8 [オスカー] 惚れ薬は都市伝説ではなかったらしい
「で、どういうことだ? ルーカス」
みんなで行ったピクニックで、スピラから渡されたものは口にしないようにルーカスから言われた。それを守って持ち帰った菓子を食べた先代魔法卿が明らかにおかしくなったのだから、まずルーカスに聞くのが早いだろう。
「うん、ごめんね? ぼくもまさかあの場に先代も来て当たりを引かれて、ジュリアちゃんを見られちゃうとは思ってなかったから」
ルーカスが珍しく申し訳なさそうにうなだれる。本心のようだ。
「当たり、ですか?」
きょとんとするジュリアがかわいい。
「うん。ぼくとオスカーがスピラさんにもらったワッフルを持ち帰ったの、惚れ薬が入ってる可能性があったからなんだよね」
「え」
「惚れ薬?」
口にするなということは一服盛られている可能性があるのだろうとは思っていたが、眠り薬程度だろうと思っていた。
「惚れ薬なんていうのは都市伝説じゃないのか?」
「普通はそうなんだけどさ。ペルペトゥスさんが、スピラさんは持ってるし作れるって言ってて。相手は普通じゃないから」
「だとしても、盛る相手が違くないか? ジュリアに飲ませようとするならわかるが」
「それはイヤだからやりたくないらしいよ? むなしいとか、覚めたら嫌われるとか、そういう理由で」
「えっと……、オスカーが他の女の子に惚れるようにしようとした、ということですか?」
「うん。ついでにぼくもね」
「それもわからないんだが」
「もしオスカーが他の子を好きになったとして、ジュリアちゃんの最初の相談相手はぼくでしょ? だからスピラさんからすれば、ぼくも邪魔なんだろうなって」
「なんでまた今更、そんなこと……」
「そこは本人に聞かないとわからないけど、最近放っておかれてさみしいとか、一緒にいても近づけなくてさみしいとか、方法を思いついちゃったとか、いろいろ重なってるんじゃないかな」
「あとは直接スピラを問いつめるべきだな。ジュリア、呼んでくれるか?」
「そうですね。わかりました」
うなずいたジュリアが珍しく怒っているように見える。
(当然、か)
もしそのたくらみが成功していたらと思うとゾッとする。
「ジュリアちゃんから会いたいって言ってもらえるなんて嬉しいなあ」
満面の笑みでペルペトゥスと一緒に帰ってきたスピラが、自分たちの顔を見て固まった。
「あれ、えっと、これって……」
「スピラさん。惚れ薬ってどういうことですか?」
「ぁー……、もしかしてバレたのかな?」
「ああ。そこの庭に埋めてもいいか?」
「もちろんダメだよ?! だいたい君たちがジュリアちゃんの前で口にするぶんには問題なかったでしょ? 元から好きなんだから」
「そういう問題じゃないです」
「ぼくも埋めたくなってきたな」
「食べたのは自分たちではなく、かなり問題になっている」
「なんだ、あの女子たちとよろしくするために自分に使ったわけではないのか」
「ちょっと待ってね、今状況を整理するから……」
スピラがそう言って考えこむ。
「……まず、ペルペトゥス」
「なにかのう?」
「私が惚れ薬を使おうとしていること、バラした?」
「うむ。ウヌの提案に納得しておった話はしたのう」
「誰に?」
「ほれ」
ペルペトゥスがルーカスを示す。
「うわぁ……、よりによってルーカスくんかぁ……」
「聞かれたからのう。口止めはされておらなんだし」
「うん、そうだったね……。その話をしたのはいつ?」
「ピクニックの初めの方かのう」
「早いよ!! ……じゃあルーカスくんは、昼にはもう気づいてたのかな?」
「可能性としてね。想定が外れたらいいとは思っていたけど」
「それで二人とも食べなかったのか……」
「ルーカスに、スピラから渡されるものは口にしないように言われていたからな」
「それで持ち帰ってたんだね。で、誰が食べたの?」
「魔法卿と奥さんが半分ずつ。お互いを見てよろしくしてるからこっちは問題ないね。
今問題になっているのは、先代魔法卿のレジナルドさん。ジュリアちゃんを見て、絶対に離さないって執着されてる。
さっきはレジナルドさんの師匠のラシャドさんが止めてくれたから助かったけど、ぼくらにはどうしようもない相手だね」
「なんでまたそんなところに……」
「そこは、すみません……、オスカーとルーカスさんがいらないようだったので、いいものだしもったいないなと思い、一緒にお土産にしちゃって……」
「ジュリアちゃんは悪くないよ。何も知らなかったんだから。どっちかっていうとぼくが怖いもの見たさで試したくなったせいかな」
「いや、ジュリアにもルーカスにも責任はないだろう。全ては犯人のこいつが悪い」
スピラを示すと、二人の視線も集中する。ジュリアの空気が少し冷えた。
「スピラさん」
「なに?」
「私は怒っています」
