9 気が重い夕食と強制デートの誘い
オスカー、ルーカスと一緒に夕食の席にお呼ばれした。少しいい服に着替えてきている。
「ごめんなさいね? ジュリアちゃん」
「いえ、光栄です……」
ソフィアに謝られたけれど、今回は自分たちに原因があるから複雑だ。
惚れ薬の件は内緒にしようということになっている。本当に効果がある惚れ薬の存在は知られない方がいいのと、先代魔法卿が一服盛られたとなったら大問題だからだ。
(スピラさんが数日で効果が切れるように弱くしたって言っていたもの。数日のガマンよね)
数日耐えるだけならなんとかなるはずだ。
この機に頭が固い先代魔法卿にこっちの目的を飲ませる案もあったけれど、記憶が残るから、後でどんな問題になるかわからないため、やめた方がいいということになった。レジナルドを中央から出して、いないうちに祭壇に行くという当初の案を待つ方向だ。
席につこうとして、どうしていいかわからなくて止まる。
先日は手前に三つ席があって、自分とオスカー、ルーカスで並んでいたのだが、今日は手前には二つしか席がない。魔法卿とソフィアが移ってきていて、奥にラシャドとレジナルドが座っており、その間があいている。
「何を呆けている。ジュリア、お前の席はここだ」
(やっぱりそうですか……)
レジナルドに示されたのはレジナルドとラシャドの間の席だ。なんとなくそんな気はしていたけれど認めたくなかった。
ルーカスが眉をしかめる。
「それはちょっとないんじゃないかな。ジュリアちゃんとオスカーが婚約してるのは公認でしょ? 魔法卿……、当代とソフィアさんも納得してるの?」
自分やオスカーが言えないから代わりに言ってくれた気がする。
「悪いな。だいぶ話しあったんだが、じいさんたちが頑なでなぁ……」
「レジナルドさんの隣にジュリアちゃん、その隣にオスカーくんに座ってもらう話もしたのだけど、それだとレジナルドさんを御しきれないってラシャドさんが」
「で、婚約者のお前らが向かい合わせっていうことになったわけだ」
「……ご配慮ありがとうございます」
できる範囲でがんばってくれた結果がこれらしい。指定された席に座ると、レジナルドの圧がすごい。体はオスカーの方が大きいはずなのに、彼から圧を感じたことはなかった。
(前回以上に食べた気がしなさそうね……)
向かいのオスカーと目が合うと、心配そうに目を細められた。それだけで少しがんばれそうな気がする。彼の顔が見やすい席というのはアリかもしれない。
「ジュリアは明日も休みだろう? 己も休めるから出かけるぞ」
(待って、ナチュラルに呼び捨てにして、当たり前のように予定を決めないで……)
頭を抱えたい。
「あの、明日は友人と過ごせたらと思うのですが」
「キャンセルしろ。己以外の交友関係は要らんだろう」
(こういうのをなんて言うんだったかしら……)
ものすごく頭を抱えたい。
「レジナルド。老いらくの恋もよいが、相手は選ぶものぢゃろうて」
「じいさん、恋愛が昔すぎて忘れたんじゃないか? 恋なんてのは選んでできるもんじゃなくて、唐突に落ちるもんだろ?」
「けどなぁ、師匠。相手がいたら身を引くもんだろう?」
「結婚していても離婚して再婚ができるご時世だ。不倫や浮気はいかんが、別れた上でなら問題なかろう」
「あの、別れる気はまったくないですし、レジナルドさんと私では合わないと思うので、数日ほど頭を冷やしてからお話ができればと思うのですが……」
惚れ薬が切れるまで時間稼ぎができればいいはずだ。薬が切れて冷静になれば、ぜんぶ白紙に戻るだろう。
「いいか? ジュリア。さっきも言ったが、前は忙しくしている間にうまくいかなくなった。だから己はもう待たない」
(何かしら、この、言葉は通じるのに話が通じない感じ……)
今までも何人かこのタイプには会ってきた。支配者階級に多い印象だ。ある意味では魔法卿も最高権力者だから、そう変わらないのかもしれないが。当代や先々代はここまでひどくないから、個人の性格もあるのだろう。
「そもそもジュリアはその男以外とつきあったことがあるのか?」
「ノーコメントで……」
「どうせないんだろう? 他も試してから決めても遅くないだろうが」
