はないのか?」
「なんの、ですか?」
「いや……、ないならいい」
たぶん、この自覚のなさがかわいいのだろう。ジュリアが「私はかわいいから!」という態度をとり始めたらもうジュリアではない気がする。それはそれでかわいい気もするが。
ジュリアが考えつつ視線を下げる。
「不良物件もはなはだしいとは思っていますが……」
「不良物件?」
「はい。そもそもあなた以外には興味がないですし」
「……そうか」
つい顔が緩みそうになるのをぐっとこらえる。
「あなたに対しても、振り回してるしガマンさせてるし、あまつさえ本当に結婚できるかもわからないなんて、ろくでもない女じゃないですか?」
(待ってくれ……、なんだこのかわいい生き物は……)
申し訳なさそうに見上げてくる彼女がどうにもかわいくてしかたない。酒のせいでふわふわしていて、いつもより理性が弱いのもあるかもしれない。
「……つきあっていても結婚に至るかはみんなわからないものだろう? 事情が珍しいだけで、これといって違いはないと思う」
「そう言ってもらえるとありがたいです……」
「むしろ自分は幸せだと思っている」
「あなたが?」
「ああ。ジュリアはまっすぐに愛情を伝えてくれるし、周りにもハッキリそう言うだろう? 好きな相手からの思いを疑う必要がないのは幸せじゃないか?」
「……ふふ。なら、いっぱい伝えないと、ですね」
ジュリアが足を止め、見上げてほほえんでくる。きれいな瞳が少しうるんで見える。
「大好きです、オスカー。あなたを愛しています」
(うわあああああっっっ)
かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい。
「……ああ。自分も」
そう答えるのが精一杯だ。このままでは外にいるのにも関わらず押し倒してしまいそうだ。
「少し……、水分でも取ろうか」
(落ちつけ……、問題ない。落ちつけ……)
持ってきた水筒を先にジュリアに差しだす。彼女がいくらか飲んでから返してくる。
(これは……、間接キスだよな……)
直接口づけることももう珍しくないけれど、これはこれで意識してしまうのだ。できるだけ考えないようにして、一気に残りを流しこんだ。
(これでいくらか落ちつけ……、っ?!)
ジュリアに視線を戻したとたん、かわいさがいっそう増した気がする。
(いや、常にかわいいんだが。なんというか……)
いつも以上にどうしようもなくかわいくて、どうしようもなく触れたい。元から世界一かわいいと思っていたが、彼女は宇宙一だろう。
「あの……」
「ん……?」
悟られないように必死に飲みこんでいると、ジュリアがもじもじして、おずおずと見上げてくる。
(もういっそ縛りあげてくれ……)
そろそろ物理的に拘束されないと抑えられる気がしない。
「おすかぁ……」
呼びかけてくる声の甘さに息を飲む。
「……きす、したいです」
(うわああああああっっっっっ)
「ジュリア……。今は……、ダメだ」
「ダメ、ですか……?」
瞳をうるませて見上げないでほしい。衝動にすべて委ねてしまいたくなる。
「ああ……。今は……、外でも止まれないと思う」
彼女が少し驚いて、それから飛びつかれた。
(わああああっっっっっ)
彼女の香りと柔らかさに包まれてしまうと、もうダメだ。
「オスカー、好き。だいすき」
甘いささやきと共に唇が重ねられる。求め返して、しっかりと抱きしめる。
「んっ……」
嬉しそうに応えられるのが嬉しい。軽く抱きあげて深いキスをくり返す。愛しさと心地よさに溶かされてしまいそうだ。
(ほしい……。もっと、全部……、ジュリアがほしい)
時々息をつぐ以外に口元を離さないまま、彼女の背中のホックを外してはだけさせ、服の中に手をすべりこませる。指先に吸いつくような柔肌のぬくもりが愛しくて、昂りが止まらない。
「んっ、ふぁっ……」
撫でるのに反応して彼女が身を震わせる。悦びに濡れた目で見つめられ、見つめ返しながらもっとと求めていく。
抵抗はない。代わりに、荒く熱い呼気が返るだけだ。キスを重ねながら撫でていく。
彼女からも触れられて、今にも熱が暴走しそうだ。
「……ジュリア。自分の部屋に……」
「はい……」
うなずかれただけで天に昇る気がした。今のこの了承は間違いなく、すべてを委ねるという意味だろう。彼女が冷えないように軽く服を戻して、お姫様抱っこで抱きあげる。
と、ジュリアから、離れまいとするかのように首に腕を回され、キスが重ねられた。
(早く、部屋に……)
そう思ったところでハッとした。
「っ、プロテクション・シールド!」
唱え終えたのと同時に、透明な盾に複数の氷の矢が当たって砕ける。
「……どういうつもりだ」
「それはこちらのセリフだ」
散歩用に灯していた小さな魔法の明かりが、ホウキに乗った人物を浮かびあがらせる。
「己が求める女性に他人の家の庭で手を出そうとはどういう了見だ?」
レジナルド・チェンバレン。先代魔法卿が鬼の形相で見下ろしてきている。