「……ごめんね?」
「何に怒っているのか、わかっていますか?」
「惚れ薬を使おうとしたこと……。でもジュリアちゃんにじゃないよ?」
「余計悪いです。人の気持ちをあやつろうとすることは、相手を傷つけることと同じです。私は私の大事な人たちに攻撃が向くことを許しません」
「……ごめん。ただちょっとだけ……、何日かだけでいいから、ジュリアちゃんをひとりじめしたかったんだよ……」
「効果は何日かで切れるの?」
ルーカスが軽く尋ねる。
「うん、弱めに調整したからね。ほんの数日、熱に浮かされてもらって、ジュリアちゃんから離れててもらえたらいいなって」
「ジュリアを傷つけるとは思わなかったのか?」
「その間は私がなぐさめるつもりだったし、効果が切れたら、何か変なものでも食べたんじゃないかって言おうと思ってたから。ジュリアちゃんはオスカーくんを許すだろうなって」
ため息が出る。ジュリアも同時だった。
ルーカスが目を細め、いつもより低い声を出す。
「過ぎたことは言ってもしかたないから、ぼくから提案。まずスピラさんは、一カ月、ジュリアちゃんと接触禁止。この場合の禁止は、顔が見える場所もなしってことね」
「ちょっ、長くない?!」
「一生じゃないのを感謝してね? もちろん、もしその間に祭壇に行く準備が整ったら解除するよ。
あと、惚れ薬が残ってたら没収。ぼくらが生きている間は作るのも禁止」
「まあ、そっちは別に困らないからいいけど……。一カ月は長くない?」
「むしろ短いくらいじゃない? 一年にする?」
「うー……、がんばる……」
「ペルペトゥスさん、監視役を頼んでいいかな?」
「ふむ。任されよう」
「裏切ったな、ペルペトゥス……」
「ウヌは元よりどちらの味方でもあらぬからのう。スピラをなぐさめるのも愉快であろうよ」
「それ私をいじりたおすっていうふうにしか聞こえないんだけど?!」
「ぼくからはこんな感じかな。ジュリアちゃん、オスカー、何かある?」
「まず、利用しようとした女の子たちに不利益にならないようにしてください」
「そこは問題ないと思うよ。あの子たちも望む範囲で、いい思いをさせただけだから」
「あと、二度とオスカーやルーカスさんを何かのターゲットにしないでください。本気で嫌いになりますよ?」
「……ごめん。わかった」
「もちろんジュリアに何かしようとするのもダメなのはわかっているな?」
「うん、それはもちろん」
「じゃあ、そんな感じで。次に何かやったら埋めよう」
「そうだな。これ以上は情状酌量の余地なしだ」
ルーカスがスピラから残りの惚れ薬を預かる。それほど量はない。
「それはどうするんですか?」
「どうしようね? 売っちゃうのが一番安全だと思うけど」
「え、それって誰かが使われるっていうことですよね?」
「うん、そうなるね」
「それはダメな気がします」
「うーん……、じゃあ、オスカーが持っててよ」
「自分が?」
「魔法卿とソフィアさんの様子を見た感じ、元々思いあっていれば媚薬代わりになるみたいだから」
「びやっ、えっ……」
ジュリアが真っ赤だ。かわいい。
「……わかった。もらっておく」
「ちょっ、え、オスカー??」
「結婚してからの楽しみだな」
「えっ、あのっ……」
「イヤか?」
「……イヤじゃ、ない、です……。あなたなら……」
恥ずかしさが限界を超えたようにぷすぷすしている。かわいい。
スピラが血の涙を流しそうなほど悔しそうだ。
話が落ちついたところに、屋敷の使用人が訪ねてきた。
「たいへん心苦しいのですが、チェンバレン様がクルス様と夕食を共にしたいとおっしゃり、主夫妻もプレスリー様も尽力されたのですが、説得が叶わず……」
なんとも歯切れが悪いが、要はジュリアに夕食の席に来てほしいということか。ルーカスが肩をすくめる。行くしかないということだろう。
「自分たちも同席しても?」
「はい、ソフィア様より、ぜひウォード様とブレア様もご一緒にいらしていただくようにと承っております」
「わかりました。用意を整えたら伺うとお伝えください」
「ありがとうございます」
使用人がホッとした様子で帰っていく。
「ちなみに、解毒剤は?」
「ないよ。その必要がある薬じゃないから、そもそも製法がない」
「解毒の魔法で戻りますか?」
「昔、試したことがあるんだけど、効果はなかったね。毒物っていう扱いをされないみたい。同じ理由で、汎用的な解毒薬も効果がないよ」
「また面倒な……」
「効果切れまで待つしかないってことかな?」
「そうなるね。こればっかりは私にもどうしようもないかな。あ、相手を捕まえおくとか、そういうことなら手伝えるよ?」
「スピラさんやペルペトゥスさんの正体が知られたら大事件なので、それはお気持ちだけで。効果が切れるまでの数日、がんばります……」