「いえ、必要ないです……」
オスカー以外の誰かを好きになるのは考えられない。前の時もそうだったし、前よりもいろいろな人に会った今回も、やはり心惹かれるのはたった一人なのだ。
レジナルドが片眉を引き上げて、それから向きを変えた。
「オスカー・ウォードと言ったな」
「ああ」
「なかなか血気盛んな方だろう? どうだ? 決闘で決着をつけるというのは」
「師匠、それはだいぶ大人げないんじゃないか……?」
「黙れ、エーブラム。お前には聞いていない」
「ジュリアは物ではない。相手を選ぶのはジュリアであって、選ばれる側がどうこうすることではないだろう?」
(そういえば前にフィくんから決闘を申しこまれた時も、そう言ってオスカーは断っていたのよね)
あの頃はまだつきあっていなかったし、父がねじこんで、結果的には受けていたが。
「なんだ、恐れたか」
「なんとでも」
オスカーと決闘をするならむしろ自分が決闘を受けると言いたくなったけれど、それもできない。本気を出してレジナルドに勝つわけにはいかないのだ。今度は彼女ではなく、次期魔法卿候補やら冠位やらの方向でめんどうになってしまう。
(ううっ、相手がめんどうすぎる……)
「とりあえず明日の予定は決定事項だ。己はジュリアを連れて出かけるぞ」
「あの……、もしかして、前の彼女さんにもそんな感じだったのでしょうか……?」
「なんだ、嫉妬か?」
「いえ……、ちょっとそうだったんじゃないかって思っただけです……」
「当然だな。女はリーダーシップがある男がいいんだろう?」
「どうでしょう……」
人にもよるし、そもそもリーダーシップとひとりよがりは違うと思うけれど、言って通じるとも思えない。
オスカーは意見を聞いてくれるけれど、決めてほしい時にはちゃんと決めてくれるのだ。そんな彼の背中がカッコイイと思う。
「……魔法卿というお立場があれば、女性は選び放題だったのでは? 今でも先代という地位で寄ってくる人もいますよね?」
「当然、モテたぞ。近づいてくる女は星の数ほどいたな」
ラシャドを見やると、苦笑しつつ頷いた。ウソではないらしい。
「が、最初から地位を目当てに寄ってくるような女を好きになれると思うか? 虫唾が走る」
(待って、そういうところはピュアなの……?)
それもあって結婚できなかったのかと納得した。
「あの、私にいい暮らしをさせられると言っていたのは……」
「順番が逆だからな。お前の方からいい暮らしをしたいと寄ってきたわけではないだろう? むしろ逃げようとされると捕まえたくなる」
(勘弁してください……)
なんとなく、前にレジナルドに好かれた女性に同情したくなった。好きでもない相手からこの調子で来られたら、普通は逃げの一択ではないのか。
(レジナルドさんが忙しかっただけじゃなくて、彼女の方から避けられていたんじゃないかしら……)
どうにもそんな気がしてきてしまう。少なくとも自分は、もしオスカーがいなかったとしても全力で避けたい。この人と添いとげることを考えたくない。
「明日の外出、ぼくらもついて行っていいかな?」
「阿呆か。どこのデートに友人がついてくるんだ」
「そもそも他人の婚約者と強制的にデートをしようとしている時点でおかしくないか?」
「私はオスカーと……、ルーカスさんとソフィアさんとラシャドさんも一緒じゃないと絶対に行きません」
「待て、ジュリア・クルス。なんで俺だけ仲間はずれなんだ?」
「当代はお忙しいかなと」
「あらあら、ふふ。なら、みんなでお出かけしましょうか。ジュリアちゃんとオスカーくんの二人のデートにしてあげられなくて申し訳ないけれど」
「おい、勝手に決めるな」
「一緒じゃなければ、絶対に、行きません」
もう一度キッパリ言っておく。レジナルドが面食らったように苦笑した。
「見た目より気が強いんだな。まあいい。気が強い女は好きだ」
(嫌ってもらってかまわないです……)
盛大に頭を抱えたい。
「わかった。予定変更だ。全員で行く。動きやすい格好をしてきてくれ。ただし、己の指示には従うように」
「わかりました」
レジナルドと二人きりのデートはなんとか回避できた。明日はなるべく、オスカーとルーカスに隠れていようと思う。




